第10話 思惑―デルタ―

 ホワイト部隊がトトノヴィアで敵を待っている頃、クレンリス法国の西部司令部では緊急会議が開かれていた。


「新型なんて報告になかったぞ……」

「秘密裏に開発していたのか?」

「またどこからか盗んできたやつだろう」

「だとすると、あれはゼロ部隊ってことになりますよね」


 誰かが発したその言葉で会議室は一瞬静まりかえる。


「……いやでも、ゼロ部隊は単独での戦闘設計しかされてないはずだろう。あんなに狼どもを従えてるのはおかしいんじゃないか?」

「確かに、白い狼どもは群れで行動するが、そこに異物が入るとなると、ひょっとしたらそこが打開策になるかもしれないな」

「ああ、いけるかもしれない」

「打開策って、具体的には?」

「…………」


 皆ふたたび、なにも言えずに黙ってしまう。


「……そもそも、俺達はあの新型がいなくても狼どもに勝てたか?」

「奴ら、今回は強力な武器なんて持ってきたからな」

「今まではハンドガン程度だったのに、どうして突然ライフルなんて……」

「巨大な剣を持ってるやつもいた」

「マシンガンもだ。バズーカみたいなのもあったぞ」

「クソッ、脅しに来ただけなのか、それとも……」

「……我々は超高濃度圧縮粒子砲デルタを使う」


 今まで口を開きもしなかった指揮官がそう口にした瞬間、会議室はざわめき立つ。


「指揮官、それ考え直した方が……」

「我々の切り札ですよ?」

「それに、最大出力のフォトンジェネレータが十基も同時に稼働すれば、クジャクのやつが勘付きます」

「なにも最大出力で撃とうってわけじゃない。トトノヴィアの基地を焼ければそれで良い」

「しかし、それにしてもリスクが……」

「もしトトノヴィアの街まで焼いてしまったら……」


 その言葉に同意するように、机を囲む者達は顔を見合わせる。


「チッ」


 指揮官の舌打ちは、会議室によく響いた。


「ならどうする、東トトノヴィア制圧の任は諦めるのか?」

「それは……」

「今度はノーバディ全機で出ればデルタを使わずとも制圧出来るのでは?」

「しかし、狼どもが……」

「南のValkyrieは試験用の武装で狼を二匹仕留めたそうじゃないか」

「うちのValkyrie達はその不良品で昨日全滅したばかりだろう」

「ううむ……」

「打つ手なしか……?」

「しかしデルタを使うのは……」


 いつまでも弱腰な部下達の態度を見て、指揮官は机を叩きながら立ち上がる。彼は怒りで燃える鬼の形相で部下達を睨みつけた。


「お前達がそんなだから俺達クレンリス人はトトノヴィアに『羊』だなんて笑われるんだ! トトノヴィアだけじゃない、盟友のソンゲレミエやモッヘヒュンフにだって陰で笑われてる! 悔しくないのか!?」

「…………」

「主神クレンリスは羊飼い、クレンリス法王は牧羊犬! ここまで言われているのに『ハイそうです』なんて黙ってなにもせず、貴様等はそれでも誇り高きクレンリス人か!?」

 指揮官は会議室にいる人間を睨み回すが、誰一人として下げた視線を上げようとしない。

「……失望したよ」


 悲しげに言い残すと、指揮官は会議室を後にした。




 ホワイト部隊がトトノヴィアに降下してから二時間が経とうとしていた。その間、クレンリス法国に動きはなかったが、戦場から離れた場所で降下した輸送艦がホワイト部隊と合流している。


『なー、クレンリスの基地潰しに行っちゃ駄目なのか?』

『俺達の任務は基地の防衛だって何度も言っただろボケ。んなことしたら亜人連盟と全面戦争だぞ』

『小競り合いするよか良いだろ。何年戦争してんだよ?』

『テメェは撃墜数稼ぎたいだけだろ』

『ぐっ……』

『バカは黙ってゲームでもしてな』


 ホワイトファイブとホワイトスリーの口論とそれに混ざるホワイトフォーの笑い声を聞きながら、ホワイトテンはサイクロプスの目で辺りを観察していた。


 サイクロプスは遠目から見ればクジャクをもしたオモチャのロボットのようで、実際、戦闘用の機能がほとんど搭載されていないどころか、スラスターの類がないため自律移動が不可能となっている。

 コックピットは頭にあり、胴体にはフォトンジェネレータにフォトンドライブ、さらにはフォトンコンデンサーがATLASの内部フレームと装甲の隙間に詰め込まれているという、奇っ怪な構造をしていた。

 更に奇っ怪なのは、やはりそのクジャクの羽を模した『サイクロプスの目』だった。クジャクの目玉模様一つ一つが円盤状の精密機械となっており、ケーブルでビーズのように繋がれているがサイクロプスが分離し、光の粒子を吹かしながら宙を飛び回ることが出来る。

 ホワイトテンはこの百の目を通じて戦場を支配することを目的として調整された、デザインベイビーだった。

 そのため、精神接続システムへの適合率の低さからあらゆる機体に適正を持つホワイトセブンでも扱うことの難しいサイクロプスを自在に操ることが出来ていた。


 そして今、サイクロプスの目を通じてホワイトテンは状況の変化を察知した。


「……こちらホワイトテン。敵領内にフォトンジェネレータ活性反応を多数検知」

『なに?』

「五基のジェネレータが一箇所で稼働を始めました。場所はクレンリス西部司令部地下三百メートル付近」

「少し待て……」


 いつの間にか、ホワイトファイブ達の声は聞こえなくなっていた。


『……クレンリスで開発中と言われている大量破壊兵器かもしれない。ジェネレータは今、稼働をはじめたんだな?」

「はい。最大出力で稼働はしていません」

『察知されないためだろうが、ホワイトテンの方が数段上だったな。――ホワイト部隊、作戦変更!』


 司令官は各ATLASにクレンリス西部司令部付近の地図を送る。司令部の周りにある補給基地や迎撃装置の位置が大まかに示されていた。


『これよりホワイト部隊はクレンリス法国が所持する大量破壊兵器、通称デルタの発動を未然に阻止、そして破壊する。デルタは敵の本拠地、西部司令部の地下三百メートルにあると予想される。敵ATLASの数は百三十四機、これを全て撃滅する必要はない。目標はあくまでデルタの破壊だ。用意は良いか?』

『駄目だっつっても出させるんだろ?』


 ホワイトファイブの言葉に司令官は小さく笑う。


『ああそうだ。全機出撃!』

『了解! 足手まといの司令官様は後ろに引っ込んでな!』

『ファイブ! 上官への口の利き方を考えろと言っただろ!』


 フライング気味に補給艦を飛び出したホワイトファイブを追って、ホワイトワン達が続く。その中には当然、ゼロセブンやスプリングに担がれるサイクロプスも混ざっていた。

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