第22話 バカンス気分に染められて・Ⅱ

 翌日。

 ホテルで遺跡の探索計画を立てた三人は、早速、街の役所で発行の終わった探索許可証を受け取り、街の民間委託会社が所有、運用している公共交通機関を利用した上で海側の遺跡へと赴いていた。

「あれが、潮騒の祭壇神殿と名付けられた海洋遺跡…。美しいですね」

 その定期輸送船の甲板で、潮風に髪を曝しながら、ヴィオラが感嘆を言葉にした。

「へー、本当に瑠璃色の建材で建てられてんのねー。幻想的ってこう言うものの為にある言葉って感じがするわ。ふむふむ、これは参考になるアイデアがもらえるかも」

 その隣で見ていたローザも、目の前に存在している瑠璃色の石材で建てられた神殿に目を奪われていた。

「お待たせ。楽しんでるみたいだね、二人とも」

 そのような二人の背後から、三人分の飲み物を持ったビアンカが姿を現した。

「そりゃあもう!あんなに幻想的な風景は、私の仕事場だとそうそう見られないし。本当、ついて来て良かったわ」

「私はフィールドワークにも行きますが、ここまで離れた場所までは出ないので、新鮮ですね。誘って頂いて本当に有難う御座います」

 ローザとヴィオラは、ビアンカから炭酸飲料を受け取り、各々の感想を述べる。

「喜んで貰えて何よりだよ」

 手渡した後、ローザの隣に移動して手摺に手を掛け、二人と同じように目の前の景色の観察に入る。

「うんうん、事前の噂通り綺麗な場所だね。これは絵が捗りそうだよ。ふむふむ、外観スケッチはこの角度で決まりかな…」

 そして、手を使って早速レイアウトの想定に入った。

「内部はどうなっているのでしょうね。外観同様美しいだろうとは思いますが」

「うーん…。この遺跡の時代って、いつぐらいなんだろうね?魔法文明時代なのは確かだと思うけど。もう一つの遺跡に魔神が居たわけだから。そこら辺、どう?二人とも」

「そこは主にヴィオラに振る話だと思うけどね。うーん、外観を見た感じだと魔法文明時代の、中期前後かな?」

 ビアンカは、レイアウト想定の為に翳した手を顎に当て、観察する対象を外観の特徴的な部分へと移す。

「あ、ビアンカさんもそう思います?私もそれくらいだと思うのです。神殿の屋根部にホーリーシンボルみたいなものがありますから。詳細は、中の碑文などを見ない事には判断できませんが」

 ヴィオラもまた、同じような動きで全体を同時に視るような姿勢を取る。

「なるほどね。宝箱は、開けてみてのお楽しみってとこか。うーん、そう思うとワクワクが止まらないね。良いなぁ、この感覚!」

 二人の見解を聴きながら、ローザはまるで少年の様な輝きを瞳に宿す。

 そんなローザの様子を見ながら、二人は同時に顔を見合わせ、首を傾げた。

「ねえ、いつも思うけど、ローザってさ」

「何故、研究職やフィールドワークの職に就かなかったのですか?」

「へっ!?え?何でって…ほら。趣味と仕事って、分けたいじゃない?まあ、それは冗談としても。私は、両親を超える画期的な術師スタイリストを目指すって決めたんだから、これで良いのっ」

 首を傾げる二人を横目に、ローザは炭酸飲料を一気飲みし、少しだけ咽たのだった。


 十数分後。輸送船用桟橋付近にて。

 各々、持参した荷物を確認し、直ぐに使う可能性のあるものを手に持つ。

「よーし、着いた着いたぁ!さあ、探検するぞー!」

 気合十分と言った風情で、ローザが船から飛ぶように降りて、体を伸ばす。

「張り切り過ぎて怪我とかしないように。ここは、元々海の中に在った関係で滑りやすいらしいから」

「大丈夫大丈夫ー。このローザさんは、そう簡単には滑らないって」

 そう言いながら、ローザは神殿遺跡の方へと駆けていく。

「やれやれ。まあ、そう言う事だからヴィオラも気を付けて」

 その背を見送りながら、ビアンカはヴィオラの下船を補助する。

「ええ、承知しています。ただ、ローザさんに置いて行かれないよう、少しだけ急ぎましょうか」

「ああ、そうだね…。そこまで広い遺跡でもないみたいだから迷う事は無いと思うけど、魔物が居るかも知れないからね」

 二人は笑い、小走りにローザの背中を追うのだった。


 そのまま神殿遺跡へと足を運んだ三人は、まず出入り口付近の造りとそこを飾るように鎮座している彫刻の観察、及び、同時に配置されている石板らしき物に刻まれている文字の読解に入った。

