第18話 ヒト無しの都にて:Ⅰ

 その日、少女は友人の郵便配達員の紹介から、大陸北西部の遺跡を訪れていた。

 まずは馬車で近くの街へと足を伸ばし、準備や情報収集の後、人の生活圏を抜けて徒歩で、は、流石に辛いため、精方術による飛行術を展開。今は無き古代魔法文明の遺した残滓と、復元してくれた研究者達に感謝しつつ、風の翼を背負って森の奥へ。

 そうして辿り着いたのが、今彼女が居る遺跡だった。

 そこは、古代魔法文明時代に生み出されたと思しき戦闘用の自動人形が徘徊していると言う噂で有名な塔と施設があり、郵便配達員の友人の紹介の前にも何度か話には聞いている場所だった。

 そこには、空色の塔以外にも、台形を基本としたような建築物を始め、現代の様式からは大きくかけ離れた理論を基に構成されたと思われる施設群が多数存在していた。中には金属と思しき素材で壁面を構成された様なものまである。

 現在あるどの地方の建築様式にも当てはまらないそれは、一目見ただけでもそれが古代先史文明の手によって生み出されたものであると確信する事が出来た。

 そのような未知の材質が織りなす風景に感激した少女は、まず鞄から愛用の紙と鉛筆を取り出し、目の前の建築物群を絵として記録していくことから始めた。元々、それが目的でここを訪れていたと言う事もあるので、道具等の準備も周到に行っていた。

 その少女は、冒険者であると同時に旅の絵描きだった。故郷を旅立ち、自分が感動した世界の全てを絵として記録することを使命だと勝手に決めて、ビアンカと言うペンネームと共に旅をしていた。無論、それは彼女の本名とは違う。

 さて、そのまま手早く線画を描き上げた彼女は、どうにも待ち切れないと言った様子で施設群の敷地内へと足を運ぶ。石とも金属ともつかない不思議な素材で覆われた清掃の行き届いている街路を通過し、真っ直ぐに空色の塔へと向かう。

 塔は、もはや人気の存在しない死んだ街の中にひっそりと、街を包み込む静寂以上にひっそりとそびえており、それでいながら、ただただ下を、或いはその周囲を、世界を、睥睨しているような威容を示していた。

 少女は門を潜り、塔に接近する。

 そして見上げた。先が見通せない程には高い。

 先程、外側から見た時はそうは感じなかったが、こうして真下で見上げてみると、何処までも続いているかのように見えた。

「お邪魔しますよー?招かれてませんけど、勝手にお邪魔しますよー?」

 とは言え、何時までも圧倒されているのは勿体ないので、誰に向けるでもなくそう呟き、塔の鴨居を潜ろうとした、その時だった。

『Si Ru hera?』

 突然、背後から何者かに声を掛けられた。

「ふぇぁ!?」

 余りに唐突な出来事に少女は堪らず驚き、思わず頓狂な声を上げてしまった。

『Si ca!?』

 すると、背後から少女に話し掛けた何者かも、反応に驚いたのか、似た様な頓狂な声を上げて、その後、数歩後退さるような気配を少女に感じさせた。

「……?」

 少女は、意を決して後ろを振り向く。

『…?…?』

 そこには、整った顔立ちに白銀のセミロングヘアーを添えた、簡易ドレス姿の華奢な女性が、その星の瞬くような瞳を真っ直ぐに見開いたままの表情で立っていた。

どうやら驚いたらしい。

「えっと…」

 出鼻を挫かれたうえ、挫いてきたその相手が実に無害そうな存在で体の緊張が解けてしまったために、発音すべき言葉を十数秒ほど見失っていた。

『貴方は、この場所の、番人ですか?』

 ただ、見失いはしたが、自分に掛けられた言葉の性質から、どの様な言葉を返すべきかだけは冷静に判断していた。似たような言葉を別の場所で聞いたことがあるからだ。その時の行動に倣い、古代魔法文明時代の標準語であるヘーリニック語圏の挨拶を行った。

