第19話 依代にするつもりだろ

 クマのぬいぐるみの入手と、静かな場所の確保。この二点を要求された依頼主加藤伊一はすぐさま行動に移ったようだった。


 なぜその二つを所望するのか――不死原に尋ねてみたところ、「内緒」と尻が痒くなるようなウインクと共に応じられたものだから、追求の意志は消え失せた。


 さて、準備が済むまでの間、無洞はカメラの映像を注視していた。


 子供サイズの白いモヤを映す成果を上げたカメラがある一方、平時と変わらぬ景色ばかりを映すものもあれば、先日のログハウス探索においても見かけた、オーブと呼ばれる光の玉が無数に飛び交う様子も撮影されていた。


「これ、入ってきてませんか? 結界って霊の侵入を防ぐんですよね?」


「侵入も防ぐよ。だけど同時に閉じ込めもする。例えるなら家が近いんじゃないかな」


 家とは結界であり、つまり結界は家に例えられる。それは以前の調査において得た知見であった。


 家は扉をぴたりと閉めてしまえば外敵の侵入を防ぐが、同時に内部にいる人の外出を妨げる。結界もまた同じなのだという。


「これ、薄木さんも説明してなかった?」


「してましたね。てことは、ここに映っているオーブは、何らかの手違いで侵入してきた霊ではなく、閉じ込められた浮遊霊ということですか」


「うーん、それは言い過ぎかな。ホコリの可能性もあるから、ここに映っているオーブの全部が全部浮遊霊とは言えないんだ」


 一定数、閉じ込められた霊は存在するだろうけど。そう不死原は手元に視線を落とす。


 彼の手は白い紙を弄っていた。長い指が器用に紙をめくり、折り目をつけていく。


「……ところで、なぜこんな時に折り紙を?」


「ん? 使うからだよ。折ってあげようか、無洞君の分」


「いえ、結構です」


 二十代後半になってなお折り鶴を貰って喜べるほど、無洞は無邪気ではない。凛然と拒否すれば、不死原は肩を揺らして、


「普通の鶴じゃ満足しないか」


 と笑った。普通ではない鶴も折れるのかと思わずそそられたが、無洞は己の内に芽生えた興味から目をそらした。


 その時である。砂利を踏み締める音が聞こえてきた。それは真っ直ぐに拠点となっている部屋へと近づく。


「何してんの?」


 声の主は、情報収集をするべく地元の図書館へ向かった少年、一葉龍士であった。口が広く、ぴたりと背に張り付くメッセンジャーバッグを肩に掛け、Tシャツを仰いでいる。九月下旬とはいえ、陽の下はまだ暑かったようだ。


 無洞はハッとして自らの携帯電話を見やる。しかしそこに通知はない。


 加藤家から図書館までの距離は、そう遠くない。しかし陽気が陽気だからと、送迎は無洞が請け負うと話していたのだ。


「お帰りなさい。連絡してくれればよかったのに」


「一キロくらいだし、大した距離じゃないッスよ。で、今は……映像の確認中か。何か映ってました?」


 靴を脱ぎ捨て、龍士が縁側、そして和室へと上がってくる。不死原には目もくれず、彼は流れるようにモニターを覗いた。


「『子供』サイズのモヤモヤが。あとオーブも」


「モヤ? ああ……」


 吊り目を動かして、龍士は外を見遣る。心当たりがあるような言い草だが、無洞の内に脇上がった予感は、不死原の声によって掻き消える。


「龍士君、先に報告をしてくれるかな」


「はいはい。頼まれてた新聞の記事、コピーしてきたぜ。例の事件のやつと、お悔やみ欄でいいんだっけか?」


「そそ、ありがと」


 龍士はバッグから紙を引き摺り出し、不死原へと手渡す。受け取った男は満足げに頷いて、紙へと視線を走らせた。


「『ヒジリ』――もとい、渡会わたらい聖が死亡した交通事故の記事だ。そこに書いてある内容は、加藤さんから聞いてた通りだな。大した成果はない。強いて上げるなら、ヒジリ君とやらの名前が判明したくらいか」


 ずりずりと畳の上を移動して、不死原の手元を覗き込む。そこには確かに新聞の写しがあった。


 道路への飛び出しによって引き起こされた、痛ましい事故――それは同年代の子供にもその親御にも関心が向けられると推測したのだろうか、文面には事故の悲惨さを伝えると同時に警報を鳴らす意味も込められているようである。


 大事な人が亡くなったのに、世間の関心は向けられなかった。それを嘆いたいつかの青年が、無洞の脳裏によみがえる。


「名前が分かったならいいや。控えておくに越したことはないだろう。で、こっちは?」


「俺の方が聞きたいっての。お悔やみ欄なんて何に使うんだよ」


 龍士が入手してきたお悔やみ欄。そこには故人の氏名や住所、葬儀の日程、場所などが記されている。


 プライバシーもへったくれもない記事だが、この欄にも、事故の記事と同じ『渡会聖』の名前が確認できた。


 名前に住所、生年月日、さらに不死原は没年日まで入手した。それだけの情報を集めて何をしようというのか。無洞が考え至るのは、異常とも言える性癖であった。


「不死原さんがどんどん小学生の情報を手に入れていく……」


「うわ、そういうこと? 職権乱用じゃん、ヤバ」


「邪推だよ。だいたい、小学生なんかの情報集めてヤバイことしたって、何の得にもならないじゃないか」


「損得で考えるのがまずヤバい」


「それな」


 うんうんと頷き合えば、不死原は心底怪訝そうな表情を見せる。だがどれだけ嫌がろうとも、現状においては二対一であり、『不死原遥介、児童ポルノ的に危険奴説』は優勢だ。その事実は揺るぎない。


 犯罪はイケメンという理由で許容されるべきものではない。


「お悔やみ欄は普通に……生年月日と住所と、念のため没年日と。そういうのが欲しかっただけだよ」


「何に使うんだよ、そんなモン」


「……最初は別の目的に使おうと思ったんだけど、予定変更しようと思ってね。呼び出すのに使おうかと」


「はあ?」


 呼び出す――無洞はピンと来なかったが、龍士にはそれだけで伝わったらしい。今度は一葉龍士が怪訝を示す番だった。


「何だってそんな」


「その前に説明してくれませんか。何も知らないまま巻き込まれるの、嫌ですよ、俺」


「降霊術だよ」


 無洞が口を挟むと、眉をひそめた龍士が唾を吐くように言う。


「こいつ、『ヒジリ』を――死者をこの場所に召喚しようとしてやがる」


「それの何が問題なんですか?」


 降霊術とは龍士が噛み砕いたように、霊魂を任意の場所に召喚する術のことである。


 降霊術は任意の場所に呼び出すものと、己の肉体を依代――霊の宿る場所として提供するものに大きく分けられるが、後者は時に「口寄せ」とも呼ばれ、恐山のイタコや沖縄県のユタが有名だ。


 どれもこの世に存在しない、霊的な対象と交信をするべく行われる。不死原は死者との交信を経て、自分たちが得られなかった情報の入手を目論んでいるようだ。


 情報は多いに越したことはない。しかし龍士はそれをよしとしない。それどころか、まるで汚物でも見るかのような視線を不死原へと投げつける。


「不死原遥介。アンタ、無洞さんを依代よりしろにするつもりだろ」

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