第2話 白狼と戦乙女―スノーウィング―
穴から出たゼロセブンを迎えたのは、ホワイトエイトが操縦していたスプリングと、鳥人型のブルーウィンター、そしてクジャクを模したブルーサイクロプスだった。
『おいモグラ、このスプリング壊れてんのか? 立ち上がらねえ』
地面に這いつくばったままのスプリングのパイロットがゼロセブンに向けて悪態を吐く。ブルートゥエルブはそれに小さく笑い、ちらりとホワイトエイトに振り返った。
「すまない、匍匐姿勢から起立姿勢に切り替えるようスプリングに指示してくれ」
数秒して、スプリングは跳ねるように立ち上がる。スプリングは姿勢を起こした勢いで数歩後ろに下がり、危うく穴に落ちたところをウィンターとサイクロプスに助けられた。
「あっははははは! やったなあ!」
『モグラァ!』
「悪意があったわけじゃない。許してくれ」
爆笑するブルートゥエルブの後ろでホワイトエイトは視線を左右に配り、機体と繋ぎっぱなしのヘルメットを撫でる。
「ブルートゥエルブ、周辺に敵影は見られない。今のうちに基地へ戻るぞ」
「了解。ゼロセブンはこれより速度八十で第二補給基地へ向かう」
『了解』
ゼロセブンは光の粒子を散らしながら浮き上がり、それを守るように他の三機がゼロセブンを囲みながら浮き上がる。
『ブルーサイクロプスがこんな前に出るとはねえ』
『間違っても撃たれるなよ』
『撃たれない方が難しいっての』
三機は衛星のようにゼロセブンの周囲を回りながら、凄まじい速度で南下していく。
ものの数分でゼロセブンは第二補給基地へ辿り着き、ホワイトエイトはブルーサーティーンと機体を乗り換える。
「よう、白いの」
「さっきはすまなかった」
「全くだ、コイツ!」
背中を叩かれながらホワイトエイトは操縦席に乗り込む。
『お帰りなさい、ホワイトエイト』
合成音声を聞き流しながら、ホワイトエイトはベルトで操縦席に体を固定する。
ブルーサーティーンがゼロセブンから降りてきたブルートゥエルブと顔を合わせているのを横目に見ながら、ホワイトエイトは片膝をついていたスプリングを立ち上がらせた。
「こちらホワイトエイト、スプリングに搭乗し待機状態へ移行完了」
『ホワイトエイトはプランAへ参加。法国のValkyrie隊の勢いが強いため前線が予定より下がり気味だ』
ホワイトエイトは操縦席で息吐く暇もなく次の指令を与えられる。
「了解。ホワイトエイト、至急北上する」
『前線の状況をモニターと地図上に示します』
スプリングは脚部から光の粒子を勢い良く噴き出して宙に浮かび、風を切りながら雪の上を滑っていった。
「やっぱモグラもホワイト部隊なんだな」
『すげえ、雪煙も滑空痕が見えねえや』
「おわっ! 整備中だぞ!」
『すんません!』
「うるせえぞ!」
ホワイトスプリングはゼロセブンを補給基地へ送り届けた時よりも遅い速度で、基地から前線まで弧を描きながら雪の上を滑っていた。
『ホワイトエイト、前線が崩れ始めた』
「被害はどうなっている」
『スプリング二機が自己崩壊、三機が離脱。サイクロプスの目が視界外から狙撃されている』
「足跡を残す許可を求む」
『少し待て…………許可する』
その言葉の直後、滑空していたスプリングはくるりと踊るように体を横回転させ、雪の中に脚を突っ込んで地面に足を着けた。
「ホワイトエイト、全速力で直進する」
爪先で雪を掻き分けながら一歩。そしてまた一歩、二歩、三歩と、だんだんと速度を上げながらスプリングは駆け出した。
雪で凍り付いた地面を踏み砕き、強く地面を蹴って前に進む。重くまとわりつくはずの雪を光の粒子で弾き飛ばしながら、やがて勢いが付いて四足走行に切り替えたスプリングは白い風となって雪原を駆け抜けていく。
『目標ライン到達まで残り二十秒です』
『Valkyrie残り二十八と断定。サイクロプスの目は全てやられた。くそっ』
『まもなく目標ライン到達するため減速を開始します』
スプリングはホワイトエイトの操縦とは無関係に前肢で地面を掴み、大きく体のバランスを崩して上空に吹き飛んだ。
「ぐ……」
スプリングは腕や脚から光の粒子を噴き出しながら、四トンを超える巨体を雪の上に叩きつけて着地した。
「ホワイトエイト、戦闘を開始する」
スプリングは着地した影響で雪煙と共に体を宙に舞い上げられたValkyrieを殴り殺しながら、ホワイトエイトは操縦桿を握り直した。
一般的に巨大な人型駆動兵器をATLASと呼称するなら、Valkyrieは駆動鎧、またはそれを装着したクレンリス法国の女性士官のことである。
クレンリス法国は宗教的観念から女性に乗り物を操縦させることはなく、それはATLASであっても変わりなかった。Valkyrieは女性にも戦う機会を平等に与えようという考え方から生まれた兵器である。
