第17話 どこのどいつ
「無洞君は『丑の刻参り』って知ってる? 『ひとりかくれんぼ』でもいいんだけど」
『丑の刻参り』とは、相手を呪うための手法である。丑の刻と呼ばれる午前一時から午前三時の間に、
対する『ひとりかくれんぼ』はインターネット上で流行した、降霊術の一種である。適当な人形を相手に儀式を施し、その人形と“かくれんぼ”を行う。
『丑の刻参り』に『ひとりかくれんぼ』、どちらも定番と言えば定番のオカルト話であった。
「それがどう関係してくるんです?」
『ひとりかくれんぼ』の準備においては、“かくれんぼ”を行う人物の一部――爪や髪、血液等――が必要とされているが、『丑の刻参り』に関しては明記されていない。
不死原遥介が今まさに手にしている「何物かの一部」は、『丑の刻参り』では必須とされていない物であった。
「『丑の刻参り』って藁人形だけあればいいイメージでしたけど」
「あれ、そうなんだ。……遊び半分に試す程度なら、藁人形だけでも全く問題はないだろうね。きっと憂さ晴らしにはもってこいだよ。だけど本気でやろうと思うなら、それ相応の準備が必要なのさ」
稀に不完全でも呪いを成就させてしまう人もいるけど――そう不死原は笑う。
笑いごとではない。無洞は、自分の眉間に皺が集まるのを感じた。
「『丑の刻参り』は藁人形を呪う相手に見立てて行うんだけど、そのためには、藁人形を相手の代替品に仕立て上げなければならないんだ。さっき言った準備は、相手の代わりとして藁人形を機能させるための準備。言うなればリンク付けだね」
「そのリンク付けのために髪の毛を使うんですか?」
「髪の毛に限る必要はないけどね。対象の一部や思い入れの強い物なら――いや、やめておこう。あまりベラベラ話すことじゃない」
かなり多くの情報を聞いてしまった気がするが、無洞はすぐさま記憶をゴミ箱へと捨て去った。
触らぬ神に祟りなしである。好奇心は猫をも殺す。特にオカルトに関しては。
「まあそれはさておき、
「はあ、それは……まあお任せしますけど。それにしても相手の代わりとか、何だか形代みたいですね」
「形代だよ、藁人形は。素材が違うだけ」
儀式において誰かの代わりとして恨みをぶつけられる藁人形。それは薄木夕真が廃屋で使った形代――誰かの身代わりとして欲望を肩代わりした紙製の形代とは活用方法に相違があるが、性質は一貫している。
「……ん、てことは?」
『ひとりかくれんぼ』において準備するぬいぐるみ、あれも自分の身代わりということになるのだろう。であるとしたら――無洞の脳内にじわりと嫌な気配が滲む。だがそれはすぐに、不死原の声に掻き消された。
「形代のことは僕に任せておいて。とりあえず、休憩してからデータの回収でもしようか?」
「ああ、カメラのですか」
会話の最中絶えることなく歩いてきた拠点へ至る道を顧みて、無洞は溜息を吐いた。
映像や写真は、時として人の目に映らぬものを捉えることがある。そういう性質を買われて、先日のログハウス調査では無洞の目の代わりとして採用された。
目に見えぬものを捉えるツールとして、あるいは人の目が届かぬ時間においても絶え間なく監視する目として、無洞たちは六台のビデオカメラ を設置しておいたのだ。
運がよければ、それに何かが映っているはずだ。霊であれ人であれ、今回の事件に関わる何かが。
「何も映ってないと思いますけどね」
そう思っていたのに。回収してきたデータに映るのは、この家にいないはずの人物だった。
■ ■
一方その頃。一葉龍士は近所の公園をぶらついていた。
龍士の目的は図書館における調べもの――そう昨晩の会議で決定したはずだったが、彼は役目を果たすことなく、
