ピアッサー
※りんこ「あっそういえばさ、昨日ピアスの話したじゃん。私ピアッサー持ってきたんだけど開けてよ」
みゆき「…………え? いきなり?」※
手渡されたピアッサーをなんとはなしに眺めてみる。
そういえば昨日そんなこと言ってたなぁと、タピオカを飲みながら歩き回った渋谷でのことを思い出す。
「マジで空けんの?」
「え、うん。絶対似合うってば。多分ファスピでもだいぶオシャレになるよ」
「そうかな」
私も新しいの空けるー、とポケットからもう一つピアッサーを取り出したりんこは、左に小さいの三つ、右に長い一つのピアスを付けていて、それをそれぞれ自慢そうに見せびらかしてきた。
きらり、と長い茶髪を掻き上げた耳に光るシルバーと、自然と斜め下を見るように伏せられた視線が、確かにいつもとは違う魅力を醸し出すように見えた。
「……あれ、右一つで左が三つなんだ」
「あいや、右も二つ開いてる。ほら、二つの穴で垂れ下げるタイプなんだよ」
よく見れば確かに。右のはチェーンが垂れ下がったようになっている不思議な形のピアスだった。
へえ、と思う。正直興味はある。
ただ、この身体にそんな傷をつけてしまったとして──もし元に戻れた後に女の頃の自分はそれを嫌がるだろうかなんて考えて、一瞬やってもいいかな、と揺らいでしまった自分を心の中で叱責した。
「…………いや、いいや。母親が多分怒るわ」
「えー!? 昨日は割と乗り気だった気がしたんだけど!?」
「わり、昨日軽く相談してみたらダメって言われたんだった」
「そういうの先言ってよー!」
んなこと言われても、昨日の今日でピアッサー持ってくるとは思わねーよ。積極性の塊かよギャルJK。
わーわー喚くりんこをしりめに、まぁそれは俺が元の体に───戻れるのかどうかは分からないけど──戻れたときに、陰キャの友達とワイワイ騒ぎながらつけてみることにしようかな、と結論づける。
そして、開けようよ!と激推ししてくるりんこにピアッサーを押し返そうとした。
すると。
「へへ、みゆきがつけないんなら私がつけるよ」
「! えちょ、まりな?」
ひょい、っと。
後ろから腕がのびてきて俺の持っていたピアッサーをひったくった。
その持ち主、ことまりなはだいぶピアッサーに対して好奇心があるようで、俺の困惑の声も気にせずに個装からピアッサーを取り出して耳に押し当て始めた。
「え、ねーりんここれどうやってやんの」
「おい」
「お、乗り気ー? その針の部分を耳の開けたいとこに合わせてから、ここの部分を押すだけ。めっちゃ簡単!」
「聞けって」
「え、スイッチひとつで出来んの? 殺人器具やん」
「わはは、人は殺せねーよ。でもマジで一瞬だよ」
「えー、こわ。ちょまって、最初ってどこに開ける方がいいん?」
「ベタなのは耳たぶかなー。あでも何処でも好きな位置に空けたらいいよ」
「…………」
あっという間に俺を置いてけぼりで進んでいく空間に耐えきれなくなって、ちょっと待てや! とつい俺にしては大きめの声で制止してしまった。
ぴたっと止まるまりなとりんこ。 二人は一度お互いを見合わせた後、なんか腹の立つにやけ顔をしながらこちらににじり寄ってきた。
「えー? だってみぃちゃんお母さん使って言い訳してまでチキってんじゃーん。ホントは怖いんでしょー?」
「そうだよー? 私は別にチキンじゃないから空けれるからさー、みぃちゃんとは違ってチキンじゃないからー」
「…………」
ぐぬぬ、とおし黙る俺。
どう返そうとも論破される未来を想像して何も言えなくなった俺に、悔しかったら空けてみれば? とりんこはもう一つのピアッサーを俺に差し出してくる。
…………くそう。いやホントに別に怖くないんだよ、寧ろ男に戻ったら開けたいとすら思うし。
ただ、この『体が自分のじゃないから開けない』という理由をどう説明しろというのか。馬鹿正直に言うのも、頭おかしくなったって思われる以外の結末が想像出来なくて無理。
…………別に、頑なに拒否ればいいんだろうけど。
くっ、と唇を噛みながらピアッサーを受け取る。受け取ってしまった。
正直、こんなのは断っちゃうのがベストだとは思うんだけど。……こういう時に鎌首もたげてやってくるのが、『天使と悪魔の葛藤』というやつで。
体が元に戻ったときの女の自分の気持ちを考えろよ! という真面目な正義の天使に対して、俺の中の悪魔は
『戻れるかどうかも分かってないのにそんなのきにしてどうすんだ?』とか
『意味わかんない現状で、もし戻ったらこうやってまりなとかと楽しく居れたことも無かったことになっちゃう訳で、だったらせめて形としてなにか残しておきたくないか?』とか
