寄り道:学園都市シェインティアにて
学園都市シェインティアは、その名の通りに学者や学生、その関係者で興された都市で、遺跡探索及び研究、古代技術の解析、新技術の開発で世界的に有名な都市でもある。
その権威の高さは、連合国の領内にありながら独立した自治権が与えられるほどであり、もはや一つの国家とでも言うべき存在となっている。
「わぁ!すっごい数の人が出入りするのですね!まるで大きな川みたいです」
「それはもう。連合国内でも大きな都市だからね。しかも他国からの人も多いから、都市内の文化も面白いことになってるよ」
「そうなんですか?楽しみです!」
都市の城門に設けられている入国審査所を往来する人々の数を見ながらニクシーが目を丸くしている。
これまでも人の多い所はあったが、まるで川のようだと表現できる規模ではなかったので、その反応は自然だと言えた。
「しかしこれは、入国審査を受けるまで、少し時間が掛かりそうだね」
結局、内部に入れたのは、それから二十分後のことであった。
そして、城壁内部に入った二人は早速、学生を始めとした人間の渋滞に遭遇した。
ビアンカの記憶をたよりに、どうにかこうにかこれを躱し、単車が通行できる道を迂回。無事に目的地であるホテルへと到着することが出来た。
「いやはや、参ったね…。まさかここまで混みあうなんて」
「賑やかな雰囲気は好きですけど、人が多いと言うのも大変なのですねー…」
「この車も善し悪しかな。さてと。部屋を取って車を預けようか」
「はーい」
ビアンカはホテルの裏手にあるスペースに機械式単車を停め、施錠後、ニクシーと共にホテルにチェックインを済ませた。
その後、借りた部屋で着替えや風呂を済ませ、洗濯物は都市で流通している洗濯機械へと投入すると、再びホテルのロビーへと戻った。
「単車で御座いますね。大きさはいかほどに?」
「本体と側車合わせた四輪走行型です。裏手に停めて施錠してあります」
「分かりました。停車位置はそのままお使いください。なお、お車は私どもが厳重に管理致しますが、鍵はお客様管理となります。十分にご注意くださいませ」
「分かりました。宜しくお願いします」
必要なやり取りと手続きを済ませ、ビアンカは先に行かせたニクシーと合流する。
「大丈夫でしたか?」
「うん、面倒な書類は書かされたけどね。まあ、単車持ち自体が珍しいから、そうなるんだと思うけどね。よし、じゃあ、観光と行きますか!」
「はい!」
二人はホテルを出て、徒歩で街へと繰り出した。
学生や観光客で混雑する書店を回り、旅に必要な情報が記載された本を数冊確保したあとで、この都市の観光スポットである時計塔へと向かった。
見上げるほどに高く、雄大さを無言のままに誇る存在感で、確かな歴史を持っていると理解できるにもかかわらず、全くの劣化を感じさせない姿は相変わらずで、その存在感は、やはり、その時計塔がつい最近に建てられたばかりなのではないかという、矛盾した疑念をビアンカに投げかけてくる。
前に訪れた時は夕方だったが、今はまだ明るい時間帯ということもあって、その水色の壁が美しく光に映えている。
「わぁ…」
人も相変わらず多く、長蛇の列を作っていたが、その列に並んでいる時のニクシーは、塔を見上げては目を輝かせ、その輝きの中に待っているだろう光景に胸躍らせていた。
「凄く綺麗な時計塔なのですねー。これが遺跡の一部なのです?」
「そうだね。この都市自体が遺跡の上に興っているからね。まあ、詳しいことは私から説明しなくても入口で教えてもらえるから、楽しみにしててね」
「はーい」
そこから二人が、ようやく長蛇の列を脱したときには、並んでから既に二十数分が過ぎていた。
この時計塔を訪れたとき、最初に行わなければならないことが幾つかある。
念入りな身体検査、管理簿に氏名や身分などを記帳もだが、入場後にやってはならないことについての簡単なレクチャーを、保全委員会所属の担当者から受ける必要がある。この日は女学生が担当していた。
