第21話 バカンス気分に染められて・Ⅰ

 ある日、大陸の各所が徐々に冬支度を始めた頃。


 少女とその友人二人は、南国気分漂う陽光と潮風の包む砂浜に、水着姿で居た。

 その背後には、リゾート地と見紛う程のホテルや商店街、住宅街等の建築物が立ち並ぶ、豪華な街並みが広がっている。

 ちなみに、この場所は観光都市でも無ければ、リゾート地だったと言うわけでもなく、元々は只の港町だったと言う。

 ところがある時、街の近くにある山に立ち入った住民が古代の遺跡を発見。しかも内部で魔神に遭遇した事で状況が一変。解放された魔神の力により、地域一帯が急速な温暖化現象を起こしたのだと言う。

 これを知った中央の研究機関が、遺跡の調査と、調査の為の協力者確保を名目に街の開発を提言。その結果、只の港町は、見る見る内に今の様なリゾート地に開発されてしまったのだった。


 そのような夏真っ盛りのトロピカルビーチにて。

「うーん…。本当に冬とは思えないなぁ、ここは。人も多いし、何というか、噂以上だ」

 少女三人の内の一人が、ビーチパラソルの下に備え付けられているベンチに体を預け、澄んだ橙色が爽やかな印象の果実飲料を飲んでいた。

「それはもう。ここは例の魔神「朱染」の力で一年中夏真っ盛りになっちゃったからね。ほら、やっぱり水着選んどいて良かったじゃん。ここに来て泳がないのは、やっぱり損だし」

「ローザさんの場合は、新しい水着が着たくて仕方がなかっただけでしょうに…」

「それもあるけどさー。何よりビアンカやヴィオラと、こうやって三人でバカンス気分ってのも、よくよく考えたら初めてだしねー。卒業旅行も、あの時の襲撃事件で結局行けなかったし」

 その隣にあるパラソルの下では、三人が同じようにベンチに体を預け、赤や青など、鮮やかな色の果実飲料を楽しんでいた。

 ローザと呼ばれた少女は赤。ヴィオラと呼ばれた少女は青。そして、ビアンカと呼ばれた少女は白色に染まったグラスを手にしている。

「まあ、私も新しいものを見繕う良い口実が出来たので、別に良いのですけど…」

「でしょでしょー?ふふん。ちょうど見せ付ける相手が沢山居てラッキーだわ。だからこその、この選択だし」

 そう言って、ローザは自身の纏うビキニタイプ水着の特徴が強調される姿勢を取った。パレオ付属なので、足を動かすとひらりと捲れる。

「あらあら、欲望丸出しですね。殿方へのアピールも結構ですが、主目的は忘れていませんね?」

 一方ヴィオラは、気品溢れる白のタンキニタイプ水着に包んだ体を起こし、ゆっくりと背筋を伸ばした。

「分かってるわよー。ビアンカの旅に便乗しただけだしねー。ちゃんと遺跡探訪にも付き合うわよー」

 ローザは、どうにも浮かれた様子が抜けない雰囲気を醸し出しながら、答えた

「まったく、ビアンカさんの付き合いの広さには驚かされてばかりです。まさか旅行会社のオーナーさんと、お知り合いになっていたなんて」

「うん?ああ、それかぁ」

 ヴィオラの言葉に、ビアンカも体を起こして、飲料の注がれたグラスを横に備え付けられている卓に載せる。

「半年くらい前かな? ツアー企画のために向かう旅先の情報が欲しいって言う人が喫茶店に居たから、依頼を受けて、代わりに現地に行って、現地の絵を描いて、と。普通に依頼をこなしただけなんだけどね」

「それも何だか凄い話ですね…。偶然と言いますか」

「え、なに?喫茶店って、出会いの殿堂か何かなの?なら、あたしも喫茶店通う回数増やそうかなぁ…。あたしも運命に出会いたーい」

 ローザが身悶えする様に体を捩じると言う実にシュールな動きを展開している。

 そしてそれを、生温かい視線で他二人が見守った。

「まあ、それはともかくとして。まさか水着を新調させられるとは思ってもみなかった。二人とも本当に強引なんだからさ」

 ビアンカが苦笑を浮かべる。

「当たり前でしょー?絶好の機会だもの。前は普段使いの服だけだったけど、今回は海に行くって話だったし、ちょっと気合入ったのよ。でも、良いの見付かったでしょ?」

「…確かにそうだけどね。これなら別の海水浴場や温泉でも使えそうだし」

 そう言って、ビアンカは身に着けているビスチェタイプの水着を示す。彼女は、そこに薄手の上着の様なものを羽織って、組み合わせていた。

「ふむ…。ラッシュガードとの併用が良くお似合いです。背中が開いたビキニデザインでも、それでしたらしっかりカバー出来ますから」

「なーんか上手く誤魔化された感が否めないんだけど…。確かにビスチェにもビキニタイプあるし、それもフリル付いてて可愛いんだけどさぁ。こう…、何と言うかだね?」

 ローザは手で自分の胸の前を、まるで球体でも撫でるように動かす。

「ローザさん。貴方は胸が大きめだからと露出に拘り過ぎなのです。飾るもそのままも自在に出来ることが、真のお洒落と言うものでは?」

「ぐ、ぐぬぬ……、正論過ぎて言い返せないわ」

 ヴィオラは、思わず言葉に詰まったローザの表情にニヤリと笑うと、再びベンチに体を預けるよう寝転んだ。

「まあまあ二人とも。私としては、流行とかによらず、長く使えそうなものを選んだつもりだから。それに水着選び、結構楽しかったしね。それでも衣服で冒険する気はないけどさ」

