Small Talk/7 小話「アーティファクトについての話」
いついかなる時代においても、古代文明の遺産というものは心惹かれるものがある、と、ある学者は手記の文中で語った。それは極論だったのかもしれないが、少なくとも、今この時に生きている旅人たちにとっては真理だった。
ただ、遺産と一口に言っても様々なものがある。それは技術であったり、建築物であったり、伝承や伝説であったりと、その形態だけでも多様性に溢れている。
さて、今回は、その中でも特に旅人たちの注目を集めている遺産の一つ、「アーティファクト」と呼ばれている古代文明の遺物について、少しだけお話ししたいと思う。
「アーティファクトと言えば、ビアンカ。貴方が現在所有している、魔神“白塗姫”との物々交換で手に入れた指輪がそうですね」
少し仰々しく始められた話しぶりに、ヴィオラが興味深そうに返した。
ビアンカと呼ばれた少女が肯く。
「まさか私が、アーティファクトを手にすることになるなんて、思いもよらなかったけれど…」
そう言いながら、ビアンカは過去の旅路を振り返っていく。魔神の力によって滅びたとある観光地で、彼女はそれを手に入れる契機となった出来事に遭ったのだ。
「しかも物々交換で、と来ていますからね。他の学者や旅人が聞いたら卒倒しそうですね」
「全くその通りだね。だからこれは、そういう意味でも表に出せない。まあ、それはそれとして…。私の知っているアーティファクトの話だったね?」
半ば強引に話を切り替え、ビアンカは最初の話題へと入っていった。
そもそもアーティファクトとは、古代魔法文明時代に、今は失われた技術である魔法を利用して生み出された物品たちの事を言う。
既に魔法が失われた現在では、その構造を解析し、真価を発揮させることは不可能に近い。模倣ともなると完全に不可能である。
それでも、劣化版魔法技術とでもいうべき精方術の触媒として、あるいは単純に強力な武具として、またあるいは希少価値の高い蒐集品としても有用であるため、これらを追い求める者は後を絶たない。
ビアンカの手に入れた指輪も、例に漏れず非常に強力な精方術の触媒として機能している。それだけではなく、所有者の危機に呼応して起動する強力な迎撃機能をも有している。
「形も様々なものがあるね。典型的なものはアクセサリーだけど、中には杖、刀剣とかの武器型。鎧、盾とかの防具型。果ては食器型や屋敷型、絡繰り仕掛けのメイドや執事みたいな形のものまであったね」
「屋敷型はともかく、食器型や人型をしているものは、どのような用途が与えられていたのでしょうか…。興味が尽きませんわね」
「いやはや、まったく。昔の人は色々と考えていたんだろうね。計り知れないけど…」
「是非とも研究してみたいですが、絶対数が少ないので入手が難しく、取り扱いも慎重を極めるものというところも難点ですわね」
「おいそれと手に入るものでもないからね。私の場合は例外中の例外だと思うし」
アーティファクトを入手する経路はいくつかあり、最も手っ取り早い方法は遺跡や古代文明由来の建築物に赴き、直接自分で発掘することである。上手くすれば最小限の出費で手に入れることが出来る。
ただし、アーティファクトを見極められる知識。遺跡に潜む魔物や施された仕掛けを突破できる力。場合によっては魔神と遭遇しても確実に生き残ることが出来る運の強さが必要になるため、並大抵ではないリスクを背負うことになる。
一方で、他の旅人や商人、学者から購入、譲渡してもらうという方法もある。安全性の確保や力量不足による失敗の回避を、金銭や物品で解決するというわけだ。
その代わり、その入手難度の高さや希少性から、法外とも言える価格で取引される場合がほとんどだと言うことと、偽物による詐欺も十分に有り得ることから、入手の確実性に不安が残ると言うことが、難点と言えば難点である。
「市場価格は、どのくらいなのでしょうか。法外な値が付くことも少なくないと、伺ったことはありますが…」
「そうだなぁ…。聞いた話だと、地王の祭祀場という遺跡で発見された錫杖型のアーティファクトに、オークションで30万スプリム(※注1スプリム=1万円)の値が付いたそうだね。まあ、これは希少な物だから、あまり参考にはならないけれど」
「…恐ろしいですわね。平民の平均給与の1万2千倍ですか。一般的な…一般的な? いえ、良心的な価格のアーティファクトは、あるのでしょうか?」
しばし、ビアンカは考える。記憶を探る。
「そうだなぁ…。ああ、そう言えば。この前の依頼人が、30スプリムで劣化品のアーティファクトを購入したとか、話していたかな?」
「それでも30スプリムですか。やはり高額ですわね」
「貴重であることには変わりないからね。どんなに希少価値が低くても」
「確かに…」
研究により、古代人がアーティファクトをどのような用途で使用していたかは、徐々に判明してはいる。大雑把に言えば、工業、農業、建築、儀式、宗教、医療、軍事、他等々。単純に技術による業務の補助として用いていた、という事らしい。
魔法技術が隆盛を極め、ビアンカ達の時代では考えもつかない超常技術の文明ではあるものの、構造的には、そう違いがあるものでもないらしい。
「当たり前といえば、当たり前のことですわね。道具はあくまで補助ですから」
「神秘性を持たせたい宗派の人々にとっては、不都合だとは思うけれど」
「光仁回帰派や闇楽浄土派の方々は、特に神秘性を重視していますからね」
「この前も、魔物対策の政策で派閥争いをしていたらしいからね。郵政公社の知り合いが嘆いていたよ」
「なるほど…」
二人は、ここで一度、話を打ち切った。
「少し、休憩にしましょう?紅茶を入れてきますわね」
「ああ、うん。有難う。なら私はお茶菓子を。この前、ローザにいい店を教えてもらってさ。そこのクッキーを買ってきたんだ」
「それは良いですわね。是非、頂きましょう」
一気に力を抜き、二人は微笑して席を立った。
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