Small talk/2 小話「彼女の一幕」

 閉じた瞼の向こう側に、光がじんわりと滲むように満ちて行く。どうやら朝が来たようだ。

 ゆっくりと目を開ける。

それに合わせて、僅かに残った闇が滲む光の向こうに溶けて消えて行く。

 体を起こし、そして伸ばし、その後で、自分しか存在していない部屋を見回した。

 昨晩使用した画材が整頓された、馴染みの自室が視界に飛び込んでくる。

 愛用している筆、パレット、絵具入れ、水入れ等々が差し込んでいる光に照らされていた。その大本を見やると、暑いからと、昨晩に半分だけ開けておいた窓から陽光が差し込んでいる。カーテンも、吹き込んでくるそよ風に揺れ、中途半端に開いている。

 部屋の主である画家の少女は、自分の起床を確認するために再度体を伸ばし、ベッドから抜け出た。

 ぼさぼさになった髪の毛を弄りながら、台所へと向かう。

 朝食を取らねば。

 そう思い立って保存庫を開け、中から牛乳、卵、ハムを取り出し、食材置き場の台へと並べる。

 どれも昨日に近くの町の人から購入するか分けて貰ったもので、素朴なものだが、味は抜群。画家の少女は旅が好きだったが、これを味わうためだけにとんぼ返りで帰ってくることもあったほどだった。

 さて、食材を並べ、かまどにフライパンを置き、調理の準備を完了した少女は、近くに置かれていた腕輪を身に着け、かまどの火を点ける場所に向けて指を指す。すると、身に着けた腕輪が淡く光り始め、数秒後、かまどにくべられていた薪に見事、火が点いた。

 少女は画家だが、古代に滅びた魔法を真似て生み出された、練り上げたイメージを形として具現化する技術である「精方術」の使い手であった。

 術式とかまどが正常な動作で動作した事に満足そうに頷くと、少女はフライパンにバターを少しだけ溶かしつつ、朝食の支度に取り掛かった。

 その少し後。

 アトリエ兼居間兼寝室に戻った少女は、愛用のテーブルに調理した朝食を並べて行く。

 スクランブルエッグとソテーしたハムが載せられた皿。瑞々しい野菜が程よく詰め込まれたサラダが盛られた器。トーストされたパンが二枚載せられた皿と、ジャムの小瓶。そして牛乳の注がれたカップ。

 テーブルには、そのような彩りの食事が並べられている。お決まりの光景。

 そして少女は席につき、一度ざっとテーブルを見回してから悠々と食事に入った。

 朝食の後。

 少女は食器を適当に片付け、洗面台で髪を梳かして整え、今度は描きかけの絵の前に置かれてある椅子に座って黙想を始める。これもまた彼女のお決まりの動作だった。

 集中し、一日の始まりに向けて気持ちを切り替える。

 十数秒、そのまま目を閉じ、そして開いた。

「よし!始めよう!」

 自身の心に喝を入れるように敢えて力強く言葉を発し、少女は絵を描くための準備に入った。

 こうして、彼女の一日は始まる。

 少女は、ビアンカと言う名前で活動している風景画家である。本名は本人も知らない。

 しかし、画家としての名前として彼女本人が設定した、大陸西方で白を意味する「ビアンカ」と言う名前の通りがよく、彼女と関わったことのある人々はこの名で彼女を呼ぶ。彼女もまた、この名前で生活することに慣れ、不明な本名には、特に拘りは持っていない。

 そして今日もまた、ビアンカは自分が良いと思った風景を絵と言う形で記録していく。それこそが、今ここに居る自分の使命だと言わんばかりに。

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