 朗らかに笑いながら、ビアンカは果実飲料に口を付けた。橙色の鮮やかな液体が、ストローを通して彼女の口へと吸い込まれてゆく。

「えー、もっと冒険しようよー。これも経験だよー?」

「では次は、もう一つ上のランクの生地を使った衣服などでも」

 二人の言葉に、ビアンカはふっと笑う。

「値段等も考慮して、前向きに検討させてもらうよ」

「「えー?」」

「ははは」

 そのような会話を交わしつつ、夏の陽気に浮かれる人々や海鳥の群れ、寄せては返す波に攫われる砂の様子を楽しむのだった。


 それから、約二時間後。

 海に入り、泳ぎ、潜りを堪能し、連続したナンパを丁重にお断りし、手早く着替えた三人は、寄せては返す蒼い波に砂が浚われる様子が印象的な、砂浜付近の歩道を歩いていた。

「はー。珊瑚礁とか泳ぐ虹色の魚とか、凄く綺麗だったけど、短い時間に濃密な運動した実感が…」

 ローザは、疲労で緊張した体をぎこちなさそうに動かしつつ、感想を呟く。

「同僚の話ですと、水泳は有効な全身運動だと言う話が、最近の学会で提言されているらしいですよ?案外、正しいのかも知れませんね」

 ヴィオラもまた疲労感を漂わせた声音で、そう答える。

「へー。やっぱり学術院は面白い研究しまくってるのねぇ。この前は、精方術使用における高度限界の提言だったっけ?」

「ええ。危険だからと即時研究中止の通達が出ましたが」

「あれ、そうなんだ。面白い試みだと思うんだけどなぁ」

 ヴィオラの返答に、何処か残念そうなローザ。

 ただ、他二人と違って疲労感の欠片も漂わせていないビアンカは、ヴィオラの言葉に頷き、自分の顎に手を当てた。

「いや、やっぱり私も危険だと思うな。実際に術で空を飛んでいて、たまに翼が不安定になる時があったし。山の上とかでの検証でも、一番高い山には魔神が居る場合があるしね」

「概ね、そう言う理由らしいです。私も細かい所は知らないですが」

「学者も大変ねー。私は、服飾造形師やってる方が、やっぱり合ってるわ」

 そう言いつつ、他二人の被っているリゾートハットの意匠や、道行く人々の衣服にも目を向けている。

「ああ、そう言えば。話は変わりますが…」

 ふと思い出したように、ヴィオラが二人の顔を見ながら違う話題を持ち出した。手には、いつの間にか鞄から取りだしていたらしいメモ帳を握っている。

「明日から本格的に動くとして。どちらの遺跡を探索します?海側ですか?山側ですか?」

「そうだなぁ…。予定では、余り研究の進んでいない上に綺麗な内装だと噂の海側優先かな。山側の遺跡にも凄く興味があるけど、敵意が全く無いとは言え、魔神が居ることには変わりないからね。色々と危ないかも知れないし」

 ヴィオラの言葉に、ビアンカは自分なりの分析を経た上での意見を述べる。

 すると、周囲の人間観察を止めて視線を戻したローザが口を開いた。

「ん、ならさ。取り敢えず海側を重点的に見て回るとして、山側にも行って見ればいいんじゃない?観光がてらにでもさー」

 そして、そのような至極もっともな意見を提案した。

「確かに。深く入り込まなければ危険も少ないってことだね。うん、そうだね。分かった、そうしよっか。取り敢えず、まずは海側の遺跡を調べる。その後に余力があれば山側の遺跡も調べる。これで行こうか」

「そうそう。それくらい気楽に行った方が楽しいって!」

「ははは、まったくだね。どうヴィオラ?」

「はぁ、やれやれ。大雑把ですね。まあでも、良いのではないでしょうか。ビアンカさんの場合は絵を描くことが主目的な訳ですからね。私は研究も目的の一つでしたけど…」

 二人の言葉と笑顔に、ヴィオラも苦笑交じりにではあるが肯定的な反応を返しつつ、メモ帳に何かを書き込む。

「では、そうと決まれば!この後も、しっかり買い物と料理と宿を堪能して、明日以降に全力で観光出来るように英気を養わないとね!」

「…念のため伺いますけど、何処か良いところを、知っているのですか?」

「うん?ガイドブック見れば、お勧めとか載ってるでしょ?」

 そう言って、心底不思議そうにローザが首を傾げて見せた。

 それを見て、ヴィオラがやたらと大きい溜め息を吐き、ビアンカはいつも通りの微笑を浮かべた。

 そしてビアンカは、鞄から愛用の自作ノートと、色とりどりの付箋が付けられたガイドブックを取り出して示した。

「そう言うと思って、ここに来る前にある程度調べて来た情報がここに」

「うわーお。さっすが、旅慣れてる人は違うねぇ」

「では、そのお勧めを巡ってみましょうか。実際に見てきた旅人さんからもたらされた情報とあれば、俄然、期待も膨らむと言うものです」

「それじゃあ、そこの喫茶店で行き先の順番でも話し合うとしますか。そこもお勧めスポットみたいだからね」

 ビアンカはノートとガイドブックをしまい、通りの向こう側に店を構えているオープンカフェを指さす。

「さんせーい!」

「はい、行きましょう」

 三人の少女は、それぞれがそれぞれの期待に胸を躍らせながら、漂ってくるコーヒーの香りに誘われるように、通りの向こう側へと急ぐのだった。

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