公園と称されているものの、そこに置かれている遊具は本当に少なかった。痩せた砂場に錆びたブランコ。鉄棒は最近色を塗り替えたのか、不自然に鮮やかである。どこにでもある、ちんけな公園だ。
久狛井探偵事務所最年少の龍士は座面の低いブランコに腰を掛け、スマートフォンを弄っていた。しかしその視線は液晶から外れ、代わりに鉄棒の周りに集まって携帯ゲーム機を囲んでいる少年たちを捉えている。
彼らの背丈は高くなく、顔つきも幼い。おそらく小学校低学年辺りであろう。高校生である龍士よりもずっと年下だ。
今日は日曜日、暇を持て余した少年が集まっているのだろうが、龍士は決して彼らの輪に混ざりたかったわけではない。
龍士には見えていた。少年たちのおよそ中央、おそらくリーダー格であろう彼の肩口で、ブツブツと唇を動かす少女の姿が。
彼自身も、周りの人も全く反応していないことから、あれは心霊の類であろう。
近所のちょっとした心霊スポットへ行ってきたのか、それとも霊を寄せやすい体質なのか。若い身空であるのに可哀想に――龍士は思わず眉をひそめた。
「…………」
少年の一人と目が合った。その瞬間、目と目が合ったらバトルと言わんばかりに、一人の少年が甲高い声と共に距離を詰めてくる。
「なんだよ、ガン飛ばしやがって」
タンクトップに短パン、それから伸びる四肢は黒く焼けている。そして何よりも、肩口には顔の死んだ少女。
そう、あのリーダー格の少年であった。
「見ねぇ顔だな。オレの街に何の用だぁ?」
小さいのによく吼える。まだランドセルを背負っている年頃であろうに。龍士は頬の内を噛んだ。
「いや、元気だなぁと眺めていただけだよ」
肩に寄り掛かる怨念を一瞥する。これを取り除いてやることもできるだろう。しかし龍士は、それを眺めるに留めた。
「ところで少年。最近恨まれるようなことをやったか?」
「ああ?」
少年は怪訝そうだった。眉をひそめ、歯茎を剥き出して威嚇の顔を見せるが、やがてそれは少しずつ表情を失っていく。
思い当たる節があったのだろう、先程までの威勢はすっかり消え失せ、怯えた子犬のように
「しっ、知らねぇ! 気持ち悪ィこと言いやがって、ケーサツ呼ぶぞ!」
「そうか、知らないか。それは残念なことだな。口惜しいだろ」
肩口の少女と目を合わせないよう、少年の背後に何かがいるように語りかけてみせれば、少年の顔はますます血の気を失っていく。
「なあ、ちーっとだけ協力してくれないか」
重心を前に傾けて、龍士は交渉を持ち掛ける。
「俺、図書館に置いてある資料のコピーを取りたいんだけど、ここの住民じゃないとできないらしいじゃん。そこで、アンタには代わりに、ここに書いてある資料のコピーを取ってきてほしいんだ」
龍士はひらりと、一枚の紙を取り出す。
もちろんこれは真っ赤な嘘である。この地域に根ざす図書館では、必要書類を記入すれば誰でも書籍や雑誌、新聞などの複写が可能だ。龍士には複写サービスを利用する権利がない、というわけではない。
しかし小学生には話の真偽を定め難かったのか、指摘されることはなかった。
「もちろんコピー代は出すし、何なら手間賃だってやる。……それに、ちゃーんと仕事を熟してくれれば、相談に乗ってやってもいいぜ」
困っていることがあるならな、と口角を引き上げれば、少年は突如として身を翻した。遠巻きにやり取りを見ていた少年の友人たちも、慌てた様子で追っていく。
龍士は呆然とそれを眺めていたが、交渉が失敗したことに気が付くと、深い溜息と共に頭を掻いた。
「やっぱ楽しようとすんのは駄目だな、つら。結局図書館行かねぇとか。にしたって、肩のアレはどこのどいつだ? なんで若いくせに、あんなの憑けてるんだ」
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