(まさか古代人でもないと思うけれど…、一応ね。人間みたいな姿だけれど、多分、自動人形のはず…だね。ここに来るまでに一体も見ていないから、忘れかけていたけれど)

 女性の動きを観察しつつ、少女は次の反応を待つ。

 すると、目の前の女性はほっと胸を撫で下ろすような雰囲気を示し、表情を作るように微笑した。

『コホン…。失礼しましたですか?私、言葉、不慣れで、上手に話す、難しいです。あと、私、チュテレールと、違いますね』

 その上で、片言のヘーリニック語を返してきた。チュテレールとは、先史古語で番人を意味する言葉だ。

『私は旅の者で、絵師を営んでおります。ここには観光で訪れました。勝手にここまで入ったことは、謝ります』

 片言ではあるものの、どうやら話は通じることが判明したので、少女は知りうる限りの言葉で語り掛ける。

『私、チュテレールと、違います。でも、ポルテーエ、では、ありますね。それと、謝る必要、ないです。ここは、もうずっと昔、捨てられましたから』

 作り上げた微笑のまま、ドレスの女性はそう言った。

ちなみにポルテーエは、管理人を示す先史古語である。

『有難う御座います。捨てられたと言う割には、清掃管理が行き届いていますね』

 やはり、どこか片言なのが気にはなったが、本格的に敵対者ではないことが分かったので、少女はいつも通りに世間話から始めることにした。

『有難う、御座いますです。力一杯、道具、使って、管理しています。はい』

 ドレスの女性は、微笑を浮かべたまま世間話に乗り、会話を行う。

 そして。

『取り敢えず、ここで長い立ち話、貴方、疲れます。中に、入りましょう。大図書館、話しするのに最適、です』

 微笑のまま、少女を塔の中へと誘ったのだった。


 さて、誘われた少女は、女性の先導に従い塔の中を歩いていく。

 実に単純で殺風景な内装を横目に見つつ、しかし、その殺風景の向こう側で今もなお稼働し続けている、多くの歯車がかみ合う機工が織りなす静かな音と、魔法技術に由来すると思われる底知れぬ力の気配は、景色の明瞭さと合わさり、未知を体験している事による一種の不気味さと高揚感を、少女に与えた。

 そうして、昇降機と連絡通路間の移動を二回ほど繰り返した後に、目的地となる大図書館へと辿り着いた。

「うわぁ…。凄い」

 少女は、案内された大図書館に足を踏み入れた瞬間に感嘆の声を上げてしまった。

 見える範囲全てに、本棚のように見える調度品が列を為して配されており、中には書物の様な形をした、しかし、本の匂いの全くしない物体が整頓されて置かれていた。大図書館とはよく言ったもので、見渡す限り同じような光景ばかりが広がる。

 そして、列の間を、一目でそれと分かる無機質な外観の自動人形達が浮遊移動しており、本の整理と清掃を行っている。そして、何故か少女と女性が歩く様子には、すれ違いざまの挨拶以外の一切の関心を示さず、それこそ我が生き様とばかりに作業に集中していた。

 部外者の進入が許されている場所なのか、女性が近くにいるから無関心なのかは不明だが、有難い話だった。

『目的地、もう少し先、です。辛抱、願います、です』

『は、はい、大丈夫ですよ』

 一冊手に取ってみたい衝動を如何にかこうにか抑えつつ、そのまま通路を進み、女性の案内に従って、一つ自動で展開するドアを潜ると、今までの無機質な殺風景が嘘のような、木製の調度品や、石材の様な模様をした壁、外を一望できる窓の付いた空間に辿り着いた。

