第13話 見上げる先の空中都市
ある日、風景画家である少女は、とあるやんごとなき人物からの依頼を受け、大陸西方にある都市の近郊を訪れていた。
その都市は、何と遺跡の作用によって都市区画が丸ごと一つ、土台となる基礎部分と共に湖の上空に浮かんでいると言う驚異の景観を持っており、今もなお魔法技術が遺る場所として、多くの研究者や旅人達が訪れる有名な観光場所となっている。
少女は、その景観を大パノラマで一望できる丘の木陰に陣取って鞄を置き、画材を広げた。絵筆、鉛筆、仮色用の粉薬、用紙、画板等々、必要と考えるもの全てを先に外に出していく。画板や仮色用の粉薬が収められている小瓶には、少女の絵師としての証明である名前、ビアンカと言う文字が入れられている。
道具を完全に広げ切った後、木の根っこにクッションを置いて腰を降ろし、早速作業に取り掛かる。
画に起こすには、まずは対象の観察から。
そう考えた少女は、指にはめている指輪型の触媒を用いて精方術を起動する準備に入り、そのうえで、頭の中に術を行使するための土台を構築していく。
自分の体内にある固体の如き力が燃焼のような過程を経て、術の源へと変換されていくイメージが思考の中に生まれ、加工され、術の骨子として最適な形へと変化していく。
骨子が出来れば、次は、発動したい効果に合わせた肉付けが行われ、術式としての効果を、明確な形として与えていく段階に移る。
この段階で少女は、更にイメージを発展させ、肉付けした骨子に付加価値を与えた。
そうして完成した術式の基礎のイメージは、触媒を通して、イメージを圧縮した光球として投影されることで、初めて発動へと至ることが出来る。
(基礎はこれで良し。次は……)
彼女が意識を集中すると、指輪型の触媒から光球が飛び出し、空間に拡散していく。すると、拡散した光の粒子が、大小様々な円を三つほど形成して一列に並び、まるで虫眼鏡のような作用を持つ空間として発現し始めた。
この時、少女が組んだ術式は、言うなれば空中に遠望レンズを出現させると言うもので、精方術師であればお馴染みの、身体機能を補助する術式の一つであった。
これで、距離が離れて見え辛かった都市の建築物の輪郭や模様等がはっきりと見えるようになり、遠距離からの精緻な観察が可能になった。
さて、その都市は、外観の関係から通称「空中山岳都市」と呼ばれており、巨大な山のような基礎構造の上に、規則正しく建築物や緑の木々が立ち並び、その頂点に当たる場所には紅の塔が鎮座していた。
紅の塔の頂点より少し上に視線を向けると、幾何学模様のような言語記号の浮かぶ、半透明の逆円錐形の何かが存在しており、雲か靄を伴いながら、ゆっくりと回転していた。ある研究者の論文によれば、これが都市全体を浮遊させる力の循環を統括する主機なのではないかと言う予想が立てられている。
そこから少しだけ視線を横に流すと、今度は薄っすらと幾何学模様が下から上に、昇るように流れていく様子が見えた。それを、流れに逆らうように目で追っていくと、都市全体を球状に包み込むように展開している障壁であることが分かる。
そして、その障壁の機能なのか、幾何学模様に接近した鳥が、一瞬だけ風に煽られる様に上昇していく姿が見えた。
少女はまず、下から吹き上げてくる風に軽く用紙を攫われそうになるのを押さえつつ、そこまでの様子を鉛筆で用紙に描き込むことにした。
都市の構造のように、流すように基礎の線を書き、そこから大雑把に建築物等の輪郭を濃く書き入れていく。構造物の概要や周囲の景色が分かるくらいまで描き入れを一気に行い、あとは清書を残すだけと言う段階にまでデッサンを進めた。
それを終えると、さて、改めて空中都市の外観観察に移っていく。
特徴的な幾何学模様の障壁は、じっと見続けていても飽きの来ない多様性を少女に次々と見せ、良く興味を引いた。
