第8話 南の雪原―マシンフェアリー―

 Valkyrie隊の報告書を読みながら、ノウマンは片手間に偽肢の電子カタログを見ていた。

 偽肢はValkyrieの背部に接続するリアアームタイプと、尾部に接続するテールタイプの二種類があった。現時点で量産化されているのはこの二種類だけだが、巻末のコラムによるとウィングタイプやフロントアームタイプなども量産化の目処が立ったらしい。


「どんどん人間離れしていくじゃないか……」


 偽肢とはATLASに乗れないValkyrieのための拡張パーツで、当然シルエットが人間離れしたものになる。シルエットからどうしてもラガルジェレ皇国のATLAS達を連想してしまい落ち着かなくなるのだが、部下のValkyrieであるゾフィーに渡されたものだから、ノウマンはこれを無碍に扱うことも出来なかった。

 報告書も、他のValkyrie達が少なからず怒りや哀しみを持って言葉を綴る中、ゾフィーだけが大口径粒子砲や超長距離対ATLAS砲などについてのみ書いている。


「…………」


 ノウマンは何度か迷った末、電話の受話器を取ってボタンをふたつ押した。


「……ああ、私だ。ゾフィーを寄越してくれ」


 しばらくして、頬を薄赤く上気させたゾフィーが執務室にやって来た。


「ゾフィー二尉、ただいま参りました」


 ゾフィーは胸に手を当てて敬礼をするがどこか舌が回っていない。


「酒盛りの途中だったか。すまないな」


 ノウマンが手で腰掛けるよう指示すると、ゾフィーはどかりと豪快に尻をソファに叩きつけた。


「これからが良いところだったのに……」

「どうせまた一人酒だろう? 呑み過ぎるからやめておけとフレリアに言われてるじゃないか」

「誘っても誰も来ないんだから仕方ないでしょ」


 ゾフィーは胸元から取り出した水筒に口を付け、小さく笑う。


「それで、カタログどうだった? なかなか良かったでしょ」

「昔の私なら目を輝かせながら読んでいただろうが、今はどうにも好かん」

「駄目だねー、男の子の心を忘れたら終わりだよ?」

「そうかもな」


 ノウマンは自嘲気味に笑い、開いていたカタログのページに目を落とす。

 肩と腕と大腿部、そして胸部を機械化した裸のValkyrieが機械の翼で秘部を隠すという、とても扇情的な一枚だった。


「…………」


 ノウマンは小さく顔をしかめ、カタログを閉じる。


「前回の作戦はどうだった?」

「またそれ? 何度目だっけ、もう忘れちゃった」

「まだ三度目だ」

「聞き過ぎ。報告書読んだ?」

「お前の心配をしているんだ。最近毎日酒を飲んでるそうじゃないか。どうにかしろと皆がうるさいんだ」

「あー、そういう」


 ゾフィーは水筒に口を付け、ひと口、ふた口と中身を呑み下してから大きく溜め息を吐く。


「嫌になるね、ここは。雪に閉じ込められて、娯楽なんて酒ぐらいしかないんだよ? Valkyrie動かすために心臓も肺も子宮も腟も切り出されて、そりゃおかしくもなるよ」

「……すまない」

「ホント、人遣い荒くって。男は良いね、負傷兵はすぐ退役でしょ? 腕が取れても脚が折れても、脳がやられなけりゃアタシ達はずっと使い続けられっぱなし」


 ぐい、とゾフィーは水筒を逆さにし中身を飲み干す。


「ニーナの代わりにアタシが死んでやりたかったよ……」

「…………」

「なんてね! 冗談よ、冗談」


 ゾフィーは両手を顔の横で広げ、満面の笑みを作る。手に持っていた水筒は床に落ちたが、彼女は微塵も気にしていなかった。


「笑えないな」

「アタシはアンタが心から笑ったところ見たことないけどね」

「笑って欲しかったのか?」

「まさか」


 ゾフィーは二本目の水筒を取り出すと、今度はチビチビと惜しそうに飲み始めた。

 それを見てノウマンはどこか落ち着かない様子で口を開いた。


「困ったことや不満などがあったら遠慮せず私に言うといい。なるべく対処しよう」

「……アンタ、ホント不器用よね」

「わかっている」

「なら変わる努力くらいしなさいな」


 ゾフィーは飲みかけの水筒に蓋をして、ノウマンに向かって放り投げる。ノウマンはそれを軽々と掴み取った。


「職務中だ」

「夜中に女を呼びつけておいて、よくそんなことが言えたわね」

「…………」


 ノウマンは溜め息を吐き、水筒の蓋を開けて中身を少しだけ口に含む。


「なんだこれは……消毒用アルコールの味がする……」

「すぐクセになるから」

「お前、いつもこんなもの飲んでいるのか?」


 ノウマンが顔をしかめながら問うと、ゾフィーはムッと表情を固くする。


「なにその顔、文句あるわけ?」

「こんな酒しかないから誰も誘われてくれないんだ」

「うるさいわね。文句言うなら返しなさいよ」


 ノウマンは水筒の蓋を閉じてゾフィーに投げ返すと、呑み直す手早く机を片付け席を立った。


「付いて来い」

「なに? どこ行くの?」

「私の部屋だ」

「わお」


 ノウマンは鼻唄を歌うゾフィーを連れて、執務室から歩いて二十歩もないドアの前に立ち静脈認証でロックを解除する。


「腕取れたらどうすんの?」

「義手買って実家で芋を作る」

「はん」


 ノウマンの答えを不服そうに鼻で笑いながら、ゾフィーは部屋の中に入る。


「うわ、なんもないじゃん。アンタみたいにつまんない部屋ね」

「追い出すぞ」

「あーウソウソ! へへへ、清潔感のある部屋だこと」


 言って、ゾフィーはぐいと水筒を呷る。それを横目に、ノウマンは衣装ダンスの底を外し酒瓶を一本取り出した。


「わあ! 本物!?」

「なんの本物だ」

「ワイン!?」


 ノウマンが答えるよりも早くゾフィーは酒瓶を奪い取り、ラベルの文字を読む。


「えっと、『ファイアドレイク』……なにこれ? ワイン?」

「それは確か、唐辛子と山椒を漬け込んだ林檎酒だったはずだ。ワインではない」

「美味しい?」

「貰い物だが、まだ呑んだことはない。呑む気も起きないが……」

「呑もう、呑もう!」


 好奇心で目を輝かせるゾフィーを見てノウマンは意外そうな顔を見せるが、すぐに表情を消して酒瓶を奪い取る。


「夜中に呑むものじゃないだろう」

「じゃあなんで出したのさ」

「邪魔だから脇に置こうとしたんだ。それを奪ったのはお前だろう」

「じゃ早くして。ファイアドレイク呑んじゃうよ」

「恐ろしいな」


 ノウマンはワインボトルを取り出すと、奪い取ろうとするゾフィーを抑えながら更にワイングラスを二つ取り出した。


「ほあぁ……司令官大好き……嫁にして……」


 手渡された空のワイングラスを潤んだ瞳で見つめながら、ゾフィーはだらしなく口から涎をこぼしていた。


「馬鹿言ってないでしっかり持ってろ」


 ノウマンはボトルのキャップを開け、ゾフィーと自分のグラスに白く透明な中身を注ぐ。


「うま……うま……」

「また行儀の悪い……」


 ノウマンが二人分注ぎ終えるのを我慢出来ずに両手で持ったグラスをくぴくぴと呑み始めるゾフィーを見て、ノウマンは小さく笑った。

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