第10話

 アスモディウスは全長三メートル近くある岩石の巨人だ。  

 全身の硬度は、彼の能力によってこの世の物質の中で最も高くなっている。

 

 能力名『時の還元』。

 

 これは聖騎士ダニエルの完全上位互換となる能力だ。

 ダニエルの『永久上昇機関』は、時間と共に自身の身体能力を上げていく、というものだ。

 この能力は過去から現在までの時間に応じて徐々に強くなるだけだ。

 つまり、彼が転生してからの八年分が、強さの源になっている。


 一方、『時の還元』は過去から未来に渡るまでが効果元の範囲となる。

 それによる大きな違いは、最初から身体能力がカンストしている、という事だ。

 ただでさえ不死に近いほど長生きする悪魔であるのに、将来に強くなるはずだった分までが、現在のアスモディウスへと還元される。

 数千年に渡る能力強化の最終形態になっているのだ。


 そんなアスモディウスの豪腕から繰り出される一撃一撃は、聖騎士達が血飛沫を上げることすら許さない。

 彼がその腕を聖騎士にとって回避不能な速さで振り下ろせば、聖騎士の肉体は地面との間でアスモディウスの手に瞬時に圧迫され、ドロドロとした高熱の液体へと姿を変える。

 そして辺り一帯に赤い湯気が立ち、異様な匂いに包みこむ。


 一方の聖騎士達もタダでは死のうとしない。

 ある者は己が放てる最大級の魔法を、またある者はアスモディウスの首元へこれまで出したことのないような火事場の馬鹿力ともいえるような力で斬りかかる。

 だが、すべての攻撃に効果は無い。

 当たり前だ。ベリアルですらその程度の攻撃なら意味がないのだから。

 その上位存在であるアスモディウスに対して、聖騎士たちの炎属性の魔法など身体に当たった途端に弾け、表面の岩をほんの少し温めただけに過ぎなかった。

 

 そして、ものの一分も掛からないうちに、生きている聖騎士はダニエル一人を残すところとなった。

 

 恐らく聖騎士達の中に、アスモディウスが腕を振り下ろすのを視認できた者は一人もいないだろう。

 ダニエルですら、全く見えなかったのだから。


「何だそいつは!?一体何処から来た??」


 ダニエルは、ようやく声が出て問う。

 しばらく、驚きと恐怖で息をするのも忘れていたのだ。


「あ?んな事、言うかよ。」

「jtgp2+々mpg」


 アスモディウスは人には理解できない機械音のような声を発している。

 全身をガタガタと揺らし、ルシファーの方を向いている。


「……いや、アスモディウスさんよ。マジ何言ってるのか分かんないだけど。」

「gpc#83m7」

「……」

「『きゃーカッコいい』『あーん、そんなこと言われたら泣いちゃうわん』と申しております。」


 ルシファーが理解したそうだったので、横からベリアルが通訳をする。

 彼はルシファーが来る以前、つまりバベル内乱期においてアスモディウスの派閥に属しており、長い間一緒にいたので彼の言葉を理解することができるようになっていた。

 

「あぁ……うん。お前、そんな口調だったの?」

「emu77_n」

「『そうですわ!』と。」


 見た目とのギャップにうげげ、とルシファーは若干、いやかなり引いていた。

 先ほどガタガタと揺れていたのは体をくねらせていただけなのでは?という考えに至り、思わず身震いする。


「んと……取り敢えずそいつ片付けてくれる?」

「ma5ti°」

 

 アスモディウスはダニエルの方を向きゆっくりと歩きだす。

 いや、ダニエルにはそのように見えた。

 しかし、既にアスモディウスは目の前に立っていることにすぐさま気づく。

 後ろに全力で飛びのくと、直後先ほどまで自分がいた場所にアスモディウスの拳が落ちた。 

 転生してから最も早い反応速度を出せたと自慢したいほどだったが、そのような暇はない。

 飛びのくという事は、足が完全に地面から離れ、魔法を使えない者は完全に無抵抗な状態になる、ということだ。

 そのタイミングをアスモディウスは逃さない。 

 地面に打ち付けた自身の拳をすぐさま引き戻し、宙に浮いたままのダニエルに追撃の一手を加える。


「テェァァァァ!!!」

 

 これがダニエルほどの身体能力を持たないものだったら、宙に浮いている間に空気とアスモディウスの高速の拳よって挟まれ、そのまま全身の骨や筋肉が押しつぶされていただろう。

 だがダニエル自身の能力によって強化された肉体で、全力で前から来る衝撃を耐える。

 勿論タダでは済まず、全身の骨という骨が折れる。

 

「ゲハッッ……」


 内臓に骨が刺さったことによる体内の出血の影響で、吐血する。

 先ほどの衝撃で血管の圧力が高くなりすぎたことで、あちこち破れ、その髪が赤いのは地毛なのか、はたまた血の色なのか、その見分けがつかないほど彼は頭から足まで血だらけだった。

  

「ア……アゥ……」

 

 肺にも骨が刺さっているからか、まともに呼吸が出来ておらず、スゥースゥーという音が漏れている。

 両手を地面につき、ルシファーを睨みつける。


「ぎ……ざま。ごの……ような化けぼのの味方をずるだど……ぜいぎょうがいが黙ってだいぞ……」

「別に聖教会なんて知らんがな。俺はヒロインに会いたいだけ。つか、テメェみたいな転生者にヒロインがとられるこっちの身にもなりやがれ!」


 グシャリ、と音を立てて、アスモディウスがゆっくりとダニエルをつぶす。

 まるでルシファーを呪うかのような死に顔だった。

 


