寄り道:地王の祭祀場
その地が祭祀場と呼ばれるようになったのは、その外観が神殿のような宗教色の強い構造をしていることに由来している。
中央にある祭器安置所には、未だに祭器であるアーティファクトが安置されており、その力によって遺跡の構造物を劣化や損傷から護っていると言われていた。
「…と、そう言う事らしいね。ここは。友人の研究者が言ってたよ」
「なるほどぉ…」
ヴィオラから教えられた歴史研究の成果を、ビアンカがかいつまんで説明する。ニクシーも興味深そうにそれを聞き、周囲に見える構造物に目を輝かせている。
「それにしても、何だかすごく広いんですねー、ここ。見た目も綺麗だから、遺跡って感じがしないです」
「うん、そうだね。私も最初に訪れた時は驚いたよ。加えて敵対的な魔物の数も少ないから、ここは知る人ぞ知る観光地としても注目されてるね」
「魔物が、敵対的ではないんですね。何でなのでしょうか?」
「本当のところはどうか分からないけど、その理由として祭器の番人である魔神“大地守クストス”の存在があるね。そいつがそうさせているという話があるよ」
「クストス…」
「うん。そろそろ、そいつが居る場所が見えてくるよ」
歩きながら、目の前に見えてきた、周囲と比較して大きく造られている構造物を見やる。
そこは祭器を収めている神殿状の構造物がある場所で、周囲には四足歩行の獅子型自動人形が、警備のためなのか、頻りに巡回している様子が見られる場所である。
その自動人形たちや、遺跡を徘徊している魔物たちを制御していると見做されている存在が、魔神“大地守クストス”である。強固な外皮に身を包んだ二足歩行の竜人と言う外見をしており、現在も、中央の祭壇に祀られた祭器を守護するよう陣取って、休眠している。
「クストスと言うのは、守る者っていう意味ね。昔の数少ない文献に幾つも名前が残っているほどの存在だよ。じかに能力を見たっていう人が居ないから何とも言えないけれど、かつては地王の身辺を守護する獣として活動していたらしいよ?ここが“地王の祭祀場”って呼ばれているのも、そのせいだね」
「おー!王様を護ってたのなら、絶対強いですね!それが魔物を操っているという考え方も納得です」
二人は中央神殿に向かう広い通路を歩き、横を通り過ぎていく巡回の自動人形を横目に見ながら、そのまま中央神殿の出入り口にたどり着いた。遺跡で魔物に遭遇しても襲われないという事実は、安心ではあるが、反面、言い知れぬ不気味さを訪れた者に与えもする。
神殿の内部へと足を踏み入れた二人は、神殿に相応しい荘厳な内装空間に座する、巨大な竜人を見やった。王に傅くように、魔法技術由来の方陣によって守られている祭壇に向かう様は、まさに偉容と呼ぶに相応しいのだろう。
「あれが魔神“大地守クストス”だね。うん、いつ見ても凄いとしか言いようがないね」
「わー…。すっごい、おっきいんですねー」
ニクシーがワクワクしている気持ちを滲ませた声を上げ、ビアンカは微笑を浮かべた。
初めてこの場所を訪れた時に、自分も彼女と同じ反応をしていたことを思い出したからだ。きっと彼女も、多くの初体験に同じ反応を示してくれるに違いないと、勝手な想像も付け足して。
「それにしても…。本当に襲ってきませんね」
「こちらから危害を加えたり、遺跡を派手に壊したりしない限りは大丈夫…だとは思う」
二人して魔神クストスの周りを、つまり祭壇の近くを巡り、観察していく。祭壇には祭器であるアーティファクトが安置されている。
それは、宝珠を掴む竜の姿を腕輪状に成形した装飾品で、常に淡い光を帯びている。光は、遺跡の機能を正常に保つ何らかの術式の結果生じているものではないかと考えられている。
「本当にきれいですねー。芸術品みたいです」
「前に、何枚か描いて欲しいって皇都の貴族に頼まれたこともあったなぁ。ここまで来れないからって」
「その気持ち、分かる気がしますです。こんな綺麗なものがあるって教わったなら、絶対行きたくなりますから!その貴族さん、喜んでました?」
「うん。とても喜んでくれたよ。子ども用のプレゼントだったらしくてね」
「なるほどー」
休憩がてら、少々の思い出話に花を咲かせる。その間も祭器は淡い光を放ち続け、魔神クストスはその場に佇み続けていた。
「さて、戻る?」
「はいです。良いものが見られました」
「ん、それは良かった」
楽しそうに歩きながら話すニクシーの背を追って、ビアンカもその場を後にしようとする。その時だった。
「ん?」
一瞬、背後から何者かの視線を感じた。足を止めて振り返る。
「……」
当然だが、そこには魔神クストスが鎮座しているだけで、誰がいるわけもなかった。
(気のせい…?)
しかし、視線の正体が気になるので、少しだけ魔神クストスを観察する。特に、何かが変わった様子はない。
「ビアンカさーん?どうかしたのですー?」
「うん、今行くよー」
ニクシーの呼び声に応えてから、もう一度、魔神クストスに視線を移した時だった。
「!?」
魔神クストスが目を薄く開き、ビアンカを見ていた。視線の向きの関係か、視線を動かしても、どうしても目が合ってしまう。
しかし、恐怖心は何故か湧かず、代わりに、魔神の揺れる瞳から発せられる視線に、憐れみの色のようなものを垣間見たような気がして、思わず見入ってしまった。ただ、その直後に目は閉じて、再度開くことはなかった。
「……」
意味は良く分からなかったが、ビアンカは、どうしてかその視線に勇気づけられた気がして、礼を捧げてからその場を後にするのだった。
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