第12話 魔法の遺る街にて

 ある日、少女はとある街の感謝祭に、観光客として参加していた。

 街では、街路では出店、広場では大道芸人による芸が披露され、賑やかな雰囲気に包まれており、絵になる光景が数多く展開されている。

 そんな街中を行く少女は、ビアンカと言う名前で活動している画家兼冒険家だ。知名度はそこそこ。

 今回の観光に参加した目的も、絵師としての興味から受けた依頼のために、その光景を絵に描くためだった。事実、この時点で彼女は、既に数枚の線画の基礎を描き上げていた。

 ただ、仕上げて色を付けるのは、その中の一、二枚程度でしかないのだが、描き溜めておくことにも意味があるので、鉛筆や紙の、資材の消費は深く考えない。

 少女は、街路や広場での風景観察及び人間観察を終え、祝賀祭の主役である山の祭壇を目指して、街路を歩いていく。

 この街は、世界でも数少ない「魔法そのものの遺る街」として知られている。その祭壇も、研究者の分析によれば、魔法文明時代中期の遺跡と目されている場所だった。

 ただし、魔法が遺ると言っても、魔法技術そのものが色濃く残っていると言う訳ではなく、魔法文明時代の遺産が、今もなお機能を保ち続けており、尚且つ、街の住人によって、原理も分からないままに運用されている状態で、と言う事だが。

 また、この街では、杖や指輪等々、精方術師御用達の上質な触媒が購入出来ることでも知られており、商店街には、少ないながらも、それなりに名の知れた職人が属する専門店が軒を連ねている。それ目当てで訪れている術師や商人も多い。

 さて、少女は街路を進み、祭の中心地である、件の祭壇がある小高い丘を目指す。

 街は、その丘の頂点から見下ろし、扇状に広がっていく構造を取っており、街の中心に向かうと言うよりは、街の外れを目指して歩く形になっていた。

 祭壇に近付くに連れ、人が増えていく。住人の他、研究者を含めた観光客が多数。それ程に、この感謝祭は特別な意味を持つと考えられているようだ。

 そして、人混みの波に揉まれかけながらも、小高い丘への登山口に差し掛かる。

 丘と表現はしたが、街と丘の頂点とでは、土地の海抜の関係で何段もの高低差が出来てしまっているので、街側から見ると、その実、低い標高の山のようになっている。その為、見る方角によって、受ける印象が大きく違う。

 登山口から、木々の並ぶ丘の登山道を見上げると、これまた人、人、人の長蛇の列が如く伸びており、さながら霊山に参詣する聖地巡礼者のような雰囲気を漂わせている。

「ふぅ……。やれやれ」

 頂上までに掛かる時間を思いやると苦笑が浮かぶ。しかし、目的のために少女も長蛇の列に参加、登山を開始した。

 それから一時間後。林の中を抜ける登山道を無事に登り終えた少女は、祭壇へと続く道に繋がる人混みを適度に回避しつつ、林道を通っていく。

 歩いている内に、こう言う場所ではお馴染みと言える、精方術の触媒が共鳴する音が聞こえ始める。

 その材質によって、凛と涼しげであったり、コンコンと温かみのある音であったりと、様々な音色が場を満たし、人の声と相まって賑やかさも増していく。

 そして、ついに人の波を乗り越えて祭壇の付近に辿り着いた少女は、早速人混みから離れて手頃な木に登り、事前に許可を得ていた祭壇の観察に入った。枝を伝い、足をかけ、幹に背を預けて体を固定したうえで用紙を広げた。

「さて、と」

 少女は、前方に広がる円形に敷き詰められた瑠璃色の石床と、それを囲むように配置されている瑠璃色の石柱で構成された祭壇に目を向けた。

 その中には、石床の中心で祈りを捧げている祭司服姿の女性と、その周囲を、石柱の配置と同じように囲みながら祈りを捧げる八人の人間がおり、全員が北部地方語による祝詞を唱えている。