 とは言え、文字の読解はヴィオラが、出入り口の造りの観察はビアンカが、彫刻の観察はローザが、それぞれで好き勝手に行う態勢になっていたわけだが。

「この文節は、ヘーリニック言語の南方方言、ですね…」

「この門構えは、前に行ったことがある遺跡に似ているね…。何処だったかな?確か時代は…」

「お、この彫刻の衣服造形は神官戦士の基本形ねー。身に着ける人間の体形に合わせた採寸技術って、地味に凄い発明だわ」

 ヴィオラは、何処からともなく取り出したメモのページをめくり。ビアンカは、過去に描いた小スケッチを纏めた手製スクラップノートをめくり。ローザは顎に手を当て、過去の経験と知識を動員して、目の前の光景を分析し始めた。

「これは…」

 そうヴィオラが口にして、そして。

「南王帝国時代の建築物ですね」

「南王朝時代の様式だね」

「南王の聖戦士達の装束だね、これ」

 三人がほぼ同時に、別々の視点と考察から、全く同じ結論に至ったのだった。

「ああ、やはりそうですよね。これ。南部方言の文法ですし」

「うん、間違いないね。門構えの装飾と組み方。配置の呪術的意味の徹底ぶりとか、まさにそれ」

「衣服の波打ち方と身に着け方が、本当に教科書通りだったからね。ここまできっちりしてると変な笑いが出てくるのよねー。堅っ苦しくて」

 各々の結論と感想を口に出し、それぞれにうんうんと頷き合う。

 その後、お互いに情報の交換を行って認識を平均化し、その上で改めて神殿遺跡内部へと足を踏み入れた。


 その内装の印象を一言で表現するならば、陸上に居ながら水上を浮遊しているような気分にさせられる、と言うものだった。

 奥に続く床。構造そのものを支える柱と梁。床付近に配置された装飾品の一つ一つに至るまでの全てが、まるで水面が波打つ時の様な輝きを纏っており、見ていると、あたかも自分達が水上を自由航行しているかの如く錯覚してしまう光景が広がっている。

 三人が床面を踏み、一歩一歩と前に進むごとに、床面の瑠璃色に波紋の様な模様が発生しては、壁や柱に当たって散って行く。

「わぁ…これは!」

「なにこれ、すっごーい…!」

「これは、噂以上に神秘的だなぁ…」

 三人の驚きが内部を反響し、歩みによって起こった波紋とは別の波を広げていく。

 壁から壁へ、柱から天井或いは床へ伝う流れ。今を生きる者達の過去への純粋な称賛が、今は誰も居ない瑠璃色の中へと溶けて消えた。

「何だろうね、この異世界に来てしまったような感覚は…。あれだ。今、皇国で流行ってる娯楽書の作者が、よく使ってる題材の世界に似てるんだ」

 そのように幻想的な光景の中、ローザがそのような事を口にした。

「ああ、言われてみると確かに。少し前の巻でこう言う御所の場面がありましたね」

 その言葉に、ヴィオラは鞄から、厚み控えめな一冊の本を取り出して見せた。表紙には、共通語で「トラベリングエンペラー~漫遊道中大騒ぎ~」と言う字が印刷されていた。

 ビアンカは首を傾げる。

「…旅してるせいか、見覚えない題名だね。人気なの?」

「それはもう!デビューからこっち、皇国の若い人に人気なんだから。ビアンカも旅のお供に一冊どう?」

 そう言って、ローザが何故か鞄から一冊の同じ本を取り出して見せた。

「うーん。まあ、今読んでる本を読み終わったら考えるよ」

「ん?何か読んでるの?」

 ビアンカの意外な反応に興味を引かれたローザが、早速話を振る。

「ああ…。でも多分、ローザ達の興味を引くようなものじゃないかもね」

 そう言って、彼女は革製のカバーで覆われた三冊の本を取り出した。

それは、カバーに包まれてもなお読み込まれていると一見して分かるほどに、露出している部分の紙色が薄く古く変わっており、ページを捲る際に付着したと思われる手垢の跡も、薄くだが見えている。

