第20話 衣服との出会いは冒険か否か

 ある日の十時頃。少女は友人の誘いで中央、皇国の中央都市に来ていた。

 そして今、少女は非常に困っていた。


 人は衣服を身に着ける。

 羞恥からか、礼節か、趣味か、これまた食事と同じように理由は様々だが、人は衣服を身に着ける。

 そして人は、衣服の造形に凝ることもある。

 これは人に限らず、外観の如何が生態に関わっている生物にも当てはまるかもしれない。要するにお洒落と言う物には一定の意味がある。

 ただ最初に述べたように、人は生態的に必要になる以上に趣味でも服を着る。そうなると、どうしても一つの問題が発生する。

 それは。


「いやいや、それは流石に可愛すぎると言うかね?私には…」

「えー。何言ってんのさ。女の子はオシャレする生き物なんだから、あんたもこう言う服、もっと着た方が良いよ。勘が鈍っちゃう」

「えぇ…?」

「ビアンカさんも、もっとこう言う可愛らしい衣服も着ましょうよ。折角の容貌が勿体無いです」

「そう、なのかなぁ?」

 皇国中央都市の、とある女性物専門ブティックの店先にて、そのような会話を交わす少女が三人居た。

 一人は、最近東方から持ち込まれて流行っている、輸入生地のオーミクロスを使った東方の民族衣装を、スカートやキャミソール風カットソーにアレンジした衣服を身に着けている。

 一人は、皇国で不動の人気を誇る生地、インペラクロスを使ったワンピースを身に着けている。

 もう一人は、そのような二人と比較すると地味、と言うよりも、実用性重視の旅装に身を包んでいる。

 ただ、アクセサリーには気を遣っているらしく、手首には黄褐色トパーズをあしらった腕輪を着けていた。しかしそれは、彼女が精方術師としての力を安定して発動するための触媒を兼ねているためで、純粋なお洒落とは言えないのかも知れない。

 そして、そんな実用性重視の旅装に身を包む、このビアンカと呼ばれた少女は、他二人の友人に引っ張られてブティック巡りに付き合わされているのだった。

 なお、ビアンカと言うのは彼女の本名ではない。

「ほらほら。このスカート可愛いじゃん。ビアンカにも絶対似合うって!」

 そう言って勧められたのは、丈が膝少し上にあるプリーツスカート。

「いや、確かに可愛いけど…。ローザ、このスカートの丈、短くない?」

「これくらい攻めたデザインの服も持ってた方が良いって。ただでさえ、ビアンカってば露出減らしたがるんだからさー」

 ローザと呼ばれた少女は、やれやれと言う風情で苦笑を浮かべて見せた。

「いや、私旅してるから、露出が多いのは…」

「では、こちらはどうでしょう。肌の露出を押さえて、機能性もある組み合わせです」

 そう言って、ワンピースの少女に勧められたのは、浅葱色のエレプビラクロスを用いたボタン留め式の長袖だった。

「ほほう…。これは良いね。民族衣装風のデザインで、普段着でも着やすそう…」

「そうでしょう、そうでしょう。ビアンカさんの好みは承知しております」

「ぐぬぬ…。で、でも、もっとこう女の子らしさを前に出した服も持っていた方が絶対良いって!」

「拘りますねぇ、ローザさん」

 ワンピースの少女が苦笑する。

「当り前でしょー?ヴィオラ同様、ビアンカの親友を自負してる以上、そこら辺は譲れないわ」

 そう言ってローザは胸を張った。

「なにその、謎の理屈。でも、そうだね。確かにこういうお洒落な物も少しくらいは、持ってた方が良いかな?」

 彼女の言葉に、ビアンカは少しだけ考える仕草を見せ、再びショーウィンドウに視線を向けた。

「でしょ?でしょ?だからこのスカートを!」

「それはちょっと…、こう気恥ずかしいと言うか…、慣れないと言うか」

「何でよー。良いじゃん、スカートぉ」

「よっぽど、ビアンカさんにスカートを穿かせたいんですね…」

 ヴィオラが額に手を当てて目を閉じる。

「当然ッ!この低露出至上主義な親友に、ファッションの喜びを教えてあげたい人としては、この機に是非ともスカートを布教したいの」

 その横で、ローザが興奮した様子で息巻いている。

 その様子を見たビアンカは、一度大きくため息をつき、そして。

「分かったよ。ならこうしよう。試着してみて、その上で決めると言う事でどうだろう?」

 そう言って、観念したような微笑を浮かべた。

 同様に、ローザもにこりと笑い、ビアンカとヴィオラの手を取った。

「そうこなくっちゃ。なら早速中に入ろうよ。良い服は、見付けた時に見ておかないと逃げるんだから」

「ちょっと、その意見には全面的に同意ですが、この強引さは承服できませんよー!?」

「え、なに?ちょっと、そんな理屈初めて聞いたんだけど!?」

 そして、半ば強引に店の中へ引っ張って行くのだった。

 趣味で衣服を着ると言うことで生じる問題とは、この、趣味の差による選択の食い違いが起こる事であった。


 一時間後。皇国中央都市の大広場に三人は居た。

 その手には先程のブティックのロゴが印刷された紙袋が一つずつと、広場のワゴンで売られていた紅茶のカップが握られていた。

「結局、皆一緒に買い込みましたね」

「ああ、そうだね。勢いに乗せられて買ってしまった。まあ、一番買い込んだのはローザだけどね」

「ふふん。ファッションの出費に糸目はつけないのが、あたしと言う人間よ」

 皇国のシンボルの一つである、初代皇王クリュソスの錫杖をモチーフとした記念碑を正面にしつつ、三人は各々の購入した物が収められた紙袋を覗き込んだ。

 ヴィオラの袋には、彼女の趣味に合ったインペラクロスを用いた落ち着いた雰囲気のフリルワンピースが二点。

 ローザの袋には、これまた彼女の趣味に合った上品なロングトルソールックの衣服が一点、コケティシュさを出した衣服が一点、オーバルラインの衣服が一点、そして小物類数点が入っている。何れもパーティーなどで身に着けるらしい。

