第33話 神鳴りの祀り:Ⅲ

 大規模な放電現象による一大スペクタクルを鑑賞したビアンカは、さらに施設内の観光を続ける。

 窓から見える光景は、最初と比べて放電現象の派手さが増しており、施設外部を伝播していく電流が乱舞する状態になっていた。通路を歩く時にも見える、頻繁に窓の外を電流が走っていく様子に、もしもここに子どもが居たなら大はしゃぎしていただろう、と、ビアンカは胸中で呟いた。


 途中、遺跡内部を保守のために巡回していると思われる自立機械と遭遇するも、自前の言語学知識を用いて、自分の身分を芸術家、一般見学者と欺瞞してやり過ごす。

(気を付けないといけないのは、空の民特有の言葉を使わないようにすることだよね…。この遺跡は空地大戦時代に生まれたものだから、下手すると敵国人と誤解される…。いちいち戦ってたらキリがないし)

 同じ表現でも、かつての文明人の一つ、今では地の民と呼ばれている人々特有の言葉である「ヘーリニック・ティタニアス言語」に分類されている言葉を選ばなければならないため、逐一頭の中で変換しつつ発話するという繊細な行動が求められる。

 もちろん、空の民の遺跡では、空の民特有の言語で表現する必要があることも忘れてはならない。これを忘れ、トラブルを起こす旅人や調査員の話は、遺跡で活動する機会の多い人々の間では有名だった。

(機械相手だから良いけれど、もしも古代人に近い相手が居たとしたら、すぐにボロが出るね)

 遺跡内部の各所に存在する内装のスケッチを自前の用紙に収めながら、一般見学者らしくさらに観光を続けていく。

 全体的に、古代魔法文明時代に見られる建造物の特徴との違いはあまり見られず、全てにおいて接続部以外はほぼ継ぎ目のない建築構造や、現在の技術では解析の難しい金属質の建材を使用していることや、全ての部屋で未知の構造を用いた照明が使われていることだけが特異と言えた。

(圧倒的な技術力。だから魔神の力を完全制御したうえで、平和利用もできるんだね。まあ、生み出した張本人が制御できないわけないか)

 そうして、行ける範囲で探索を続け、奥の部屋、先ほど大規模放電現象を見た部屋の反対側の部屋に入った。

「うん?」

 その部屋は、大規模放電現象を見た部屋と大きな違いはないものの、一ヵ所だけ、明らかな違いがあった。そこには、小さな建物を模倣した物体が調度品として置かれていた。

「これは、施設紹介用の模型と、周辺地図?」

 ビアンカは、その模型の前に配置されている表示板の文字を解読し、それが果たしている役割について理解した。

 精巧に作られている模型には、人型のものや職業用自立機械、果ては周辺の、かつてはあったらしい森の木々まで細やかに再現されている。これだけで、この場所が一般の人々にも大きく開放されていただろうことが窺えた。

「ここまで大規模だから、一般向けの宣伝活動目的もあったのかな?」

 模型の精巧さに感心しながら、丁寧にスケッチを起こしている。


 模型の形状、再現されている地形の起伏、施設の、一般公開されている段階までの全体像等々、貴重な情報ばかりだった。


 そして、それが終わろうとしていた頃。

「うん?」

 部屋の出入り口の一つから今までとは少し違う何かが接近してくる気配を感じ、ビアンカは即座にスケッチブックをしまい、触媒を使用できるように備える。

「……」

 その後、姿を現したものは二足歩行する人型をしていた。加えてそれは、かつてビアンカが、とある古代遺跡で見かけたものとよく似ていた。

『誰か…いらっしゃるのですか?』

 それは流暢な、しかしどこか雑音の混ざったヘーリニック言語で、ビアンカに向けて声を発した。

『……こんにちは。私は観光目的でここに来ました』

 最初から露見しているので、隠すことなく、言語を合わせて会話を開始する。

『ああ、こんにちは。観光客の方でしたか。ここ何十年以上も人の出入りが無かったものですから…。わたくし、当施設の研究区画の補助及び保守を担当しています、ジーデア、と申します』