 その際の言葉は決まって、感謝を捧げるものになっている。

 言葉に合わせて、石柱の表面に何か文字のような図形が浮かび上がっては消えて、明滅し、場の雰囲気と合わせて幻想的な風景を演出している。

 実際にこの場で行われている祭事のあれこれは、人為的な演出ではなく、古来より伝わる『笠守』と呼ばれる魔法儀式である。

 二日に渡って祝詞を捧げる前半部と、同じく二日に渡って歌と共に神楽舞を捧げる後半部とで構成されており、これを完遂することで、大規模な防護魔法『シルム』が発動する、と言われている。現在の儀式方法や手順は当時の伝承を基に再現されているし、効果も出ているが、それが「そのもの」なのかどうかは定かではない。

 その伝承は、魔法文明時代に起こったある天変地異と、当時の人々の様子を伝えた文献に載っている。

『その日、長きに渡る地の戦乱に、空の王悲しみ、赤き火焔の雨を遣わし、大地を焼かんとした』

『地の民、これに慌て、果ての祭壇にて祈り、空の王に慈悲を乞う。なれど赤き雨は消えず、変わらず地を焼こうと迫る』

『赤き雨が、ついに大地に降り注がんとした時、地の民の祀り人八人、果ての祭壇にて地の王に、己が力を依代として守護を祈り、捧げる』

『地の王、これを憐れに思い、祈り捧げる地の民に精霊シルムを遣わし、蒼き光の傘にて赤き雨を遮る。傘より降る光の帯、地の民を覆い、炎の洗礼より守る』

『赤き雨、二日に渡り大地を焼き、争いも炎の彼方へと消える。地の民、これに謝罪し、空の王と地の王に祈りと舞踊を二日捧げ、祀る日とした』

『地の王、この祈りに光の守護として応え、表し、地の民、これを笠守の加護として祈りと共に感謝を捧げた』

 この伝承に現れた精霊の名から、文献と術を受け継いでいる一族によって、この術は地心魔法『シルム』と名付けられ、祭壇で行われる儀式は、その術の発動手順だとして今に伝えられている。

 実際の魔法がどうであったかは、当時の様子を知る者にしか判断できないが、今もなお魔物の侵攻や水害を幾度となく防ぎ続けてきた実績から、この儀式の方法自体は有効なのではないかと目されている。

 少女は、指にはめた指輪型触媒が共鳴する心地よい音を聴きながら筆を進め、伝承のように祈りを捧げる女性や他八人の祭司達を記録していく。

 中央に位置する女性からは術力による陽炎が軽く渦を巻きながら立ち昇り、他八人の祭司から放たれ石柱を巻く様に昇っていく術力の光を纏めていく。そして、祭壇より上に昇って行った力の渦は、まるで噴水のように祭壇の周囲へと散っていった。

 少女は、その光景を余すことなく記録していく。

 もちろん、派手さで言えば後半部の方が圧倒的に上だが、自身が感動した風景の記録を信条の一つとしている彼女は、この光景も含めて絵にしてみたいと考えていた。

 それでこそ初めて、この儀式魔法の絵は完成する、と。

「……本格的な色付けは、あとでいいかな。取り敢えず基礎だけでも」

 ある程度まで線画を完成させた後、少女は鞄から小瓶を取り出し、中に入っている虹色の粉を線画に軽く振りかけた上で筆を使って伸ばした。

 すると、今まで白黒だった線画に、ほんのりと色のようなものが付き始め、目の前の景色とほぼ同じ色合いで着色がなされていく。その粉は、そのような効果を持つ妙薬で、通称「妖精の翅粉」と呼ばれていた。

「相変わらず、この粉は便利だよねぇ…。よいしょっと」

 妙薬の相変わらず安定した効能に感心した少女は、絵を纏めて筒に収めた後に木を下りた。

「あとは、近くでじっくりと観光かな。それも目的だしね。あー、でも…」

 スカートとソックスに付いた埃を払いつつ、目と鼻の先をひしめく様に移動している人の列を見やる。

「あの中に戻るのは…勇気が要るかもね…」

 そう呟いて苦笑すると、少女は意を決して、人混みの中へと溶け込んでいくのだった。

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