この都市では、政治運用を含めた全ての事業について、所属する学生にも参加する権利が付与されている。特に遺跡の調査、保全事業については、将来の研究者育成のためか、その大部分を学生に任せており、この時計塔の管理事業も、学生が大半を占めている。
「本日はようこそお出でくださいました。私、この時計塔の保全委員会に属しております、ノースアカデミア第三期生、ヴェルドラと申します」
仮設された研修室にて、講師の挨拶後、レクチャーが行われる。最初の内容は当然、一般的な史跡、公共物に入場する際に守るべきルールとマナーについての事前注意だ。
そして、それが済んでから、精方術の使用についての注意事項を教えてもらうことになる。初期は、簡単な注意喚起のみで終了していたが、これを守らずに怪我人が出た過去を鑑みた結果、別枠で念入りに行われることになったという。
「特に、精方術の使用による移動はお控えください。術の発動が打ち消されますからね」
「打ち消されるんですか?」
「はい。時計塔内部では、中央の柱に満ちるエネルギーにより、特定の精方術の発動に対して打ち消す作用が働いてしまい、ほとんどの術が使用不可能、あるいは十数秒程度しか機能しません。ですので、精方術に頼っての飛行や浮遊移動は、大変危険なのです」
「なるほど。よく分かりました。しかし、打ち消されるんですか…。それはまた、何故です?」
別の観光客が挙手し、質問を飛ばす。
「詳しいことについては、保全委員会も把握し切っている訳ではありません。なにぶん、未解明の部分も多く、時計塔としての機能、近隣の遺跡から彷徨い出る魔物や、暴走した自動人形に対する結界器としての機能。あと、汚損や腐食劣化に異常なほど強いこと以外の、そう言う作用を及ぼす機能があるのだと考えられています」
仮設黒板に貼り付けた見取り図を、指示棒で指し示す。
「ふぅむ…。興味が湧いてきますね。私は学者ではないですが」
「あ。我々は、常に研究の仲間も募集しておりますので、よろしければ、委員会事務所のあるノースアカデミアにも、お越しください。時計塔の資料も数多く展示しておりますので。他に何かありますか?」
そこで女学生が周囲を見回す。特に挙手する観光客は見られない。
「それでは、これにてレクチャーは終了です。ごゆっくりと観光をお楽しみ下さい」
女学生はそう言って締めくくる。観光客は席を立ち始めた。
「さあ、行こうか。ニクシー」
「はい!」
ビアンカ達も、それに続いて席を立ち、部屋を後にした。
内部は、太い柱のような物が中央に配され、頭上は、一定の高度ごとに回廊が配置され、高層構造の時計塔内部を隈なく見て回ることが出来るようになっている。
壁面は、柱も含めて一面の水色で、途中の窓から取り込まれる外の明るさと、内部の光源による明るさとが対比され、よりはっきりと壁の色を認識することが出来る。
ただ、前回ビアンカが訪れた時は夕方だったので、その印象は違うものとなっていたが。
「わぁ…。本当に人が多いのですねー。ぶつからないように、すれ違うのも大変です」
塔の頂上にある展望台から街の美しい景色を見下ろしつつ、ニクシーはストレッチするように体を伸ばした。
「人気の観光地だから仕方ないと思うよ。それに、ここは期間限定の出来事にも関わっている場所だからね。ニクシーは「光人巡り」っていう現象を知ってる?この街のお祭りに関係がある現象なんだけど」
「いいえ?それはどのようなものなのです?」
「それはね…」
それは、ある時期の夜、特定の時間になると、時計塔を起点として、その周りや近隣の通りなどをなぞるように光の線が走り、その線の上を、これまた淡く光る半透明な人間が行進でもするように歩き回ると言う、実に不可思議な現象のことだ。
街の人々は、この現象のことを「光人巡り」と呼び、学者達は今もなお研究の対象としている。
「…という事なんだよね」
「そう言う現象があるのですね。あれ?今の時期は…」
「残念ながら、今は時期違いだね。その代わり、この時計塔のほぼ全部が見られるよ。光人巡りの時は、立ち入り禁止が掛かる場所もあるからね」