 それは自らをジーデアと名乗り、ビアンカの方に向けて歩み寄り始めた。

 ビアンカは、対象の敵意のなさや友好そうな雰囲気を感じ取り、備えていた触媒の術力を体に戻した。

『私は“白”と申します。未熟ながら、芸術家を生業としています』

 ビアンカも自己紹介を返し、友好的な雰囲気を作る努力を始める。

『芸術家…素晴らしいですね。どのような作品を、お作りに?』

 興味を引いたのか、ジーデアは世間話のような雰囲気で会話を促してくる。

『風景画を、描いています。彫刻や細工は、苦手なもので』

『風景画…。なお素晴らしいですね。雄大な、繊細な、優美な風景は、見る人の心を湧き立たせ、時に癒しを、時に郷愁を与えますから…』

 シーデアは嬉しそうにノイズ交じりの声を発した後、近くの窓に向けて移動を始めた。

『この施設では、ご覧のような嵐の景色ばかりですので。エクリアが暴れる音や、雷の走る音は、防音装置の領域操作によって大きく軽減されるので、気になりませんが』

『流石の技術力ですね。詳しくは、私には分かりませんが』

『そう…ですね』

 ビアンカが素直に称賛を送るも、ジーデアは、ヒトで表現すれば苦笑に近いニュアンスで返事をする。違和感を覚えたが、気にしないことにした。

 すると。

『ところで…。つかぬ事を伺いますが…』

 ジーデアは決意に似た、どこか失意にも似た声を発し、ビアンカに向き直る。

『聖戦は……いえ、戦争は、どうなりましたか?』

『え?』

 質問は唐突で、言葉は奇妙なものだった。

『ああ、いえ。申し訳ありません。しかし、この施設からヒトが消えて、もう何十年、何百年も経っておりましたので、気になっていたのです。あの戦いは、どのような結末を迎えたのか』

『……』

 しかも、返答に困る質問でもあった。

 事実は単純明快だったが、それをそのまま伝えてよいのか躊躇われたからだ。しかし、ビアンカには、ある確信があった。

『何故そうなったのかは分かりませんが、全て終わりました。戦う人間が居なくなりましたから』

 嘘ではないが、真実でもない。ただの事実を伝えただけである。

 しかし、ジーデアの反応は意外なものだった。

『やはり、そう、でしたか…』

 まるで初めから全てを理解していたかのように、困惑しながらも取り乱すことはなく、ただ淡々と事実を受け入れている、そう感じさせる声音だった。

『何となくではありますが予想はしていました。白様。貴方を見てから』

『私、ですか?』

『ええ。白様、貴方は杖型の魔導発動器に加え、熱を司るセプターをお持ちの様子。しかも、お若い。そのような優秀かつ強力な術者が、しかも、人が居なくなった後に、身分を隠して一人でいらっしゃった。これはもはや、どのような結末であるにせよ、戦争は終結したと見るのが正しい判断でしょう。むしろ、そうであって欲しい、と…』

 そこまで話し、ジーデアは沈黙した。

(……この自立機械は、私を軍の魔法使いと誤解している?それにしても、“熱を司るセプター”?熱……熱?もしかして、「白塗」のニクシーから渡された指輪型アーティファクトのこと?)

 一方、ビアンカもまた別の要因で沈黙せざるを得なかった。

『ああ、大丈夫です。お気持ちは察します。セプターの所有者は、空の民への示威行為のために、そのセプターが持つルナミスを監督されていましたから』

 その沈黙を感傷と勘違いしたのか、ジーデアは慰めるように言葉を続ける。

『あの戦争は愚かしいものでした。この研究施設の、その誕生についても。貴方がお持ちのセプターにしても…。確かに大きく技術は進歩しましたが、それは、愚かしい進化でした』

 嘆かわしいことです、とジーデアは悲しげに語り続ける。

『そう言えば。ここでは再生可能な、ルナミスの循環を行っているようですが。研究は、他にはどのようなものが行われていたのでしょうか?私はここに来るのは初めてで』

 ようやく思考がまとまったビアンカは、ここで気になっていたことについて尋ねてみることにした。

 ジーデアは、失礼しました、と一言おいた後で。

『ここでは、天然エネルギーであるルナミスのある種の有限さに囚われることなく、法術の行使を可能にするための研究が、一般的な生活に、民間人への負担を軽減するために使うという視点から、行われていました。白様もご存知のように、戦いでは湯水のごとくルナミスを消費しますから』

『なるほど…。確かに、消費は激しいですね。それが少しでも軽くなるのなら、理想的ですね』

『……』

 微笑むビアンカだったが、ジーデアは沈黙してしまった。

「?」

 どこか気まずい沈黙が辺りを包む。

 すると。

『白様』

 その沈黙は、やはり唐突にジーデアが破った。

『これから私が、貴方にお話しすることについて、他言無用をお願いしたいのですが、宜しいでしょうか?』

それは不穏な提案だった。しかし、同時に貴重な情報を手に入れることが出来るチャンスでもあった。

『それは、私に必要な情報、という事ですか?』

『ええ。僭越ながら、白様がお持ちのセプターに関する情報でもありますから。しかし、一般公開の情報とは違うものです。機密であるゆえに為政者から命を狙われる可能性もあります。白様自身には何の問題もありません。セプターを扱える方が、並大抵の術者に敗北することはあり得ません。しかし、他の方はその限りではないからです』