『そもそも案外女の自分だってピアスは乗り気かもしれないぞ?』とかともかく手練手管を駆使して俺を懐柔してくるのだ。
……まぁ。
ごそごそ、とピアッサーの個装を取り外しながら思う。
すまん、みゆきよ。二人の煽りの視線と正直空けてみたい欲には勝たれへんかった。
「おい、案外すっと行くじゃねーかみゆきさんよお。まりなが開るってなったらすぐOKするんだなーおーい?」
「……いや、まりなは別に関係な」
「いやー、私愛されてるな〜」
「関係ねーってば!」
煽られ煽られ。どちらにしろ煽られるんだったら別にやんなくても良かったかな、とか思いつつ。
引くに引けん、と悪ノリと投げやりの感情だけで、りんこの手鏡で目測を合わせながら、ファスピを通す位置を決める。
「おお、みゆきも耳たぶかー。てか決まってからの速さエグくね、なんの躊躇も無いじゃん。やっぱり決まり手はまりな?」
「……お前ら二人が煽ってくるからだろーが」
「いや、別に本気で煽っては無いからね、私もりんこも」
「知ってる。けどもう開けるって決めたから。おらまりな、お前も今開けんだよコラ」
「ええっ一転攻勢なんだけど! えちょっと待って待って、心の準備がっ」
「うるせーっ、チキってんのかコラっ」
「ぶっは! みゆきヤクザみたい」
今度は逆にチキってる感が出てきたまりなと、吹っ切れて変なテンションになる俺。
そんな二人にちょまってー! 動画撮るー! とはしゃぎながらりんこはスマホのカメラを向けた。
そっからなんやかんやあって、開ける直前で結局無理、となってしまったまりなにもどうにか開けさせる為に、最終的には俺とまりなでお互いに開け合うという展開になってしまった。
☆ここからは、今日撮影された動画の内容になります。
『ちょ、待って待って怖い怖い怖い、一回離して、一回離してみゆき!』
『なぁ、めっちゃチクチク指震えてんの怖いんだけどっ、変なとこ刺すなよマジで!』
『やんない為に一回離してってばーっ!』
『ぶはははっ! せーのだからねー! ほら深呼吸ー!』
ここでまりなが一旦手を離し、胸を抑えて深呼吸。
『…………結局チキってんのまりなじゃん』
『う、うるさいなっ! ほら、っくそ、微妙に背ぇ高いんだよみゆき! ちょっとしゃがめ!』
『はいはい』
『おお。いよいよ覚悟は決まったかまりな! ここでキリッとした視線でみゆきを見つめる!』
みゆきとまりな、向かい合って見つめ合う姿勢になりながらお互いの頭に手を持っていく。
『…………ここ、開けるからね?』
『おう。まりなのも大体同じくらいのとこ開けるから』
『いっ、痛くっ、しないでね!』
『一瞬だって。知らないけど』
『知らないじゃないー!』
『…………えっ。なんかイチャイチャしてる?』
ここで両者、暫しの間姿勢はそのままに見つめ合う形に。
『…………っ、じゃ、じゃあ、せーので行くぞ、刺し終わってからも動くなよ? ズレたらまずいし』
『…………分かってる…………うぅー、怖い……』
『ほら頑張れー!』
『りんこうるさい。……よし、じゃあ行くぞ。さーん、にー、いーち、せーのっ!』
『ふぁあちょっぎぅっ!……………………あ、開いた?』
『……っ!…………あち。た、多分? え、終わり?』
『そうだよ! 一回刺しちゃえばファスピになってピアッサーから外れるから、もうピアッサーどけても大丈夫だよ! お疲れ様!』
『………………ふぁーーーあ! 思ったより呆気無かったぁ! でも開いた! 開いたよみゆきっ!』
「おっ、おう。そ、そうだな。確かに…………開いて、る、かも」
距離感そのままに話し合う両者。みゆき、照れたように顔を背ける。
『おおっ、みゆきもついてる! やっぱりんこの言う通り良く似合うね、めちゃくちゃかっけえ!』
『…………あ……りが、と。まりなも、良く似合ってる、ぞ』
『ホント? じゃあ今日ピアス買いに行こ!』
『ええっ!? 今日か!?』
『…………私は何を見せられてるんだ。っ二人とも、イチャイチャしてるとこ悪いけど、穴が安定する迄はファスピのまんまであんま触っちゃダメだかんねー』
『イチャイチャしてないっ!』
最後に、顔をほんのり赤らめてカメラの方へ近づいてくるみゆきが映って終了。
後日りんこがインスタに『貫通式』という言葉と共に載せたところプチバズった。
咲き誇るわ(TS)百合の花 @chinchichin
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