 ビアンカの袋には、最初にローザが勧めていたプリーツスカート一点と、ヴィオラが勧めていたエレプビラクロスの長袖シャツが一点。そこに加えて、彼女自身が気に入ったブローチやリボンなどの小物が二点ほど、入っていた。

 三人は、それぞれ確認した後、袋を閉じる。

「意外だったのは、ビアンカがリボンとか好きだったんだなってことだけど。ああでも、小物とかよく身に着けてたし、昔からだったり?」

「まあね。私も一応女子だし、身嗜みを整えないといけない時もあるからね。こう言う小物類は見て回っているよ」

「そうだったんですね…。ああでも、そうですね。前に連合国の伯爵家に招待されていましたよね、そう言えば」

「へー、凄いじゃん!やっぱり芸術家だと、そこら辺、入りやすかったりすんの?」

 何処か興味深そうに、ローザが問いかける。

「いや、流石にそう言う事は無いと思うよ?依頼とかがあれば別だけどさ」

 そう言って、ビアンカは首を横に振った。

 しかし、ローザとヴィオラは、彼女のその言葉に身を乗り出した。

「それは、本当ですか!?」

「依頼されるとか尚のこと凄いじゃん!そっかー、何時の間にか、ビアンカも社交界デビューを果たしてたんだねぇ。あたしもビックリだ」

「うぇ!?いやいやいや、運良く偶然目に留まったからだって!そう毎回毎回依頼とかないから!社交界デビューとかも無いから!」

 二人の食いつきように、ビアンカは慌てて否定し、突っ込みどころを自ら暴露してしまう。

 そのせいか、二人の弄りは勢いを増し、止まらなくなった。

「いやいや、でもビアンカはさ、その偶然をちゃーんと、ものにしちゃったんでしょ?やっぱり凄いって」

「世の芸術家垂涎のシチュエーションですよ。王侯貴族の目に留まって絵を認められると言うのは」

「だよねぇ。うちの同級生のアルフレッド辺りが聞いたら号泣して喜びそう」

「第一のファンを自称していましたからね」

「止めてよ?アルフレッドに伝えたら、文字通りに飛んできそうだからさ…。ところで」

 そんな勢いを増した二人の弄りにタジタジになりながらも、だんだんと平静さを取り戻しつつあったビアンカは、思い切って話題の転換を図った。

「二人は、今日の宿とかは決めてるのかい?」

「宿かぁ。ヴィオラは決めてる?」

「はい。もちろん決めていますよ。ここ中央都市の宿と言えば、ヴァカンツェ・ウッチェロでしょう。一泊の料金とサービスのバランスがちょうど良いのです」

「あそこかぁ。あたしはその向かい側なのよねー。ホテル・ヒューネ。ビュッフェスタイルのディナーが有名な」

「なるほど、あそこですか。それでビアンカさんは、何処にしたのですか?」

「私もウッチェロだね。あそこの副支配人とはちょっと縁があってね」

 ビアンカの発言に、二人が顔を見合わせる。

「ねえ。ビアンカってさ」

「うん?」

「何か、前に会った時以上に、物凄く、人脈広くなってるよね」

「確かに、そうかも知れない。喫茶店とかで、そう言う人と会ったりするんだよね。縁って言うのは面白いよね」

 そう言って無邪気に笑うビアンカを見て、再び二人は顔を見合わせる。

「何と言いますか。ビアンカさんは、将来的に物凄く大物になるような予感がするのですが…」

「奇遇だね。あたしもそう思う」

「ええ?何で?」

「そう言い切っちゃうところとか」

「え?」

「さも当たり前のことのようにお話されるところとか」

「ええ?」

「いやぁ…。これはもう、あんたがどこまで行き着くのかに興味が出て来たよ」

「そうですね。これは楽しい事になりそうです。こう言う時に友人としての縁が、ぐっと面白くなるのでしょうね」

「え?え?どういうこと?」

 二人の反応に困惑するビアンカをよそに、ローザとヴィオラは笑い合っている。

「いやいやー、こっちの話ー」

「そうです。こちらのお話です。ふふふ…」

「なんなのさぁ…、いったい」

 どうにも理解が追いつかないのか、二人の話にビアンカは首を傾げるばかりであった。


 その後、ローザとヴィオラは、もっとビアンカの日常話を聞かないと勿体ないと考え、宿での夕食後に、ビアンカの部屋に集まる事を三人で取り決めた。

 そして目的通りに集合すると、ローザやヴィオラが心待ちにしていたビアンカの旅話が展開される。聞いたことも無いような話が出る度に驚きや笑いが起こり、様々な質問が飛び交うのだが、それはまた別のお話である。

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