ATLASが十メートルを超える兵器に対し、Valkyrieは装着者に左右されるも、決して人並みを外れた大きさになることはない。
強化外骨格とも呼ばれるその鎧は法国の技術の粋を集めて造られたものであり、他国が未だ成し得ていない小型化に成功したフォトンジェネレータを内蔵している。
故に、装着者が死亡すると機密漏洩防止のためValkyrieもまたATLASと同様に自己崩壊を起こす。
『Valkyrie残り二十七です』
スプリングが殴り飛ばしたValkyrieが空中でどろりと輪郭を歪ませ、積雪に触れて水蒸気爆発を起こした。
「フォトンジェネレータ出力最大」
『フォトンジェネレータ出力最大』
人工音声の直後、スプリングの顔に赤い光が走り装甲の隙間から白い粒子が止めどなく漏れ始めた。
『なにをしているホワイトエイト! 今の状態では自己崩壊するぞ!』
『限界稼動時間残り九百秒』
スプリングは忠告を無視して太い前腕部から光の粒子を塊で撃ち出し後方に飛び退りながら、前から接近していた二人のValkyrieを風圧で殴り殺す。
「お前ぇぇええ!」
背後から接近していた大口径粒子砲を抱えるValkyrieが、着地して僅かに動きを止めたスプリングの右脚に砲口を叩き付ける。
「っ」
『エイト!』
「二人のかた――!」
ゼロ距離で放たれた粒子弾は砲手ごとスプリングの右脚を爆破し、破壊する。
『エイト、大丈夫か!?』
ホワイトエイトのものとは別のホワイトスプリングが雪煙に巻き上げて滑りながら粒子の塊を撃ち出して周囲のValkyrieに牽制し、ホワイトエイトの横に並ぶ。
「機体とリンク出来ていないおかげでなんとない」
『だから脚をやられたんだ! 出力を落とせバカ!』
ホワイトエイトは片手を地面に突いて体を支えながら、空いた腕から粒子の塊を撃ち出して仲間のスプリングを援護する。
『エイトはジェネレータの出力を戻して雪に潜れ! 司令官命令だ!』
「……了解。出力を基準値に戻し匍匐姿勢へ」
『フォトンジェネレータ出力を基準値へ戻します』
音声と共にホワイトエイトのスプリングは地面に這いつくばり、遠目からは雪と同化した。
『ホワイト部隊の通信は光信号から電波に変更! プランBだ、各機の現在位置をモニターと地図上に表示しろ!』
『了解した』
『了解だ!』
『りょーかい!』
『了解』
『ホワイト部隊各機の位置をモニターと地図上に表示します』
ホワイトエイトは雪の中を這いずり回りながら、地図上に示される各部隊員の動きを目で追う。
『スリー、フォーは足跡を残すな! ファイブはそのまま、エイトは雪の中から奇襲! 各機自己判断で連携しろ!』
『相変わらず無茶苦茶なプランだな』
「プランBより先はない。当然だ」
『楽しいな、おい!』
ホワイトファイブの愚痴に言葉を返しながらホワイトエイトは雪下から右手だけ突き出してValkyrie一人を捕まえ、素早く握り殺してから放り捨てた。自己崩壊を始めたValkyrieは危うくホワイトスリーとホワイトフォーに当たりかける。
『危ねえぞ! 敵に向かって投げろ!』
「投げたつもりだった」
『エイトのせいで穴だらけだよ』
「俺のせいだけじゃない」
戦闘が進むに連れ、辺りは降雪が激しくなり風も強くなって吹雪いてきた。視界は悪くなる一方だったが、しかしホワイトスプリング達は暗く白い景色に溶け込みながらValkyrie達を一人一人確実に捉え殺していた。
『Valkyrie残り七』
『テンをやっていた奴は?』
『山の上に三人いたが、全て見失った。雪原には四人いるはずだ』
「雪原のValkyrie隊が撤退していく」
『吹雪の中じゃ俺達の方が有利だ。俺達はどうする?』
『……今回の作戦はゼロセブンの奪取が目的だ。一度基地に戻り、ゼロセブン輸送護衛の準備をしろ』
『りょーかい。撤退するぞ! エイト頭出せ!』
ホワイトエイトはその呼び掛けに応えようとするが、右脚が欠けていることと機体とリンク出来ていないことが相まって、上手く立ち上がれなかった。
「誰か支えてくれ。上手く立てない」
『エイトはどこにいるんだっけ?』
『俺達の足元だ』
『あー、近すぎて見えなかったか』
「地図じゃなくてモニターを見てくれ」
『立たせるぞ、文句言うなら姿勢制御してろ』
「助かる」
ホワイトスリーとホワイトフォーが地面に脚を付いてホワイトエイトの機体を引っ張り上げる。そこにホワイトファイブが辺りを見回しながら合流した。
『おい、吹雪であいつの脚が見つからないぞ。捨てとくか?』
「それならさっき拾った」
『ん? ああ、でかした』
『先に言っておこうよ』
「悪い」
『用がないならさっさと帰るぞ』
『了解』
『了解』
「了解」
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