「意外ですね。ビアンカは芸術の専門書を読み込むイメージがあったのですが、娯楽書も読むんですね?しかし、随分と古そう本ですが…」

「これは…、そうだろうね。故郷の教会に居るシスター長から、よく読んでたからって旅立ちの餞別として譲って頂いた本だから、それなり以上に古いと思うよ」

 ビアンカは、その本を大切そうに見下ろし、微笑を浮かべる。

「それは、どんな本なの?」

 革製のカバーを珍しそうに見ながら、再度ローザが話を促す。

「ん。これは、タイトルは「一つの勇気と生誕の塔」って言うんだけど…。そうだねぇ…一言で言えば、一人の勇気ある人が世界を救おうとする物語、かな。在り来たりな題材かも知れないけど、これが結構面白いんだ。風景描写が綺麗でね」

「へぇ…。これは、あれ?絵のイメージトレーニングも兼ねてたり?」

「お、鋭い。でも、どうにも思い入れがあるせいか、この物語の風景を何度描いても、描いても、こう満足できる出来にならないんだよね」

 どうにも悩ましいと言う風情で目を閉じるビアンカ。

「そうなんですか?これまた意外です。術師学校の時、あんなに美しい風景画を幾つも仕上げてましたのに」

「うーん…。描いた物を見てもらった時には、みんな綺麗な絵だって言って下さるんだけど、私個人としては納得出来てないんだよね…。この歳でなに贅沢な話をしてるんだと我ながらに思うけどさ」

 過去に視た幾つもの風景を思い出しながら目を開け、苦笑を浮かべるビアンカ。

「でも。幾つ遺跡を見て回っても、絶景を見ても、人と触れ合っても…、それでも思う絵にならないんだよね。もう何度も描いてるのに。自分の未熟さを差し引いても、何か歯痒いんだ。想いを伝えたいのに、上手く表現できないみたいな」

「ほほう。まるで初恋の乙女が想い人に手紙を送る時みたいですなぁ…ビアンカさんや」

 すかさずローザが言葉を挿し込み、楽しそうに笑った。

「初恋…初恋かぁ…。確かにそうかも知れない。きっと私は、この本の景色とか、その切っ掛けをくれた人達に恋して、今、こうしてるんだと思う」

 そうビアンカは笑い、大真面目に返されたことで、ローザは一瞬反応に困ったように苦笑した。

「うん……自分で振っといてなんだけど、素手返されるとこっちが恥ずかしい感じになるのが困りものだよね、この手の話は」

「ふふふ…。その切っ掛けをくれた人と言うのは、教会によく遊びに見えられていたと言う旅絵師さんですか?」

「ん?まあ、そんなとこ。事の大本は、この三冊の本だけどね。本の物語を読んで、その旅絵師さんの話に憧れて。日々勉強中さ。今日のこれもね」

 そう言いながら、ビアンカは、周囲で未だに盛大に波紋を広げ続けている神殿遺跡の瑠璃色の内装を見やった。

「なるほどです。それは気合が入りますね」

「今日こそ、想い人に手が届くと良いね」

 燃え立つような、しかし、炎とは無縁の白銀色の瞳を輝かせている彼女を、二人は見守るように見やる。

「うーん、そうだね。そうなると良いなぁ…」

 そのような二人の視線を受けながら、再度ビアンカは明るく笑うのだった。


 それから三人は、互いに集合場所や集合時間、緊急時の対処等を決めた上で、それぞれ別行動を開始した。

 カツンカツンと三つの靴音が弾け、各々の目指す場所へと広がり、音は波に変わって吸い込まれていく。他に誰も存在していないからこその変化が場と一体となって行く。

「……」

 一人回廊を歩くビアンカは、枠の様な区切りが設けられた壁に、精緻に刻まれている壁画を横目に見つつ移動していた。

 神官や巫女の格好をした複数人の男女が、列を為して後光を背負う一人の女性の前へと参じている様子と言った雰囲気の壁画。

(女神と信奉者の図か、或いは神殿の長とその他大勢の神殿関係者の図か)

 そのまましばらくは壁画を追うように移動を続け、そして。

「おっと…?」

何やら碑文の様なものが刻まれた石板、否、金属板の様なものを発見して、立ち止まった。

「これは…、何が書いてあるかな?」

 彼女は早速メモ帳を取り出し、ヘーリニック言語圏南部方言を纏めたページを開いて、碑文を指でなぞりながら解読を始めた。

 彼女が解読を進める間、まるで彼女の呼吸に合わせるように、碑文の刻まれている板の表面に波紋が流れていく。

「ん…。この文法は、初めて見る形かも?」

 解読しつつ、未知のものは、指でなぞりつつ文節丸ごと記録として残し、自分なりに文脈から予想される訳を記入していく。

 短い文章ながら、ある程度の意味を汲み取れる段階まで進めるのに、凡そ十数分ほどの時間が経過した。

 そこにはヘーリニック語で。

『我らが長と地王の加護の下で、我らは魔道の高みに昇り、空王の暴挙を止めねばならぬ』

と、そう書かれてあった。

(空王の暴挙?)

