第35話 新たな旅立ち(1章・終)

 絵描きにとって必要なものは多々あるが、その中でも一際重要なものは何かと問われれば、間違いなく画材だ。

「さて、と」

 ビアンカは、久しぶりに帰った家の中で、鞄の中身を確認していた。

 決まった製造所の絵の具と鉛筆。懇意にしている職人製の絵筆。愛用の画板。仮彩色用の粉末剤。絵を描くための用紙束。様々な旅先で苦楽を共にしてきた、思い入れある道具たち。

 しかし、一つずつ見て行くと、紙束や鉛筆の消耗が目についた。

「そろそろ、補充しないとね」

 鉛筆と用紙をケースにしまい、絵の具は仮彩色用粉末剤とセットで、まとめて鞄にしまう。ただ絵筆だけは、手入れのために全ての種類を机に並べた

「洗浄薬液、タオル、湯、石鹸、よし。手入れ開始っと」

 ビアンカは袖をまくり、全ての筆の手入れを開始する。

 振り洗い、ぬるま湯洗いを適宜行い、洗いが終了したものから水気をふき取り、乾燥させていく。精方術を行使した状態の触媒を納めた独自の乾燥機に、次々絵筆が並んでいく。

(ふぅ…)

 最後の一本を立てかけ終えたビアンカは、今度は、家に戻る前に書き上げた絵を並べた部屋へと向かい、眺めていた。

(それにしても。あの雷昇りの遺跡で見たアレは、凄まじかったなぁ)

 目を閉じ、思い出す。

 激しい雷の走る音と、雷を静かに見つめる研究者型自動人形の姿が瞼の裏に浮かぶ。

(あの場所は、今後どうなっていくんだろう?情報は秘密にしているけれど)

 目を開け、次に作業机の上に置いてある指輪入れに目を向けた。そこには、魔神“白塗”から受け取った、蒼銀の指輪が収められている。

(このアーティファクトも、結局、私が持ったままになったけれど。やはり、ヴィオラに預けておいた方が良かったかな?)

 ふたを開け、中の指輪を撫でながら、それを受け取った時の事を思い出す。

 吹雪の中をひたすら徒歩で進み、雪に埋もれたガラス化した街へとたどり着き、そこに居た存在に導かれるように街を歩き回った。

(あの場所も、結局調べられずじまいだったね。近々また行ってみよう。ニクシーは元気にしてるかな?まあ、幼い見た目だったけれど曲りなりにも魔神だから、大丈夫だとは思うけれど)

 冬が見せる雪景色のような輝きを放つ指輪を見て、ふっと微笑み、蓋を閉じた。

 そして、ざっと部屋を見回し、出て行こうとした時だった。

 最近、玄関に取り付けたばかりの呼び鈴が鳴った。

(うん?来客?珍しいね。街の人かな?)

 首を傾げつつ、急いでその場を後にした。

「はーい!どちら様ー?」

 玄関に向かい、ドアを開けた。

 そこには、ビアンカと同年代くらいの青髪の少女が居り、微笑を浮かべていた。

「えっと…。白…違った。ビアンカさんのアトリエ、こちらで会ってますですか?」

 そして、何処か片言の大陸共通語で尋ねてきた。

「はい。合ってますけど…。貴方は?」

 その不思議な発音に疑問を覚えながらも、ビアンカも要件を尋ね返した。

 すると、青髪の少女は予想だにしなかった答えを返す。


「えっと…。私、ニクシー。白…じゃなかった。ビアンカさんについていきたくて、会いに来ました!」

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