第34話 神鳴りの祀り:Ⅳ
ジーデアとの会話のあと、ビアンカはジーデアを伴い、施設中央に存在する表層管理室兼展望台へと移動していた。窓から見える雷光は、その旺盛な勢いのままに輝きながら周囲に拡散し続けており、それはまるで遊んでいるようにすら見えた。
『何故か今日は、一段とエクリアの活動が活発化しいているようですね』
その様子を見たジーデアが、何処か意外そうに言葉を発した。
『そうなんですか?』
『ええ。いつもであれば、大規模放電現象を起こした後は大抵大人しくなるのですが…。セプターの所有者である白様が来られているからでしょうか』
『それは魔…クリビデウスの力に反応して、という事ですか?』
『はい。同様の経緯をもつクリビデウスは、互いの気配を感知することを活性化する傾向にある、という研究結果が出ていましたから。恐らく、そのセプターの力の源となるクリビデウスが、エクリアのそれと似ているのでしょう』
『なるほど…』
楽しそうなニュアンスで語るジーデアの話を隣で興味深く聞きつつも、ビアンカは自分がアーティファクトを受け取った時のことを思い出していた。
銀世界の芸術と化した棄てられた観光街で、その景色の表現者たる「白塗」の童女に手を引かれながら“観光”し、最後に、再会の約束の代わりとして交換した指輪。今、それはビアンカの懐中に大切にしまわれている。
その時に「白塗」の童女ニクシーは、その内に秘める強大な、人智の及ばぬ力の気配に反して、見た目相応のはしゃぎ様を見せたり、別れの前に寂しそうな表情を見せたりと、まさに年頃の子どものような印象を、ビアンカの心中に残していた。
『そう言えば。博士がこのような事を仰っておりました。クリビデウスとなった生物は、その特性や能力で意思を表すことがある、と』
思わず感傷に浸りかけていたその時に、唐突にジーデアが、不思議で興味深いことを口にした。ビアンカはジーデアの横顔を見る。
『特性や能力を使って意思を?どういう事でしょうか?』
『白様は、セプターからの波動を感じたり、力の根源たるクリビデウスから言語を使って接触を図ってきたりというような経験は、ありませんか?』
それは確信のある、確認を取るような問いかけだった。かつての旅でそのものの体験を経てきたビアンカは肯く。
『その現象は、実はそれらセプターの所有者として相応しい人物にしか起こらず、理解できないそうなのです』
ジーデアは、再び窓から外の景色に目を向けた。輝き、伝播し、放出されていく雷光が、変わらずそこに在った。
『セプターと結びつけられた術者にだけ、理解できる可能性のある言語…?』
『はい。事実として博士は、クリビデウスとなってしまった実の娘、エクリアの声を聴くことはおろか、簡単な意思疎通さえも出来ませんでした』
ジーデアは、悲しげに語る。
現象そのものを理解したわけではないが、ただでさえ、魔法やルナミスなどという、今を生きる者の人智の及ばない特殊な話なのだから何が起きたとしても理屈としては通っているとビアンカには感じられた。
加えて、彼女には現象そのものへの経験があるので、なおさら感じ入るものがある、ということもあった。
すると。
『…白様。今、窓の外を荒れ狂っている雷に、何か感情のようなものを感じますか?』
ジーデアはそのままの状態で、何処かすがるような、或いは諦めたようなニュアンスを持った問いかけを行った。
ビアンカは、再び肯く。
『…何となくですが。楽しそうに、感じますね』
『楽しそう、ですか?』
『ええ。無邪気そうと言いますか。遊んでいるように、と言いますか。何かを恨んでいるとか、壊そうとしているとか、そう言った負の側面は感じられません』
『そうですか…』
ビアンカの率直な感想を受け、ジーデアは手を顎に当てて考える、人間のようなしぐさをして見せた。 そして、十数秒の沈黙の後。
『そうであれば、変異した当時のまま、時が止まっているのでしょう。博士のお考え通りですね。ルナミスの永続化。ヒトの体を媒介として循環させることでそれを為す。この実験は成功だった、ということ、なのでしょうね』
納得したような、しかし、少々不満そうなニュアンスの声音で、呟き、窓から離れた。
『問題は、その結果を見届けたのが、私しかいないという事でしょうか。大きな決断を下した結果なのですから、研究室の皆に見届ける義務と権利があると思いますので…』
不思議そうに横顔を見ていたビアンカに対し、ジーデアは、何処か言い訳染みた言葉で応じて見せる。
『確かにそうですね。ああ、そう言えば。ここの施設の人々は、何処に消えたでしょうか。合同で移動した、とか?』