「はー…」

 再びの感嘆。

 普通とはかけ離れた光景の次に姿を現した普通の景色とは、これ程の感動をもたらすものなのだなと、少女に実感させた。

『ここが、この場所の談話、読書、喫茶部屋、ですね。どうぞ、お上がり下さい、です』

 どうやらそこは、ゆっくりと話したり、自由に本を読んだり、休憩したりするための場所であるらしく、女性によれば、管理長の意向で他と趣を変えてあるのだそうだ。

『お好きな席、どうぞ、です。私、そこに行きます、です』

 相変わらずのぎこちない喋りのまま、女性は部屋全体を示す。

(好きな席、と言われてもなぁ…。うーん)

 少女は空間全体を見回し、簡単にだが内装の配置を確認していく。普段の彼女も、初めて入る喫茶店や飲食店ではまず内装の確認から入るのが定番の流れだからだ。気に入る場所があればよし、無ければ落ち着けそうな場所を選択して、茶を楽しむのだ。

『あそこの、一段高くなっている端の席が良いですね』

 その上で、少女は壁際にある、窓にほど近い席を選択する。

 そこは、誰にも邪魔されず、部屋の全てを俯瞰することが出来る席だった。他に客が居るわけでもないし、これからも来る事は無いはずなのだが、それでもそうした席を選択してしまうのは、彼女の癖と言っていいだろう。

『分かりました。あ、飲み物、持ってきますね。えっと…紅茶、コーヒー、どっちが良いですか?』

『良いのですか?私も手伝いますよ?』

『気になさらないでください、です。仕事、でもありますから』

『そうですか…。では』

 少女は、少しの思考の後、一度思考をリセットするためにと、コーヒーを選択した。

『砂糖、ミルク、必要ですか?』

『はい、お願いします』

『分かりました』

 女性は、少女の注文を聞くと、そそくさとその場を後にして、今居る場所の正反対側に見えるドアの向こう側へと消えた。

(あそこが給湯関係の部屋なんだろうか?それとも、自動でコーヒーとかを提供してくれる機械でもあるとか?)

 待っている間に、そのような想像を巡らせてみる。この遺跡について、構造的な知識や見識が当てにならないことを、ここに至るまでに数多く見せられているので、そのような想像を巡らせるだけでも良い暇潰しとなる。

 何より、この後にこの謎多き遺跡を絵画として記録すると言う重要事項をこなさなければならないので、多様な想像を、暇あれば巡らせるくらいの心構えでいなければならない。

 内装や、窓際に目線を移す。

 見える範囲では特に変わったものはないが、窓の外を見やると、最初に見た一風変わった街並みが広がっている。よくよく見ると、森の向こう側には湖が広がっており、そこに向けて突き出した土地には、埠頭の様な構造を持つ部分があった。

 ただ、埠頭と言っても、通常見るだろう船舶の姿などは認められない。

 その代わりに、飛行機械らしきものが鎮座している。

(本当に広いなぁ。ん?あれって、皇国のシンボルにもなってる古代の飛行機械?)

 まじまじと、少女は埠頭に駐機してある飛行機械を観察する。

 それは流線型を基調とし、まるでオウムガイがドレスを纏っているかのような形が特徴の機体だった。皇国に存在する古代の飛行機械も、それと似たような形状をしており、図らずも、皇国の飛行機械が本物の古代文明の遺産であることを物語っていた。

 少女は思わず笑って脱力し、背もたれに完全に体重を預けた。

(はー、ここまで色濃く魔法文明時代の遺産があるなんて。考古学研究者が知ったらこぞって来そうだよね。ああ、件の自動人形の噂が無ければ、だけれど。でも、そんな怖そうな自動人形は、今のところ見えないね)

 窓から見える景色には、最初には見られなかった、成人男性と同じ頭身の騎士型自動人形が見回りしているくらいで、いかにも兵器と言うような外観の物は認められていない。

(まあ、この後、さっきの女性に聞いてみようかな。他にも色々、聞きたいこともあるし)

 取り敢えず、女性が戻ってこない事には話にならないので、椅子から体を起こして卓上に肘をつき、頬に手を当てつつ、ゆったりと窓から見える景色を眺めるのだった。

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