かつて、在りし日の文明において、何故それが必要であったのか、そもそもそれは何を意図して生み出されたものなのか、どうして芸術性のありそうな外観にする必要があったのか等々、それを考えるだけでも、軽く半日以上を潰してしまえそうな程度には。
そのまま眺めること十数分後。視界の端に、空中都市近くに飛行船が接近していく様子が見え始める。
「もうそんな時間なんだねぇ……。私の便はこの次だっけ」
悠々と、都市へ向けて湖上から接近していく飛行船を眺めつつ、少女はそのような事をぼんやりと考えていた。そして、よく見えるように術のレンズを調整した。
その飛行船は、空中都市に進入する唯一の手段として存在している、外装に特殊な加工を施された定期連絡船だった。
ここで言う特殊な加工とは、揚力を生み出している外装部に、精方術用の触媒を溶かした塗料を使用していると言うもので、常に内部の管理職員が交代で、内部機構を介して、障壁の影響を受けないように回避するための合図を送る術を行使している。
本来、魔法が用いられている物品、遺物や遺跡に対して精方術を幾ら行使したところで、その真価は発揮しえないが、ここ空中山岳都市では、内部の人間が障壁の機能を操作し、障壁を回避することが出来るようになっている。
魔法や、その装置の原理そのものは未だ解明されていないが、幸いにして、装置の操作方法や清掃方法と言った、管理方法を記した書物が幾つも残されていたことによって、このように、現代人にも機能の一部を活用することが出来たのである。
しかし、担当職員の負担が大きいせいか、定期便の本数は多くなく、席はチケット購入式の完全予約制となっている。
空中都市の障壁に接近した飛行船は、外装部表面に光の線を走らせつつ一時的に停止。横に備え付けられている大型の飛行機械を用いて、その場で浮遊を始めた。
すると、空中都市の障壁に走っていた幾何学模様の流れが、飛行船の居る付近の一部だけ停止し、その後、別に円形の魔法陣らしき物が、空中に幾重も展開され始め、薄紅色の光と共に飛行船を包み込んでいく。
そしてそのまま、包み込んだ本体は障壁を透過し、内部へと歓迎されていった。
「へぇ……。凄いもんだね、あれは」
少女は、その光景に心底感動していた。
そして、直ぐに鉛筆を手に取り、線画に飛行船と、先程の魔法陣展開の光景を描き込む。
幾重にも広がった魔法陣によって包まれ、光と共に障壁を通過する飛行船を、風の流れを表現する手法と共に描写していく。
依頼の注文とは少し違う追加要素ではあるが、別々で一枚ずつ描けば問題ないか、と自己完結した。
「これは、おまけという事で」
そう言うと、もう一枚の用紙を鞄から用意し、複製するように描き込み始める。
「これでよし。さて、次の定期便までは……」
二枚の風景線画を終わらせ、上着のポケットから懐中時計を取り出し、時間を確認する。
「ん、まだ余裕があるね。なら簡単に仕上げてから行くかな。余裕をもって行動した方が良いからね」
少女はそう呟き、仮色乗せ用の粉薬「妖精の翅粉」の入った小瓶を取り出し、軽く筆に付着させ、その上で線画の表面を撫でるように筆を動かし、塗布していく。
「これくらい塗れば大丈夫そうかな?」
すると、粉が付着した箇所が淡く光り始め、線画に、今、少女が見ている景色そのままの色が薄く浮かび上がって、薄く定着し始めた。。
「本当に便利だなぁ。水も要らないから何処でも使えるし」
それは粉薬の作用によるものだが、妖精の名に恥じない神秘さに、彼女はしみじみと感想を口にしつつ、粉が完全に定着するまでの時間を生かして、広げた画材を片付けていく。
「これでよし。さて、次に目指すは湖の港町っと。ああ、飛行船も楽しみだなぁ」
そして、画材や描いた絵を全て鞄に収めた後、埃を払いながら立ち上がり、小躍りしながら、その場を後にするのだった。
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