1歩目:港町ウルブス・デ・ナーデにて・Ⅰ

 その港町は、近くの山から海へと続いている丘陵地帯に存在していた。山頂から山肌。山肌から麓に掛けて街として造られているという構造だ。

 そして、よく整備された道には、馬などの動物たちと共に人々が行き交っている。それ以外にも、所々で移動用機械の稼働している姿もちらほらと見られ、ビアンカ達が術式制動二輪車で街にたどり着いた時も。

「旅の神の加護がありますように」

 このように歓迎され、特に問題なく門を潜ることが出来た。


 門を潜ってから少し進み、街の手前まで着いた頃。

「塩害対策の塗料が美しい建築物。そのような中で、このように心地よい潮風を感じられる。ああ、良い空気感ですわね。これは地形の影響ですの?」

 側車に乗っているヴィオラが、辺りを見回しながら感想を述べる。髪の毛は吹き抜ける風に弄ばれて、ふわりと膨らんでいる。

「麓側からの進入という事もあるけど、ちょうど、潮流の動きに乗った風が山の方向に向けて吹き上がっていく形になってるから、心地いい気温になってるんだろうね」

 彼女の言の最後に質問を受けたビアンカは、ポケットから、旅先について調べた内容を記述するメモ帳を取り出し、目的の内容が掛かれた部分を開いてから答えた。

「へぇ。近場に潮流のある地域なのですね、この街は。流石は潮流の街ウルブス・デ・ナーデですわ」

「そう。そして、その潮流を調節していると言われているのが、沖に見える孤島そのものを改造するように建てられた神殿で、ヴィオラも知っての通り、研究者からは『海神王の神殿』って言われてる」

「そうですわね。古い書物の中には、その内装の美しさから『海姫ティティスの宮殿』と表記してあるものもありますわね。実物を見たことはありませんが」

 ビアンカの説明に補足するように、ヴィオラが研究の成果として保有していた知識を披露していく。

 ただ、ヴィオラの関心はそこには無いようで。

「ところで。潮流があるという事は、この街では、お魚とかが名産だったりしますの?」

 そのような質問をビアンカへと投げる。

「そうだねぇ。調べた感じだと、魚とか貝類を使った料理が有名みたいだね。宿を取った後に、渡し舟の人を探しに街を散策するから、その時にでも探してみようか」

「良いですわね。ああ、何でしょう。本当に旅に来たという実感がありますわ」

「ははは。ヴィオラは現場に出てのフィールドワークが多いから、余計にそう感じるかもね。でも、私も同じくらい楽しみだよ。知らない街や遺跡ほどワクワクするものも無いね」

 整備された石畳の上を術式制動二輪車で走りつつ、二人は会話を交わす。そうして、これから先に待ち受けている未知に向けて意気揚々と飛び込んでいくのだった。


 そこから、ビアンカが事前に調査した街の情報を参考に、二人は大通りを基準点としながら宿を探す。

 街の建物の数は多くないものの、山肌に沿うように造られていることから、規模そのものは通常の街以上に大きく、宿を見つけ、荷物を預けた時には相応に時間を使っていた。

「良いお宿でしたけど、なかなか探すのに手間取りましたわね。術式制動二輪車が無ければ草臥れている所でした」

「そうだね。予想以上に広い街だったよ。さて、と……」

 二人は宿を出たあと、術式制動二輪車に乗って、目的を果たすべく町外れにある灯台へと向かっていた。

 ウルブス・デ・ナーデの目の前に広がる海を行く船舶に、港の存在を報せる役目を負っている大灯台に、グリージョアから聞いていた人物、渡し守モーレが住んでいるらしいという情報を得たからだった。

「車はここに停めて、と。ホテルの人の話だと確か、この先の灯台岬に……」

「モーレと言う人がいらっしゃるのですね」

「そのはずだよ」

 灯台に辿り着いた二人は、術式制動二輪車を適当に駐車し、必要な荷物だけを持って灯台の下にある小屋、その出入り口へと向かった。

「すみませーん。モーレさん、いらっしゃいますか?」

 声を掛ける。それを二回ほど。

 すると、小屋の奥の方から何者かが動く気配がし、そして。

「はーい。ここに居ますよ。何か御用ですかー?」

 二人の目の前に、銀と青のグラデーションカラーの髪と瞳を持つ、男性とも女性ともつかない中性的な人物が、眠そうに目を瞬かせながら姿を現した。

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