第5話 十面相―ホワイトセブン―

 ゼロセブン鹵獲から半月後、ホワイトセブンはラガルジェレ皇国軍の司令本部に召喚されていた。

 受付で事務手続きを終えたホワイトセブンは事務員の案内に従い、ATLAS試験場にやってきた。


「やあ、久しいねホワイトセブン」

「ひさしぶりだな、トリプルスリー」


 ホワイトセブンを出迎えたのは、トリプルスリーという女性技術者だった。二人とも皇国では珍しい赤髪だったが、灰色がかった赤色のホワイトセブンに対し、トリプルスリーは燃えるような赤色をしていた。


「しっかし、いつ見ても色気がねえな」

「この扇情的な赤が目に入らないのかい?」

「赤色なら見飽きてるよ」


 ホワイトセブンは背の低いトリプルスリーから視線を上げ、試験場の端でコックピットハッチを開けたまま膝を付く黒いATLASに目を向けた。


「アレが噂のゼロセブンか?」

「君がどんな噂を耳にしているのか知らないけど、そうだね、アレが噂のゼロセブンだよ」


 トリプルスリーの言葉にホワイトセブンはほうと息を吐き、右手で目の上に影を作りゼロセブンを遠くから眺める。


「君はアレがどんなものなのか、誰かから聞いているかい?」

「いや、全く興味なかった」

「そんなことだろうと思ったよ」


 呆れた様子で息を吐くトリプルスリーをちらりと見下ろし、ホワイトセブンはどこか勝ち気な笑みを浮かべた。


「アレと俺がここにいるってことは、そういうことなんだろ?」

「さてね。まずは歩きながらでもゼロセブンについて軽く知ってもらおうじゃないか」

「へいへい」


 ニヤリと笑い返され、ホワイトセブンはうんざりしたように肩を落とす。それに構わずトリプルスリーは歩き出すものだから、ホワイトセブンは駆け足気味で彼女の隣に並び歩いた。


「ゼロセブンについて語ることは多くあるが、まずはアレの出自について語ろうか」

「もとは法国のATLASだったんだろ? 鹵獲作戦のための陽動をやってたんだから、それくらいは知ってる」

「では、どうしてホワイトエイト達はゼロセブンを簡単に鹵獲出来たと思う?」

「簡単に? 簡単にってお前、見てきたように言うじゃないか」


 ホワイトセブンがその言葉を繰り返すと、トリプルスリーは楽しげな笑みを浮かべた。


「見なくてもわかるさ。なにせゼロセブンは、クレンリス法国が破棄するはずのものを譲り渡して貰ったんだからね」

「ゆず……なに?」

「譲ってもらったのさ」


 不思議そうな顔をする連れを見てトリプルスリーはくすくすと楽しげに笑う。


「以前捕らえたスパイを無傷で返すことを条件に、法国から新型ATLASの試作機を譲ってもらったんだよ、私達は」

「そんな軽々しく話すことかよ、それ」

「君にだけだよ。それに、君はこのことを軽々しく口にしたりしないだろう?」

「どうだかね……」


 見透かしたような口振りで言われてしまい、ホワイトセブンは疲れたように息を吐く。


「て言うか、そんな簡単に新型を渡すもんか? 不自然だろ、普通」

「それを隠すための陽動作戦、そしてValkyrie達さ。君はすぐやられたみたいだけど、それでも、いやそれだからこそ、あの場にいた者達の中で、君だけが彼女達の変化に気付けたはずだ」

「あそこにいなくても気付けたよ。ValkyrieはATLASに絶対に勝てないって常識が覆ったんだぜ? 司令官殿も大慌てさ」

「そんな当たり前のことじゃないよ。ValkyrieがATLASを壊したなんて、私でさえ驚いたさ。私が言っているのはもっと根幹の部分だ」

「どういうことだよ?」


 トリプルスリーの勿体ぶった言い方にホワイトセブンはつい眉をひそめてしまう。


「なにが言いたいんだ?」

「……もしかして、気付かなかったのかい? 他のATLASの記録カメラを見る限り、君が一番近くで彼女達を見ていたのに?」

「死にたくない一心で奴らのことなんかよく見てなかったよ」

「…………呆れた! 本当に使えない男だね君は!」


 大きく目を見開いた驚きの表情のまま、トリプルスリーは侮蔑の言葉をホワイトセブンにぶつけた。


「君の頭はなにか? 脳組織の他にスポンジでも入っているのかい? どうりで軽い頭のはずだよ」

「あー、いいからそういうの。そういうのは……ほら、あれだ、部下に言ってやれ、部下に」

「彼等は喜ぶから愉しくない」

「あっそ……」

「それに私は褒めて伸ばすタイプだ」

「…………」


 ホワイトセブンはなにか物申したげな表情をトリプルスリーに向けたが、結局なにも口に出さなかった。


「まあいい。Valkyrieのことを知れなかったのは残念だが、本命はこっちだ」


 トリプルスリーはゼロセブンの足元で立ち止まり、ホワイトセブンに振り返る。


「コイツはとんでもない暴れ馬でね、出力を一割に抑えてようやく並のATLASと同じように扱えるんだ」

「だが、それじゃ駄目なんだろう?」

「応ともさ」


 頷いて、トリプルスリーはゼロセブンに乗り込む。それを追ってホワイトセブンもコックピットに乗り込みハッチを閉じる。


「パイロットスーツ着てないけど良いのか?」

「今日はシミュレーションだけだよ。そこのヘルメットを被るんだ」

「あいよ」


 二人がヘルメットを被ると、ヘルメット内部の液晶ディスプレイにシミュレーションの白い戦場が映る。床には格子状に線が引かれ、周りに敵機はいない。


「フォトンドライブの出力は後部座席の私が操作する。まずは一割で軽く動かしてみたまえ」

「よっしゃ」


 ホワイトセブンがアクセルペダルを踏み込むと、画面の中で白い景色が流れ出した。計器類が示す値はホワイトスプリングと大差ない。


「特に問題ないみたいだ」


 ホワイトセブンはゼロセブンを停止させ、トリプルスリーに声を掛ける。


「ならば、出力を二割に上げようか」

「五割まで上げて良いんじゃないか?」

「そうかい……じゃあ、五割だ」

「よし」


 そう意気込んでペダルを踏み込んだ直後、ホワイトセブンの視界が溶けた。


「うっ!?」

「そのままモニターではなく計器を見たまえ」


 驚きを隠せないまま、ホワイトセブンはトリプルスリーの言葉に従い計器類を確認する。そこには先程の二十五倍もの出力が示されていた。


「なんだこの馬鹿みたいなエネルギーゲインはぁ!?」


 悲鳴じみたホワイトセブンの叫び声にトリプルスリーの愉しげな笑い声が被せられた。


「面白いだろう、法国の試作機は!」

「実践で使い物になるか阿呆!」

「使い物にするのが私達の仕事さあ!」


 トリプルスリーはそれは愉しそうな笑い声を上げた。


「君はどんなATLASでも乗りこなすんだろう? なら、弱音を吐いていないで乗りこなして見せたまえよ」

「一瞬で脳味噌グチャグチャになるぜ、こんなの」

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