寄り道:モンタ・ギオゾの慰霊祭にて
連合国と称される国の、とある山間部。そこに、畜産と羊毛の産業で富を得る街であるモンタ・ギオゾは存在する。
なだらかな坂にある美しい自然と、それに溶け込む煉瓦造りの街並み。そして放牧されている家畜の群や牧羊犬の動きが見せる、長閑な風景が特長の小さな街だ。
しかし今は、この街は活気による熱に満ちていた。坂を上る石畳にはいつもに倍する人々の往来があり、所々に出店の骨組みや、飾り物が用意されている。
「やっぱり今日は賑やかだね。間に合わせて正解だった」
「わぁ…。鳥の飾り物!あっ。あっちにはローブを着た人の飾り物!」
「ニクシーも楽しそうだし」
はしゃぐニクシーの姿を微笑ましく見守りながら、ビアンカは道を歩く。なお機械式単車は、許可を貰って宿の裏手にあった空き地に駐車している。
「ビアンカさん。この街の慰霊祭は、賑やかなのですねー」
「うん。この街は、元々が地の民の宿場だったらしくてね。この慰霊祭は、当時の祝祭が形を変えて残ったものだそうだよ」
「へぇ…。元々から賑やかなお祭りだったのですね」
「そう言うこと」
そこまで話し、ビアンカは一度、ヴィオラから聞いていた話を思い出す。
遥かの過去。この近郊は古戦場となり、数多くの空地両勢力の人間、生み出された魔物、魔神が入り乱れて相争ったと言われ、それに関係した軍事拠点が遺跡化して残っていることでも知られている。
なお、モンタ・ギオゾの街の前身だった街の遺跡は、そう言った場所から離れていた宿場だったこともあり、魔物も魔神も住み着かなかったのではないかと考えられている。
「あ!あの飾り物は何でしょう?」
「こらー?あまり先々行くと迷うよー?」
相変わらず、見える物全てに好奇心が引かれるらしいニクシーの背中を追い、ビアンカは考えるのを止め、歩調を速めた。
慰霊祭の催し物が進行する中で、街の往来にある熱気は更なる高まりを見せ、特産の料理に舌鼓を打ち、地酒を楽しみ、酔った者も、場の空気に酔った者も、それ以外の者も、大いに騒ぎ、食べ、飲んでいた。
ビアンカやニクシーも例に漏れず、ビアンカは果実酒を、ニクシーは乳飲料であるアーリャンを手に、祭りに参加していた。祝祭を基盤とした祭りゆえに、豊穣を享受する行為は全てに認められている。身内、余所者関係なく、何処ででも語らい、祭りの空気を味わうことが出来る。当然、連合国法に反しない範囲で、ではあるが。
そう言う事もあってか、二人と同様に外部から来た人間も多く、また、慰霊祭の夜の神事で踊りを捧げる予定の、地の民の戦士に扮した人間もまた多く通りに出て騒いでいる。
「さて…と」
このまま身動きが取れなくなることは避けたかったので、必要な飲食物を手っ取り早く確保した二人は、そそくさと坂の上へと登って行った。
「うーん。ここからの景色は最高に気持ちがいいね」
「展望台があるのはいいですね!んー、良い景色です。それに、風が気持ちいいです」
前にビアンカが、街を飛び交う公営の長距離配達人たちを鑑賞した展望台で、存分に食事と風景鑑賞を楽しむ。ただ、今は配達人の姿は見えない。
「そうそう。今、私達が目指している最終目的地だけど。ここから全く寄り道をしなければ、三日ぐらいで辿り着けるよ」
「凄く近くまで来ていたのですね。えっと…」
「うん?」
料理を食べ終えたニクシーは、どこか神妙な表情を浮かべて、何かを窺うように言葉を紡ぐ。
「私、旅を始めてから、度々に思うのです。私が居たという、その場所に着いたとき。私は、どうなるのだろうって…」
やはり窺うように、ビアンカの表情を見ながらニクシーは続ける。ビアンカは静かに耳を傾けている。
「どうしても、不安なのです。記憶が無いからとか。自分が分からないからとか。そう言うことも、あるのだと思います、です。でも、それ以上に。それでビアンカさんに酷いことしてしまったら、その…」
ビアンカは、そこまでは耳を傾け、静かに見守っていたが、ニクシーの瞳が揺れ始めた辺りで微笑を浮かべ、そっと、その頭に手を置いた。
「あ…」
「大丈夫、大丈夫。何にも心配はいらない。小さい頃の記憶が無い私が言うんだから、間違いない。それに」
「そ、それに?」
「酷い事されたとしても問題ないし、そうなるとも限らない。少なくとも今はニクシーはニクシーなんだし、何かあったとしても、その時はその時に考えればいいさ」
「……」
「ん。これは、私がよく行く喫茶店のマスターが言ってたことなんだけど。夜が怖いのは闇で先が見えないから。すなわち、挑戦することも同じで、先の見えない闇の中に飛び込むようなものだから怖いんだって」
ビアンカは微笑する。
「ならいっそ飛び込んでしまえ。そうしたら嫌でも結果が分かるから、その時に結果に対応すればいいだろう、ってね。確かに不安だと思うけど、見えないこと、分からないことを、あれこれ考えてもしょうがないと、私も思う」
「そう、なのです?」
「うん。そうじゃないと、旅とか冒険とか、できないよ?遺跡とか危険だらけ。曲がり角曲がったら魔神にばったり遭遇するかもしれない。床が抜けて落ちちゃうかもしれない。でもそれは、実際に起こるかは分からないわけで」
頭に置いた手で、優しく撫でる。
「もちろん対策はするよ?入る前に情報を集めたり、戦闘を避けるために全力で逃げる準備をしたりする。それでも不安は残る。なら後は、出たとこ勝負さ」
にっこりと顔全体で笑顔を作り、ニクシーを抱き締めた。
「もう一度言うよ?何も問題ない。何かあったら、その時はその時にどうにかするから心配ない。納得は出来ないかもしれないけど、憶えておいて」
「……うん」
ニクシーは、抱き締められるままに顔を埋め、撫でられるままに任せている。ビアンカもまたニクシーをあやすように撫で、抱き締めている。
(なんだろうなぁ。確信と言うか、グリージョアと言う旅人には、絶対に会わないといけないなぁ。聞きたいことが有り過ぎる。何処に居るのやら…)
動作とは別の所で、今後の目標の一つを再確認したうえで、何としてでも達成しなければならないと、決意を新たにするのだった。
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