第13話 異端者―ノウマン―

 中央司令部からの連絡を受け、ノウマンは深く息を吐いた。その表情にはいつも以上に疲れの色が出ている。


「ん、どしたの?」


 暇な時は執務室に入り浸るようになったゾフィーは、我が物顔で接客用のソファに座りながらノウマンに視線を傾ける。


「いや……悩みの種が芽吹いたというか……なんでもない」

「いやいや、なんでもなくないでしょ。お姉さんに言ってみ?」

「本当になんでもない。それに、私が言わなくてもお前達は知ることになる」


 そして再び溜め息を吐くと、ノウマンは書類仕事に戻った。

 そんなノウマンの態度を不満に思ったようで、腰を上げたゾフィーは素早くノウマンから電子端末を奪い取った。


「おい」

「ダイジョブダイジョブ、上書き保存して……」

 慣れた手付きで端末を操作するゾフィーにノウマンは呆れ顔を見せる。

「読んでもわからんぞ」

「読んでみなくちゃわからないでしょーっと、これか」


 端末を持ってソファに座ると、ゾフィーは書面の内容を読み始めた。


「えー、『日は暮れた。果ての空に光の柱が突き立てられ、主の使いは主の下へ』……なにこれ?」

「わからなくて良い」

「ホントにこれだけ?」

「どうだろうな」

「またそうやって誤魔化す」


 ゾフィーは端末をノウマンに投げ返すと、ソファに寝転がる。


「指揮官のそういうところが嫌いだってスヴェンが言ってたよ」

「なら、レゾみたく振る舞うか?」

「レゾって西の? あの人っていつも怒ってるじゃん。アタシはどうでも良いけど、嫌ってる人多いよね」

「彼は愛国心が人一倍強いんだ」

「はーなるほど」


 興味なさげに頷くと、ゾフィーは体勢を整え目を瞑った。


「眠るなよ」

「眠り姫は王子様のキスによって目を醒ますのです……」


 本当に眠り始めたのか、ゾフィーは動かなくなってしまう。Valkyrieは心肺を取り除かれているため寝息が聞こえることはない。


「……平和なものだな」


 寂しそうに呟いて、ノウマンは受話器を取りフレリアにゾフィーを回収させた。




 翌日、ノウマンが自身のATLASを整備させている様子を眺めていると、パイロットスーツを着た男が彼の横に立った。


「よう、珍しいじゃないか」

「クレヴィス。お前こそ、こんなところは来ないものだと思っていた」

「ノウマンよりは来てるつもりだよ」


 クレヴィスはヘルメットを脇に抱え、ノウマンのノーバディを見上げる。他の機体と違い、装甲に大きな傷や凹みは一つもない。


「乗るのか?」

「さて、それがわからないから整備させているんだ」

「なにがあった?」

「なにかがあったんだ。それを今の、私の口から告げることは出来ないがね」

「ま、アンタが出なければならないほど大きな作戦が計画されてるってことだろ?」


 クレヴィスの言葉にノウマンは肩をすくめる。


「……出来ることなら、これまでの戦いで乗りたかった」

「言わなくてもわかってるよ。誰もアンタを安全な場所で座っているだけの人間とは思っちゃいない」

「私自身がそう思っているのだがね」


 今度はクレヴィスが肩をすくめる番だった。


「俺達をお上から守るためだろう?」

「…………」


 ノウマンは自身のノーバディを睨むだけで、なんの反応も返さない。

 そんな彼を見てクレヴィスはつまらなさそうに顔をしかめ、一声別れを告げて立ち去った。


「指揮官、骨とガワの整備終わりました」


 しばらくして、若い整備士の少年がノウマンに声を掛けた。


「ありがとう、突然のわがままを聞いてくれて」

「良いんすって。いつもオレ達がわがままを言う立場なんすから、好きなだけ聞きますよ」

「ジャンからわがままを言われた覚えはないけどな」

「多分気のせいっすよ」


 ジャンはノウマンの言葉を笑い飛ばすと、握り拳に立てた親指で彼のノーバディを指し示す。


「言われた通り操縦システムとかはいじってないんで、確認してみてください」

「ああ。誰かが私を探しに来たら、用だけ聞いて返してくれ」

「え、オレここで見張りっすか」

「わがままを聞いてくれるんだろう?」

「うぇー、調子こいた」

「助かるよ」


 肩を落とすジャンの背中を軽く叩いてから、ノウマンはノーバディに乗り込んだ。



 箱型のコックピットはパイロットに妙な狭苦しさを与え、前と左右の合わせて三枚のモニターはいかにも技術遅れなクレンリス法国らしかった。


「愛国心だけでは戦争に勝てないんだよ、レゾ。過去の戦争からだけじゃない、今、そして目の前にいる敵からも学ぶべきことは沢山あるんだ」


 懐かしむような調子で呟き、ノウマンは上着を脱ぎ、ワイシャツを脱ぎ、下着を脱ぎ捨て、半裸になる。


 そうして現れたのは、金属製の脊椎。


 ノウマンは脊椎の中からコードを引き出すと、ホワイト部隊がしていたように、自身とノーバディを繋いだ。


『おかえりなさい、ノウマン!』


 四方に設置されたスピーカーのうち、前方のスピーカーから明るい調子の合成音声が流れ出る。


「悪い、随分と待たせてしまったな」

『今日はなにに致しましょう? 出撃ですか?』

「今日はシミュレーションだけだ。勘を取り戻さないとな」

『では、シミュレーションの中でも張り切って異教徒を滅ぼしましょう!』

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白き獣達―マシンビースト― めそ @me-so

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