第9話 蜥蜴騎士―ゼロセブン―
ホワイト部隊を乗せた大型輸送艦は、分厚い雲の上を滑るように飛んでいた。
「すごい雲だけど、ちゃんと目的地に着けるの?」
窓に貼り付いて眼下に広がる雲海を眺めていたホワイトテンは、隣で壁に寄りかかり酒を呑んでいたホワイトツーに問う。
「ここのコンピューターは頭が良いから平気なんだと」
「ツーも誰かに聞いたことあるんだ」
「お前くらいの時にな」
ホワイトツーにぐしゃぐしゃと頭を撫でられ、ホワイトテンは嫌そうにその手を振り払う。
「ちょっと、子供扱いしてる!」
「酔っ払いのオジサンがすることなんだから大目に見てくれよ」
「オジサンって、まだ二十七でしょ? あとそれ、ほぼ水じゃん」
肩をすくめてから酒を口に含むだけで、ホワイトツーがその問いに答えることはなかった。
「ん、あれってホワイトセブン?」
そうホワイトテンが指差したのは、ゼロセブンではなく雲に映るそれらしい影。雲の上で艦内に収容している様子が想像できた。
「すごいね、ATLASだけで空を飛べるなんて」
「ウィンターはオオワシなのに自分じゃ飛べないからな」
「ATLASを飛ばすくらいなら戦闘機飛ばした方がずっと効率的だしね」
「今の、ナインには聞かせるなよ」
「確かに」
今はもう輸送艦の影しか見えない窓の外を眺めながら二人して笑っていると、輸送艦内に大袈裟な警報が鳴り響く。
「ほら、もうすぐ時間だ。今度は目玉失くすなよ」
ホワイトツーはその大きな掌でホワイトテンの背中を叩いた。
他のホワイト部隊がホワイトスプリングに乗り込む中、ホワイトセブンはオーセブンと共にゼロセブンに乗り込んでいた。
『ゼロセブンの初陣だな』
『初陣が防衛戦で大丈夫かよ?』
「そのためのバックアップだろ、しっかり働け働け」
『お前、結局ゼロセブンに改名しなかったのか?』
「テストパイロットだっつっただろ。ゼロ部隊にもうゼロセブンはいるんだよ」
『良かった。いなくならないんだ』
「お前等ぁー! テンを見習え、テンを!」
『いちいち声デカイんだよ!』
ホワイト部隊の一部がふざけた調子で会話していると、司令官が全機の通信に割り込んでくる。
『まもなく降下ポイントに到達する。各自合流ポイントを確認し、出撃に備えてくれ。雲で通信が阻害されるため今回は俺も出撃し指示を出す』
『了解』
「了解」
『……一人も死ぬなよ』
司令官の呟きに、ホワイトセブンは驚いた様子で口笛を吹く。
「それも了解」
『ゼロセブン休止状態から待機状態へ移行完了しました』
ホワイトセブンの言葉にオーセブンの声が重ねられる。
『ホワイトセブン、作戦の確認をお願いします』
「目的地は敵国クレンリス法国と同盟国であるトトノヴィア共和国の国境。作戦目標はトトノヴィア共和国東部基地郡の防衛とクレンリス法国所属ATLASの鹵獲。敵ATLASの鹵獲は二の次だ」
『本作戦はゼロセブンを中心とした戦闘陣形の実地テストも兼ねています。忘れていませんか?』
「忘れてたかもな」
ホワイトセブンの言葉にオーセブンは小さく笑い、操縦桿を握り直す。
『降下予定時刻まで残り百。カウントは必要ですか?』
「いや、必要ない」
ホワイトセブンはヘルメットからコードを伸ばして意識をゼロセブンに接続する。
「…………」
閉鎖された操縦席で操縦桿を握りながら、狭苦しいカタパルトの上で膝を着き両腕で前屈みな体を支える感覚。
内と外に自身の感覚が二分されながら、ホワイトセブンはオーセブンと意識の一部が一体化する感覚にも襲われていた。
「慣れねえなぁ……」
ホワイトセブンの神経接続システムへの適性は、基準値を大きく下回っていた。
装甲を換装し三十メートルを超える赤い巨人となったゼロセブンは腕や脚だけでなく装甲のあらゆる隙間から光の粒子を吐き出しながら、雪上を掛ける法国製ATLASの頭を直上から踏み潰した。