 この発言により、やはりジーデアは、ビアンカの事を超一流の魔法使いと勘違いしているという事がはっきりと分かった。

『でも、私に必要な情報なんですよね?そうであれば、他言する意味もありませんから、大丈夫でしょう』

 不穏な言葉の羅列が気にはなったものの、聞かないという手も無かった。もしかすると、これまで聞いたこともないような情報が飛び出す可能性もあったからだ。

『そうですか…』

 ジーデアはそこで言葉を切ると、一度だけ頷いた後で、再び言葉を紡ぎ始めた。

『ここで行われていた研究はルナミスの永続化のために、人体に存在する生命力を媒体にして、自然のエネルギーであるルナミスを、人工的に作り出す、というものでした』


 その発言は衝撃的なものであった。

 当時の世情の複雑な話については、ビアンカの世界の常識では測れないために聞き流していたものの、セプターと呼ばれる強大なアーティファクトが生み出される経緯や、この雷昇りの祭壇で行われていた研究内容は、常軌を逸していると言わざるを得ないものだった。

 端的に表現するならば、ルナミスによって生み出された結晶を人体に投与することで、体内で栄養が消費されて熱を起こすように、ルナミスを発生させる媒体にするという研究である。

 ビアンカ達の時代において、魔法文明の人々は呼吸をするように天然エネルギーであるルナミスを取り込み、魔法を行使していたと伝えられている。

この実験は、その取り込むと言う過程を省略するだけでなく、生きている限り外部からの供給をも必要としない、まさに永久機関とでも言うべきものへと人体を改造しようと画策したものだった。


『この施設に渦巻く黒雲や雷は、その産物です。この峡谷の谷底に封印しているエクリアとは、実験によって生み出された、被験体たちです。実験自体は、永久機関ともいうべきヒトを生み出すことには成功しました。ですが、ルナミスの投与を受けた個人では力を完全には制御できなかったのです』

 衝撃の発言は続く。

『白様もご存知の通り、法術は想像の向くままに現象を引き起こすものですから、想像を再現するわけです。つまり…』

 そこでビアンカは凡そ何が起こったのかを察した。

『何かのきっかけで、暴走した?』

『はい。暴走のきっかけが何であったのかは分かりません。しかし…。そう言えば、先ほどの大放電現象をご覧になりましたか?あれは、この施設の研究主任の娘エクリアが、もっとも克服したいと考えておられた「雷」の「再現」です。雷を克服するために、雷よりも強力な存在へと昇華したいとお考えだったようです…』


 それは子どもじみた、いや、子どもらしい発想だと言えた。

強そうな相手に勝つためには、その強そうな相手を超えるくらいに自分が強くなればいい。短絡的ではあるが、それはある種の真理でもある。

 しかし、それ以上に衝撃だったのは、研究を推進していた博士の娘が実験の被験体になっていたという事だった。

 ジーデアによれば、エクリアは法術の才能に恵まれており、同時に献身的な子でもあり、常々人の役に立ちたいと考え、治療術を勉強するような優しい子どもであったという。親である博士の研究の役に立ちたいとも


『この施設は、言うなればエクリアの力を封印し、余剰を活用するためだけに造られた疑似セプターとでも言うべき装置です。偽装するために、エネルギー生産施設として一般公開しておりますが…』

『…では、この奥にある施設群は、いったい?』

 ビアンカは、この雷昇りの祭壇が隠していた真実に戸惑いつつ、次の質問に切り替えた。

『そこは、元の研究施設です。今は、エクリアの力が渦巻く危険地帯ですが。白様であっても、お近づきにならない方がよろしいかと思います。該当する力を制御するためのセプターも無く、セプターの力の根源ともいうべきクリビデウスに近付くことは、いかに強力な術者でも、命綱なしに谷へ身投げするような行為ですから…』

「……」

 再びの沈黙。

(セプターと呼ばれるアーティファクトは…クリビデウス、つまり魔神の力を制御するための装置?あの指輪も、「白塗」ニクシーの力を制御できる機能がある?)

 思考が巡る。

 これらを研究している学者たちは、古代文明の遺産であるアーティファクトは、魔法を喪失した今では、その機能の真価を発揮することは不可能としている。また、良く分からないままに能力が発現することもあるが、それは単なる偶然であり、そのほぼ全ては再現性がないものばかりだという。

 それでも精方術の触媒として、武具として、また稀少性からの蒐集品としても有力であるため、多大なる価値を有する品々。

 ここで見て聞いた事柄は、ほんの一部ではあるものの、その一端を明かすものだと言えた。


『ところで、白様はこれからどうなさるのでしょうか?』

『どう、とは?』

『戦争は終結しました。もうセプター所有者も自由です。ただセプター所有者はクリビデウスの力を揮うことが出来るので、引き続き空の民に狙われる可能性があります。旅をされるにも、危険があると思いますので…』

「……」

 空の民も地の民も既になく、アーティファクトもその力を発揮できないので、狙われることも、また暴走の危険もない。不穏な単語の根源はもはや喪失していると言って良かった。

『それでも旅を続けます。見たいものも、やりたいことも、ありますから』

『そうですか…。いえ、そうですね。それが良いのかも知れません。僭越ながら、旅の無事を祈らせていただきます』

『ありがとうございます。ジーデアさん』

 ビアンカは微笑み、嬉しそうなニュアンスを含むジーデアの言葉に応えた。

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