第4話 瑠璃色の塔と死者の街・後段「二枚の塔の絵」
少女は、宿屋に取った部屋のテーブルの前で、あの集落で描いた瑠璃色の塔の線画の仕上げ作業を行っていた。
絵は二枚。
一枚は、森を抜け、集落を見つけた時のもの。
もう一枚は、塔の中で、歯車達の合奏した時に描いたもの。
最初の一枚には、瑠璃色の塔と集落の対比を考えた構図を取り入れる工夫がなされており、自身の感動と、それを絵に収めたいと言う情動とが満遍無く散りばめられた、彼女の作品の特徴に見る典型的な形の風景画として、体裁を保っている事が分かる。
ただ、もう一枚には、彼女が普段は描かない、別の物が描き込まれていた。
それは、塔を囲むようにして昇っていく風の表現と、塔の頂上から降り注ぐ光の粒。そして、集落には存在していなかったはずの多数の人々が、塔の出入り口や家々の通路で楽しそうに語らい、踊り、生活している様だった。
それだけではない。絵の奥には、塔の周囲を昇る風に身を委ねようとしている家族も描かれており、降り注ぐ光の粒の内の幾つかは流れを作り、この家族から、他の集落の人間達に向けて帯を作るように流れていた。
(確かに、あの集落は死者の国だった。同時に、天国への階段や冥府への入り口でもあった)
鉛筆、絵筆を動かしながら、少女は、自身が集落で見てきた物を、印象と共に反芻する。
鞄からは、普段から色付けのために使っている粉が入っている袋を取り出しており、鉛筆や筆で修正を加えた後、それをふり掛けて仮色付けを行っている。
(あの塔は、誰が造ったんだろう?人の痕跡すら無くなっていたのは、何故?)
後に描いた一枚に描き込まれている風の表現と塔の威容とを見つめ、そのようなことを考える。それを考えたところで、今を生きる少女には考えもつかない何かが、そこには有ったのかも知れないが、それでも考えてしまう。
あそこには、何があったのだろうか、と。
「はー……分からん!」
少女は鉛筆をテーブルに放り、椅子からベッドに飛び込む。
微かに軋む音が、飛び込んできた不届き者の行いに抗議したが、誰の耳にも届かなかった。
「うーん…」
ひんやりとした掛布団が少女を包み、考え過ぎて加熱を始めた頭を冷やしてくれる。
「あの塔は、死者を送るための設備であると同時に、死者を迎え、鎮めるための設備でもあり、死者と生者とを繋ぐ場所でもあったんだろうけど…」
再び加熱し始めた頭を巡らせて、あの塔から見えた景色と共に考える。
(それは分かる。分かるんだけど…。それじゃあなんで集落に墓地を造らずに、わざわざそんな設備を造って、あんな凄い、大規模なギミックを仕込んでまでそうしたのかが分からない)
同時に、塔の中で聴いた歌を思い出す。
(普通に霊園を造って、聖歌隊や僧侶での鎮魂や、お祭りのような行事だけでは駄目だったのかが分からない…。ヘーリニック語を使っていた時代って、そう言う、祭りや霊園による鎮魂の風習が一般的だと思っていたんだけど…)
かつて、少女はとある縁から考古学者と知り合いになり、無料で絵を描く代わりに様々な話や情報をその人物から聞いたことがあった。
その話によれば、ヘーリニック語圏の埋葬文化には、そういう風習があったのだそうだ。
「…と言う事は、どうしてもそうする必要があったってことになるんだよね。何でなんだろう?あの子守歌みたいな歌と、何か関係があるのかな?」
少女は起き上がり、再びテーブルに着く。
筆を握り、絵の仕上げに取り掛かる。
「うーん…。まあ、それはそれとして。これ、どっちの絵を出そうかな。最初の方が風景画として通じるけど、正直、後に描いた絵の方が自信作なんだよねぇ。でもこれを風景画って言うのは、ちょっとね。見たままの物を描いたわけじゃないし。どうしよう?」
そうぼそぼそと呟き、同じ題材の二枚の絵を見比べる。
その時には、それ以前にあった、学術的な関心からくる純粋な疑問は、この新たな実問題によって場所を奪われ、頭の片隅に押しやられてしまったのだった。
少女はあくまで画家であり、学者ではない。絵を描く上で必要な知識は得たいが、その必要以上の探求はしない。それは彼女の仕事ではないし、探求自体にも、あまり意味がないからだ。
(これも明日かな?それに、あそこにはもう一度行ってみたい。あの塔の上に何があるかとか、興味がある)
少女は、絵の色付けを行いながら、自分が向かわなかった塔の上階について思いを馳せ、様々な想像を巡らすのだった。
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