 文節に引っ掛かりを感じ、頭の中でざっと分析しようと顔を上げた、その時だった。

 目の前の壁画が、大きな変化を起こしている事に気が付いたのだ。

「うわっ!?絵が……動いてる!?」

 枠の様なもので区切られている部分に刻まれていた壁画が、まるで生きているように、彼女の目の前で動き始めたのだ。

(これは…前に見た「光人巡り」の祭の時に似てるね。あの時みたいに、光の人間が実体化する様子はないみたいだけど…)

 前に見た事のある、似たような現象とは規模が少々異なれども、その変化は注目を引き付けるには十分すぎる印象を与え得るものだった。

 加えて、壁画の絵が滑らかに動き始めた後、碑文の文字が、先程なぞった順番で一文字ずつ淡く輝き始め、全文にそれが及んだ時には、碑文に刻まれていた文字が上書きされる形で別の文章に置き換わっていた。

 これには、ビアンカも目を見開いた。

(これは凄い。これも魔法技術の一つなのかな?どう言う仕組みなんだろう?)

 ころころと変わり続ける壁画に、次から次へと興味が湧き出し続ける。

しかし、碑文の光文字が増えていく様を見て取った段階で、彼女はすぐさま思考を切り替え、再び解読に掛かった。

その間も、壁画は動作を続けている。

 最初は人の列だったものが、炎と共に人の形をした何かが降臨する様子へと変わり、砂絵を描く様に滑らかに動きながら、神々しい雰囲気の絵から兵士などが姿を現す不穏な気配へと転換していく。

また壁に広がる波紋も、壁画の動きに合わせて拡がる範囲や速度に細々とした変化が出ており、相互が大本で同期していることを告げていた。

「ふむ…」

 新たに出現した光文字の解読を、ビアンカは忙しなくメモ帳のページをめくりながら進めていく。

 しかし、今度は猶予が無かった。

「神法術式『涙する炎シャグラン』による…鉄槌の嵐を以て…機甲要塞…都市…ヴォル・シエルを止め……ん?」

 文字の末端が突然掠れ始め、靄が掛かったように読み取れなくなり始めたのだ。

「これは…?」

 その現象はすぐに全体に波及し始め、壁画の変化も、空中に浮かぶ都市から行われる地上に対する攻撃の様子と、それを迎撃する炎の人型の群れが描かれた場面で停止しており、徐々に霞が掛かった状態になって行く。

(故障している?)

 実に良いところで停止した変化に、残念そうに首を傾げながらビアンカは解読資料用のメモ帳を閉じる。そして、何となく周囲が気になり見回した。

 壁画自体の変化は停止して元の人の列を描いた絵に戻ったが、壁や床に最初から起こっていた水面の波紋は、変わらず発生していた。

「遺跡の機能自体は生きているけど、一部の機能は老朽化しているって感じかな?」

 別のメモ帳を開き、遺跡の情報を簡潔に書き加えていく。

「ふむ…」

 再び壁画に目を向けて、描かれている絵を観察する。

(さっき見えた炎の巨人は、もしかしてここの魔神「朱染」なのかな?あの魔神は、人の手によって喚ばれた、或いは造られた存在?)

 攻撃を行う空中都市と相対して立っていた炎の人型の威容を思い出しながら、そのような事を考える。

(魔神は、古代魔法文明の遺産に深く関わっているかも知れない存在…。何か重大な秘密があるのかも?)

 今現在、人々が考えている魔神や魔物と言う存在について、ビアンカは様々に想像を巡らせていく。

 しかし、直ぐに彼女は頭をゆっくり横に振った。

(…と言っても。それを証明する手段も無ければ方法も無いわけで。それに私は一介の絵師だ。領分でも本分でもない。ただ目の前の風景を記録するだけ)

 二冊のメモ帳をしまい、今度はミニスケッチブックと塗料切れを起こさないと触れ込みの特殊筆を取り出して、ざっとだが、後々に神殿遺跡を絵に起こす時の資料として壁画の一部を丁寧に描き起こしていく。

(仕事もこなさないとね)

 一時的なものとはいえ、名目上は彼女たちも条件付き「調査団」の一員としてここを訪れている以上は報告書を提出する義務が生じるため、そう言った資料も確保しておかなければならない。

