第4話 帰還―シニビトタチ―
「どういうことですか指揮官!」
青髪のValkyrieは兜を投げ捨てながらクレンリス法国南部第三基地の執務室にほとんど殴り込むように押しかけ、窓際に立っていた指揮官らしい男の胸倉を勢い良く掴み上げる。
「私達にあんな戦い方をさせて、消耗品のつもりですか!?」
「そのつもりはない」
掴まれた拍子にズレた帽子を被り直しながら、指揮官はValkyrieを睨み下す。
「私も今回の作戦には思う所があった」
「そんなこと一言も……!」
「私がお前達に言ったところでどうにかなるわけないだろう。文句があるなら言うと良い、上には私から伝えておく」
「……どうだか」
小さく吐き捨てると、Valkyrieは指揮官を突き放し兜を拾って早足で立ち去ろうとする。
「スヴェン」
「……なんですか」
スヴェンと呼ばれた青髪のValkyrieは、不満そうな表情を隠そうともしないまま振り返る。
「すまなかった」
「…………」
スヴェンは頭を深く下げる指揮官を鋭く睨み、なにも言わず執務室から出ていった。それと入れ違いでまた別の、今度は赤髪のValkyrieが悪戯っぽい笑みを浮かべながら執務室にやって来る。
「指揮官様、またスヴェンを怒らせちゃったんですか?」
「……彼女が怒るのも当然だ。いたずらに彼女達を死なせるなど、およそ人間がして良いことではない」
茶化したつもりが予想以上に思い詰めた答えが返ってきてしまい、赤髪のValkyrieは表情を真面目なものにした。
「指揮官様は命令通り作戦を実行したのです。そんな風に責任を感じ過ぎることはありませんよ」
「…………」
Valkyrieの言葉に指揮官はなにか返そうと口を開きかけたが、結局溜め息だけを漏らして椅子に腰を下ろした。
「軍上層部は皇国が攻めてくることを私達よりも先に察知していた。これは別に不思議ではない。スパイの訓練なら私も受けていた」
「そうなのですか?」
「ああ。だが、どうしてValkyrie部隊だけで皇国の狼共と戦うよう指示が出る? 対ATLAS兵器があると言っても、まだ試験段階だぞ? ATLASを前線に出してValkyrieは狙撃で援護すれば二十三人もの被害は出なかった」
「指揮官様……」
悔しそうに歯噛みする指揮官に、赤髪のValkyrieはなにも言葉を掛けてやれなかった。
「私の力不足のせいでスヴェンは二人の姉を失った。彼女だけではない、ネーナは唯一の肉親を目の前で殺されたんだ、なにを言われても仕方がないさ……」
「指揮官様は……死なないでくださいね」
「……は?」
予想だにしなかった言葉が掛けられ、指揮官は目を丸くして赤髪のValkyrieに目を向ける。彼女の瞳は、どこか悲しげに揺れていた。
「どんな命令であれ、私達は指揮官様が最良の選択をしていると信じてそれに従っています」
「それは――」
「今日の作戦も同じです。皆不満はありましたが、一番不満に思っているのは指揮官様だと誰もがわかっていました」
「…………」
「ですから、これが不満はありましたが、しかし最良だったと皆信じております。あなたが、ノウマンが指揮官だからこそ、皆そう思えるのです。だからどうか、あなただけは死なないでください。生きて、私達の指揮を執り続けてください」
「フレリア……」
「まあ、確かに指揮官様の力不足なところはどうにかして欲しいですけどね」
真面目なものから一転、悪戯な笑みを浮かべるフレリア。その落差にノウマンはついつい苦笑してしまった。
「フレリア……」
「うふふ」
フレリアは口に手を当てて上品そうに笑うと、そそくさと後ろ向きに進み後ろ手でドアノブを掴んだ。
「後で皆に顔を見せてやってくださいな。なにを言われるかはわかりませんが、彼女達の気も少しは晴れると思いますよ」
「わかったよ」
「ではではー」
にこにこと笑顔のままフレリアは執務室から廊下に後退し、そのままドアを閉める。
「……いつもすまないな」
閉じられたドアを名残惜しげに眺めながら、ノウマンは溜め息を吐くように呟いた。
翌日、簡単な葬式を済ませた第三基地の面々は、食堂に集まり戦死者と神に祈りを捧げながら黙々と食事を摂っていた。
「…………」
「ネーナ、ニーナのために食べないと」
「うん……」
背の低い少女はスヴェンに促されて温かなスープを口に運ぶが、二口目がなかなか続かない。
「ほら、じゃがいものスープ、ニーナも好きだったでしょ?」
「うん……」
ネーナはもう一度スープを口に含むが、やはりそれ以上自分からなにかしようとしない。
「…………」
心ここに在らずといった様子の二人を見て、ノウマンは強く下唇を噛んだ。
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