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「あー、疲れた。」


 バベル三十三層・遊楽の間に置いてあるソファーへ、ルシファーはジャンプし、バフッという音を立てて横になる。

 普段はこの場所で各階層からの報告を受けており、何かあればバフォメットと共にその階層へと向かっている。


 彼の横でバフォメットが労いの言葉を掛ける。


「大変お疲れさまでした。外の世界はいかがでしたか?」

「いや、大変だったよ。向こうで転生者の聖騎士に会ってさー。」

「なるほど。それでベリアルが戦闘不能になったということですね。まぁ、相性からすれば当然でしょうけれども。」

「あいつからすれば最悪だったろうね。まー、戦闘不能ってほどではなかったよ?あ!そういや、あいつ帰りにも主人公みたいなことしててさ……」

 

 ルシファーは聖騎士と戦った後の事を思い出し、話し始めた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「ベリアル様!!」


 村からバベルへと戻ろうと、ルシファー達は人気のない村の門付近へとやって来た。

 門付近は聖騎士によって占拠されていたため、誰も村の人間は近づこうとしなかったので、転移するのを見られる心配がなかったからだ。

 転移を見られても問題はないが、ルシファーは誰かに文句を言われる前に、早めに撤収しようと考えていたのだ。 


(今回の落とし前どうしてくれるんじゃあ?!とか言われても困るし)


 聖騎士達との争いで多くの家屋に被害が出た。

 特に門付近の家は酷い。  

 ほぼ焼け落ちている家がちらほらあり、そうでなくとも壁が焼け落ち、中が一部見えている家もあった。

 再建するにも、地方の村では時間がかかるだろう。

 とは言え、人間の村のことなど知ったことでは無い。

 勝手に壊されて、勝手に作り直せば良いのだ。

 もし彼らがそれを嫌と思うなら、一人一人がまずは自分自身の家を守るしかない。

 力が足りなければ補うしかないし、傭兵(この世界にいるのかは知らないが)を雇う金がないというなら、自分たちが強くなるしかない。

 

(いや、今回は守ってくれるはずの聖騎士に襲われたんだからあまり強くは言えないか……)


 本来ならこの村は聖騎士達の庇護下にあったのに、ルシファー達が来てしまい、悪魔を匿っていると思われ、今のような惨状が広がっていると考えると、責め立てることはできなかった。


 そんな事を思いながら、後ろにアスモディウス、ベリアル、そして護衛の虫達を連れて門をくぐった時に、トリシャに捕まったのだ。


 彼女は村人達に何があったのか、ルシファー達が何者なのか、そしてその責任が自分にあることを話して来たようだ。

 大人達にはかなり責め立てられたようだ。

 胸ぐらを掴まれたためか、襟は不自然に伸びている。

 だが、そこでのことを詳しくは話してはくれなかった。

 俺たちはの責任転嫁になってしまうとおもったのだろう。


「ベリアル様、本当にご迷惑をお掛けしました!」

「何のことです?」

「私を庇って、怪我を……」


 どうやら炎からトリシャを守った時のことを言っているようだ。

 

「いえ、あの程度……!?」

「なっ!?」


 ベリアルと同時にルシファーも驚く。

 突然ベリアルに駆け寄ってきて、そのまま抱きしめたのだ。

 

「ごめんなさい……本当にごめんなさい。」


 するとベリアルはさも当然の様にトリシャの髪を撫で、声を掛ける。


「貴方を守りたかっただけですよ。それに、ほらあの魔法でほとんど傷は付けられていません。」


 と言って、自身の背中を見せる。

 炎で焦げていた部分は既に回復しており、今は漆で塗った様に綺麗な艶を放っている。


(おい、コラ。何王子様系主人公やってんだよ。その位置は俺だから!俺、だ、か、ら!!)


 その想いが通じたのかは知らないが、ベリアルはトリシャから離れる。


「ですから、貴方は何も気にせず今まで通り生きていけば良いのです。」

「べ……べりあるしゃまぁぁぁ!」


 ルシファーは鼻水と涙でグショグショなトリシャを見て、あぁやっぱ勘弁、と何様だと言われそうなことを思う。


「「「おーい!るしふぁー!!」」」


 ベリアルがトリシャを泣き止ませようとしている様子を見ていると、突然声をかけられた。

 目をやれば、こちらに向かって子供達が駆けてくるのが見える。

 

「るしふぁー帰っちゃうの!?」

「帰るよ。」

「えぇぇーー、もっと遊ぼうよー!」

「やだよ。」

「じゃあサッカー教えてー!」

「むりー。」

 

 三文字縛りで、生返事をする。

 すると、


「けちー!」

「あほー!」

「まぬけー!」


 などと幼稚な罵倒をしてくるが、そんな事にいちいち反応しているほど、ルシファーは暇ではないのだ。


「んじゃ俺たちは帰る……」

「そんなんじゃ彼女出来な……」

「よぉし!お前ら全員対俺一人でサッカーやるぞ!全員ぶっつぶしてやる!」


 ルシファーはふんっ、と鼻息を荒くしながら子供達と共に(というより、子供達の先頭に立ち)、聖騎士達の被害から免れた広場へ消えていった。

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