「残念ですけど、今のこの風景だけでも楽しいのです。光人巡りは次の機会に取っておくのです」
「うん。また来よう」
前に光人巡りを見た立場としては、どことなく申し訳ない気持ちになるビアンカなのだった。
観光を済ませ、飲食店で持ち帰りメニューのパン料理を調達した二人は、ホテルの部屋に戻って少し早い夕食を取っていた。
「あれ?」
フィッシュフライと千切り野菜を挟んだパンを食べていたニクシーが、窓の方を見て、何かに気が付いたように声を上げた。
「?」
ソースの違う似た内容の料理を食べていたビアンカが、その視線を追うと、窓の向こうには時計塔の上部が見えることに気が付いた。夕日の色に染まり始めた水色の壁は光の反射で独特の彩りを見せており、それも幻想的ではある。
しかし、それ以上に目を引く現象が起こっていた。
「ビアンカさん。時計塔の頂上が光のヴェールに覆われているようにみえるですけど、あれは?」
「ああ。あれね。あれは都市の防御障壁が強化されている状態になると発生するんだよ。外にある遺跡から魔物が出現した時とか」
「ええ!?お、大事ではないですか!魔物とか入ってきたりしますです?」
どこまでも落ち着いたビアンカとは対照的に、ニクシーはがばっと立ち上がり、焦りを見せる。
手に持ったパンを落とさなかったことと、卓に身体が接触した時にコップが落ちなかったことが幸いではあったが、それは当然の反応と言えた。
「まあ、大丈夫だよ。あの防御障壁は、遺跡の魔物や暴走自動人形の攻撃で破られたことはないし、よく魔物が現れるところには防衛専門の術師隊が配置してあるから、城壁に到達することも、ほとんどないみたいだしね」
「そ、そうなのです?凄いですね!」
何やら想像を巡らせながら、キラキラした目でビアンカの冷静な説明に耳を傾けている。ビアンカは微笑を浮かべた。
「周囲が遺跡だらけだし、街も遺跡の上にあるから、そう言う対策がしっかりしてるのかもね?前に暴走事故のあったルイーナ・クラスターナでも、街の外には被害を出さなかったから、ここもそうなんだと思うよ」
ビアンカも、何かを思い出すような雰囲気で言葉を続ける。
遺跡や魔法文明時代の研究には危険が付き物で、それに関わる以上、そう言ったリスクは避けては通れない。事実、過去にビアンカも、何度もそう言った現象や襲撃に巻き込まれ、その都度乗り切っていた。
それでも彼女は旅を続けてきたのである。
「何と言うか、凄いですね。それしか言葉が見つかりませんです。ビアンカさんも、そう言う経験あるです?」
「もちろん。さっき話したルイーナ・クラスターナの暴走事故の時、私、友達の連れ添いで現場に居たしね。しかも事故の起こった中心地に」
「え?」
「いやー、参ったよね。あれ。あの時は流石にダメかと思ったよ」
軽く笑い飛ばしているビアンカとは対照的に、ニクシーの表情は固まった。無理もないだろう。
「……」
とたとたと言う足音のあと、ぼふっと言う、包み込むように抱き着き、接触し合った音。つまりニクシーがビアンカに抱き着いた。顔を埋め、頭をすりすりと動かしている。
「よしよし、うんうん。大丈夫大丈夫」
そっと頭を撫でる。ついでに、あやすように言葉を紡ぐ。
地王の祭祀場に居た時は、注意を払っていたからこそ安全だったが、一歩間違えれば、即刻命の危機に直結する状態であったことは疑いようがない。それはこれから先に訪れるだろう遺跡でも、街道でも、この旅の一応の目的地である「白尽地帯」でも、変わらない事実だ。
ただ確実に言えることは、どのようの危険が待ち構えていたとしても、ビアンカは旅を止めることはないし、ニクシーも旅を楽しむことを諦めないだろうということだ。
(ルイーナ・クラスターナでの一件とか、遺跡調査で魔神“
いつも以上に甘えてくるニクシーの頭を優しく撫でながら、彼女の視線から見えない角度で、ビアンカは苦笑を浮かべるのだった。
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