1歩目:港町ウルブス・デ・ナーデにて・Ⅱ

 小屋の奥から顔を出したモーレは、二人の服装を見るや、もう全てを理解していると言った風情の手慣れた動作で、近くに掛けられていた鍵を手に取り、外套を羽織った。

「あー、渡し舟ですね、はい。それじゃあ行きましょうか。こっちでーす」

 そして、さっさと二人の先を、埠頭に向けて歩いていってしまう。

「あ、えっと、はい。お願いします」

 その、何処か面倒臭さも感じさせるモーレの所作を見た二人は、呆気に取られたようについて歩き、埠頭に設けられている停船場所へと向かった。そこには多くの漁船や遊覧船が停まっており、波に静かに揺られていた。

「さて……」

 後付けで造られたと見える階段を降り切り、頑丈に作られた桟橋へと差し掛かった時に、ふとモーレは足を止めて二人を振り返った。

「お二人は何処まで行かれるんでー?」

わたくしたち、沖の孤島にある遺跡を目指してますの。貴方なら乗せて貰えると、彼女から聞きまして」

 ヴィオラがビアンカを振り返る。同時にモーレの視線も彼女へと向けられた。

「あそこには、祭司の守護者以外は、この街の誰も近付かないですよ。何せあそこは潮流が本流から外れて流れてますからね。船で近付くのも厳しいですよー」

 そして、そう言われて苦笑される。

「……でも、貴方なら大丈夫とグリージョアから聞いてきたんですけど」

 しかし、ビアンカのこの一言でモーレの表情が動き、更に苦笑が深くなった。

「ああ、そうですねぇ。なるほど、貴方は彼女を知ってるんですね。なら大丈夫か」

 そう言うと、モーレは大きくため息を吐き、先程とは打って変わった機敏な動きで、漁船のような構造の船へと乗り込んだ。

「どうぞー。今の内なら島に近付きやすいですから」

「連れて行ってくれますの?」

「もちろん、相応の代金は頂きますけどね。さあ、行きますよ」

 唐突にやる気を出したモーレの豹変ぶりに戸惑いながら、二人もそれについて乗り込む。

「そこの囲まれた部屋でくつろいでいて下さいねー。この船は漁船のような外観ですけど、宿泊を前提とした設備があるのでー」

 そして、二人が部屋に入ったことを確認すると、モーレは一人操舵室へと入っていった。

 ビアンカとヴィオラは、部屋の中にあったクッションに乗り、寝そべるように体重を預けた。それなりに品質の良いものを使用しているのか、ふんわりとした心地の良い感触が二人を受け止めた。

「ところでビアンカさん。この船、どうやって動かすのでしょう?」

 ふと、ヴィオラがそのような事を口にする。その言葉を受けて、ビアンカも首を傾げて、辺りを観察し始めたが、肩をすくめた。

「言われてみれば、そうだね。ああ、もしかすると、私の術式制動二輪車と同じような推進力があるのかも知れない」

「駆動機式ですか。でも、そう言う機構は何処にも……」

 二人が首を傾げ、窓から見える海の景色を仕方なしに見始めた、その時だった。

 一瞬、足元から床を踏みしめている感覚が消え去ったかと思うと、船の外縁が、透明度の高い水色の光によって作られたヴェールのようなものに包み込まれた。

「え?」

「これは……って、うわぁ!?」

 その現象を目の当たりにした二人は思わず立ち上がったが、直後に船が勢いよく発進したため、そのまま船内に敷かれたクッションの上に投げ出されてしまった。ふわとした柔らかい感触が二人の転倒の勢いを殺し、防護する。

「あー、危なかった。まさかここまで勢いよく加速するなんて思わなかったよ」

「まったくですわ。まあ、立ち上がった私達が悪いのですけど。それにしても」

 ヴィオラが体を起こし、窓から外を見やる。

 前進したことで離れた埠頭や街を始め、海の波しぶき、並走して飛行する海鳥が次々に見え、向こう側に見えていた孤島はぐんぐんと近づいてきている。

 船は変わらず青い光に包まれており、しかもそのヴェールは、降りかかる水飛沫を弾いているようだった。

「この光のヴェール……。精方術のように見えますけど、如何ですか?」

「そうだね。私が使う防護術式の『光の壁』にそっくりだよ。規模が少し大きいけども。しかもこの術式、船の推進力にも使われているね。どう骨子を組み上げているのやら」

「あのモーレと言う方。実は熟練した術の使い手なのでは?」

「向こうに着いたら聞いてみようか。気になることもあるしね」

「気になること、ですの?」

「うん、ちょっとね」

 怪訝そうな表情を浮かべながら見つめるヴィオラの横で、ビアンカは、興味深いものを見る時の高揚した表情と視線を、操縦席に立っているモーレへと向けるのだった。

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