『な、に、が……!』
『狼達が降ってきた!』
『あいつ狼じゃないぞ!?』
その言葉通り、ゼロセブンはスプリングのような人狼の姿をしていなかった。それどころか、なにか動物を模した姿形をしてるわけでもなかった。
旧時代の騎士を模した豪華絢爛な装甲に、背中のバッグパックから左右に伸びる戦闘機のような折り畳み式の翼、そしてトカゲのような長い尻尾から生えていた。
『なんて悪趣味な……』
ノーバディという法国製ATLAS達の通信を傍受しながら、ゼロセブンは粒子で加速した蹴りを先程踏み付けた機体に叩き込んだ。
『おい、皇国の新型だ! トカゲみたいな尻尾がある!』
『ホワイトテン、敵の数は?』
『ざっと五十。指揮官機はまだ出てないみたいだね』
『一度退いて体勢を立て直す!』
『ホワイトエイト、武器を』
『了解』
ゼロセブンの内部で敵味方の通信が入り乱れる中、ホワイトエイトはオーセブンの指示に従い雪の中から粒子収束型ライフルだけをを宙に放った。
「サンキューな」
ホワイトセブンはライフルを空中で掴み取るとなめらかな動作でゼロセブンの尾部とライフルを接続し、狙いをオーセブンに任せて引き金を引きまくる。
撃ち出された圧縮粒子弾は敵ATLASに命中しているが、多くは急所をそれていたりそもそも機体に掠めもしていなかったりしていた。
『ホワイトセブン、無闇な連射は避けてください。銃身が熱に耐えきれません』
「そのための雪だろ」
ホワイトセブンは熱を持ったライフルを雑に雪の中に突っ込み、爆発的に発生した水蒸気を避けながら再びライフルを構える。
「…………」
『射程距離外ですね』
「最大出力で撃てば当たる」
『ここで使うのは得策とは言えませんよ』
「言ってみただけだ」
ホワイトセブンはライフルを背中の武装ラックに固定し、雪の上を滑りながら仲間のもとへ後退していった。
ホワイトセブンとオーセブンがトトノヴィア東部第七軍事基地へと帰投すると、司令官と黒髪に白髪の混じった老年の女性が彼等を迎えた。
「これが皇国の新型?」
「ええ。と言っても、他の部隊から借りたものですがね」
「道理で動きがぎこちない……おっと」
ゼロセブンからホワイトセブンとオーセブンが降りてきたのを見て、女性は軍帽を脱ぎ二人を敬礼で迎えた。
「救援の要請に答えてくれて感謝する」
「どうも。……それ、もしかして全員にやってんのか?」
「なに、顔なじみはお前とワンしかいないらしいからね。真面目な姿だって見せるさ」
「変わらないな」
ホワイトセブンはヘルメットを外しながら苦笑する。
「後ろのお嬢さんは?」
『私はオーセブン。今はホワイトセブンの相棒です』
ゼロセブンに合わせたカラーリングのパイロットスーツを着たオーセブンは、ヘルメットを脇に抱えながら女性に敬礼する。
それを聞いて女性はにやりと笑い、オーセブンに向けて敬礼をしてみせた。
「私はスヴェン・ドータ。貴君等の救援に感謝する」
オーセブンはその言動に驚いた表情でスヴェンの顔を見る。
「驚いたかい? この国じゃオートマタにも人権があるんだよ」
『……ホワイトセブン、私ここに移住します』
「不満があるなら俺じゃなくてトリプルスリーに言え」
ホワイトセブンはヘルメットでオーセブンの頭を叩き、司令官に向き直る。
「現状は?」
「空模様の割に降雪は弱い。他の者にはもう伝えたことだが、ATLASに乗っていなくてもいいが直ぐに出撃できる用意はしておいてくれ」
「了解。俺は中で待機しときます」
『私もそうします』
「わかった」
パイロット二人の敬礼に司令官も敬礼を返す。それを見てホワイトセブン達はオーセブンの操縦席へ帰っていった。
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