『いいえ、そのような痕跡は見られませんでした。それどころか生活用品や研究資材、研究論文の類まで全て、研究室内に放置されていました。こう言ったことは有り得ません』
『では…唐突に消えてしまった、と?』
『はい。そのようにしか考えられません』
話を聞き、ビアンカはふと、前に訪れた古代遺跡について思い出していた。
『…何故、なのでしょうね』
『…分かりません。ただ、ある日、突然に光に包まれたかと思うと、私を始めとした維持管理担当の自立機人は休眠状態に陥り、次に活動を再開したときには、もう誰も…』
『なるほど…』
前に、無機都市で聞いた話と、内容は大体同じだった。
人らしい人は一人もいないのに、都市機能は生活に適した状態のまま、自動人形や機械たちの手によって維持管理され、さも変わらぬ様相のように見えていたが、その都市もまた、この場と同じように人が突如として消え去り、訳も分からぬままに遺棄された都市と化していた。
『しかし、実験は証明され、エクリアも楽しそうにしていたのでしたら、世話係としては少々の心残りこそありますが、概ね問題はないのではないかとも、考えられるのです。実験の成功証明は博士の悲願でもありましたから』
ジーデアは語りながら、部屋の出入り口へ向けて歩き始めた。遠い雷鳴と、近い足音とが空間に反響する。
『白様』
出入り口の自動扉が解放される音とほぼ同時に、ジーデアがビアンカを呼ぶ。
『少々こちらへ、来ていただけませんか?』
促されるままに、背中を追う事にした。
そうしてたどり着いたのは、一般人が入ることのできる最下層。クリビデウス・エクリアが“安置”されているという場所が僅かに見える展望台だった。
黒い雲の向こう側。時たま雲間から覗く機械的な祭壇の中央に、何やら青い光の渦のようなものが見えた。
『あれが?』
『はい。あれが、エクリアです。今は光の球体。或いは黒雲として、或いは雷光として、こちらの空間に現れています。クリビデウスは、ルナミスの結晶とでもいうべきものですから』
『なるほど…』
それだけ言葉を交わし、そのあとは静かに、二人は雲間から覗く祭壇を見下ろす。
『私は…』
それから何分が経っただろうか。
すると先に、遠慮がちに静寂を破ったのはジーデアだった。
『私は最初、白様とお会いした時に、直ぐにでもここにお連れするつもりでいました』
『それはまた、何故?』
『白様に、私が作り上げたクリビデウス・エクリアのセプターであるペンダント、“循環する雷光”の所有者になって頂こうと、考えたからです』
『私に?』
『はい』
ジーデアの迷いのなさに、ビアンカが目を丸くする。
『しかし、それは無理だという事が分かりました。貴方は既に熱を司るセプター“硝子に眠る白雪”を、正式に所有していたからです。セプター同士の干渉で、白様もエクリアも、そのセプターのクリビデウスも、不利益を被ってしまいます』
『……』
『あとは、先ほどの白様の言葉が、決定打となりました』
『…と、いうと?』
『エクリアが楽しそうにしていた。遊んでいたように感じた、というものです。そうであれば、わざわざこの場所から引きずり出して、外に出す必要はないのかも知れない、と考えたのです』
そう言うジーデアは嬉しそうで、しかし、どこか寂しそうにも見えた。
『……なるほど』
二人はそのまま祭壇を見つめ、しばらくの間、一言も発することはなかった。
十数分後。
『ここまでの案内、有難うございました』
『いえいえ。こちらこそ、お時間を取らせてしまい、申し訳ありません』
どちらからともなく歩き始めた二人は、施設の出入り口にまで戻っていた。
一歩、出入り口から外に出ると、敷地内全体の放電状況も落ち着き、屋外の状態も安定しているように見えた。
『白様。これからの旅路に幸の多からんことを、願っております』
『有難う御座います。ジーデアさんも、お元気で』
そこからは特に込み入った会話を交わすこともなく、当たり障りのないやり取りでもって、相互の別れを飾る。
「ふぅ…」
ジーデアの姿が見えなくなる程度まで距離を歩いたあと、ビアンカは大きく息を吐いた。
「どうしたものかなぁ、今回のこれは。色々と収穫があっただけに余計に難しい…。ま、絵は描くんだけれど」
横に抱えた鞄に入れている画用紙を取り出し、そこに描かれた数々のスケッチを見ながら、どれを本仕上げに乗せようか頭を悩ませることになったのだった。
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