 ちなみに資料の内容に応じて給金も支払われる仕組みになっているので、手は抜けない。

「よし…、これで良いか。後は文を付け足して終わりっと…」

 絵に三十分ほど、文章に十数分ほどの時間をかけて資料を完成させたビアンカは、少しだけ名残惜しそうにその場を離れるのだった。


 それからしばらく後。

 遺跡内部をそれぞれの視点で見て回ったビアンカ、ローザ、ヴィオラの三人は、予定通りに合流を果たし、輸送連絡船の停まる桟橋へと歩いていた。

 その途中。

「え?そっちだと何も起こらなかったんだ?」

「うん。そんな面白そうなイベントには遭遇しなかったかなー。まあ、ずっと彫像とかの服装をチェックして回ってたから、遭わなかっただけかも知れないけど」

「はい。こちらでも、ビアンカさんのような不思議な現象には出会いませんでした」

 驚くべきことに、先程の現象に出会ったのは、ビアンカだけだった。

あとの二人は、それぞれに最初から動作を続けていた機能の観察分析を行ったり、装飾としてある彫像についての観察分析を行っていたと言う。

「ビアンカさん。何か特殊な道具をお持ちとか?或いは特別な何かに触れたことによる残滓が影響しているとか?」

「特殊な道具とか経験かぁ…。心当たりが多すぎてどれが原因か特定できないかも」

「ビアンカは実は古代人の血筋だった、とか!」

「うーん…。確かに私は両親の事とか知らないし浪漫あるとは思うけど、それはどうだろうね?」

 興奮気味に話す二人に、半歩引いた位置に立っている雰囲気で、ビアンカが苦笑気味に返事をする。

「もー、ノリ悪いなー。これすっごい事なんだし、もっとテンション上げても罰は当たらないと思うんだ」

「いやそうなのかも知れないけど、何が原因かは分からないし、偶然の線も捨て切れないからさ。まあ、それはともかくとして、それ以上に問題があるんだよね」

「問題、ですか?」

 いやに冷静な反応を示すビアンカに、興奮気味だった二人も徐々に平静さを取り戻し始める。そして首を傾げた。

「この現象、何処まで正確に報告書に書いたもんかなってね。私固有の現象なのか、ただの偶然なのか、はっきりしてないし」

 苦笑したまま、ビアンカはそう口にした。同時に二人も頷く。

「あー、言われてみれば確かに。それにもし、このことで中央に目を付けられたら」

「ビアンカさん自身が不利益を被る恐れが出てきますね。でも報告は絶対にする必要がありますからね。うーん…」

 三人ともにその場に足を止め、しばし考え込む。

 考え、考え、数分後。

「じゃあさ。私達で口裏合わせて、偶然その現象が起きている場面を目撃した風にすれば良いんじゃない?」

 そうして、最初に口を開いたのはローザだった。

「三人それぞれの視点で?」

 ビアンカの質問に、ローザが頷く。

「そうそう。ビアンカは正真正銘の本物を見ているんだし、その話を基にして目撃情報を水増しする感じでさ。ヴィオラなら考証もそれっぽくできるでしょ?」

 そうしてヴィオラに話の先が向く。彼女もまた、二度ほど頷いた。

「まあ、お話を詳しく伺えば可能かも知れませんね…」

「ならそれがベストじゃない?しかも幸いなことに、その動く壁画は不具合が出てたっていうじゃん。多少の揺れがあっても、遥か昔の装置なんだし、向こうもある程度は納得するんじゃないかな?」

 二人の肯定的な反応に、ローザはそう言った後で満足げに頷いた。

「なるほどねぇ…。うん。確かにそれなら行けそうだね。ならそれで行こうか」

「では戻った後は、食事の相談をしてから宿に直行ですね。しかしまさか、ローザさんの口から打開策が出てくるとは…」

「ちょっとちょっとヴィオラ、それどう言う意味よー」

「いえ、たまには良い意見を仰る、と思っただけですから。ふふふ…」

「いつも!割と…それなりの確率で……うん!とにかく!いつも良い意見述べてる!」

「ははは…」

 どの様な相談事を行っていたとしても、一度結論を得た後はいつもと変わらぬ笑顔と言葉が飛び出す。これが幼年術師学校の頃から変わらぬ、三人の日常だった。

「やっぱり良いなぁ。こう言うの」

「ん?どうかした?ビアンカ」

「どうかされましたか?」

「いや、何でもない。さ、帰ろう」

「うん?」

「はい?」

「あはは、ほら行くよ?」

 そして、ビアンカの呟きに首を傾げた二人の先を歩く様に、彼女は笑顔を浮かべて、軽やかに進んでいくのだった。

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