第11話

「して、能力上昇の転生者がやられたという報告は真か?」

 

 鳥の羽で出来た白い扇を煽ぎながら、邸内の庭を歩く者とその少し後ろを行く者の姿があった。

 先頭を歩くのは絶世の美女だ。

 肩を軽く超えるほどのロングヘアは艶を帯び、錦糸の装飾を施した紅色であでやかな衣装を着ている。

 時折服の間から見せる肌は白く美しい。

 もう一人は美形の青年聖騎士だ。

 腰から下げている剣には、刀身の柄に近い部分に光華聖教会が誇るアルマンドラ・グリフォスという宝玉が埋め込まれている。

 虹色の光りを放ち、その秘めたる力の強さを物語る。


「はい。聖騎士団一中隊が全滅したようです。」

「全滅?では、その情報は何処から流れて来たのじゃ?」

「最寄りの駐屯地に戻る頃になっても連絡がなかったため、兵が捜索したそうです。

 すると、東方の小さな村で争いの跡があり、聖騎士たちの剣が見つかったようで。」

「村人共に殺されるとは思えぬのぅ。強力なモンスターでも出たか?村人に生き残りは?」

「皆生きていたそうです。村長が言うには『聖騎士様が我々のために命を張って強力なモンスターと戦った』と。」


 ふっ、と美女ウリエルは馬鹿にするかのように笑う。


「嘘に決まっておろう?何者かの手によって殺され、その者がを村人たちが匿っているだけじゃ。

 モンスター相手に全滅するようなら、村人など残っておらんわ。」

「私も同感です。すぐにその村を潰しにかかりますか?」

「いや、後ろに居る者の正体を暴くのが先じゃ。村の監視を強化するのみで良い。妾の可愛い手駒に手を出したのじゃ。簡単には殺さぬ、じっくりとその身を焼かせて貰おう。のぅ?」


 ウリエルは歪んだ笑みを浮かべる。

 一方の青年ガブリエルは「また一人彼女の玩具になるのか」と頭を抱える。

 ウリエルは極度のサディストだ。

 その美貌を餌に男女問わず捕まえ、その者たちの人格をどんどん壊していく。

 そんな彼女の性格のせいで、この宮殿の彼女の部屋には既に何人もの廃人がたまっている。

 

「それも良いですが、その前にお部屋の廃人を幾人か処分されては?」

「そうだな、完全に廃人になったものは捨てるとするか……いや、廃人でももっと苦しめば更にその奥に進めるかもしれん……」


 どんどん深みに嵌っていくウリエルの頭には、聖騎士たちを殺した者への憎しみなどはなかった。

 ただ、誰かを痛めつけたいという純粋な感情のみ。

 そんな人物が、聖騎士団結成以来の最強と言われているなど、教徒たちには言えまい。


(もう少し、まともな性格なら……)


「む?お主、また失礼なことを考えておったな?」

「はい。」

「はいって……全く礼儀というものを知らんやつよのぅ。」


 どうせ隠せはしないのだからと思い、ガブリエルは嘘はつかない。

 彼のその態度を見て、つまらなそうな表情をウリエルは浮かべる。

 好物なのは、あまりの美貌におろおろとし、犬の様に振舞うような人物だ。

 ガブリエルのように、自分と話しても全く緊張しない者は面白くなかった。


「そういえば、バベルの掃討作戦に向けた準備が各地で完了したそうですよ。ウリエル様は行かれますか?」

「あの人が帰らざる塔にか?お主、妾に死んでほしいのか?」

「死んでほしくはないですよ?ただ、たまには痛めつけられる側になるのもよろしいかと。」

「カハハハハ!」


 ウリエルはガブリエルと話していて久しぶりに楽しいと感じた。

 いつもつまらぬ男だと思っていたが、そのようなことを言うとは思いもよらなかった。


「良かろう。妾も久方ぶりに前線に出ることとしようぞ。」


 その返事を聞き、静かにガブリエルは頷く。


「分かりました。では出発の準備が出来次第お声がけさせていただきますね。」

「うむ。待っておるぞ。」


 カカカという笑い声が庭中に響き渡った。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 アシャニア共和国の参謀本部は慌ただしかった。

 昨晩、各地に送っている斥候からの定時報告があった。

 普段であれば、今朝は各国の経済状況の変化などを解析するばかりなのだが、今回の報告の中にこれまで一切不明とされていた情報の一部があった。


「バベルの者と接触を図っただと!?」


 アシャニア共和国は情報国家だ。

 どんなに小さな地域であっても斥候を送り、そこから得られる情報をもとに今後の国の運営を変えていく。

 戦争の火種になりそうな問題があれば相手国から要求される前に打開策を撃ち、近隣諸国が脅威になるであろうということが分かれば、軍を準備させる余裕を与えずに早急に叩く。

 そうすることで国を拡大させ、更に安定した国家運営へを結び付けた。


 そんな彼らにも全く知りえない情報があった。

 『バベル』だ。

 斥候を送っても一切帰って来ず、あまりにもリターンが少なすぎるという結論に至り、ここ最近は関わらないようにしていた。

 だが今回、バベルから離れた村で悪魔を村長の娘が連れてきたことが原因となり、聖騎士との諍いが起きたようだ。

 しかも、送っていた斥候によると、その悪魔というのがバベルの悪魔らしい。


「すぐにその村に追加の斥候を送れ!」


 命令を出すのは参謀本部長ウルカストス・バスヘル。

 斥候として十年、参謀本部に来て二十年、そして今の職に就いて早十年。

 四十年間に戦争や内乱など多くの出来事があった。

 だが、今ほど心躍るときはない。

 彼は強く確信していた。


(遂にバベルが動き出したのだ!今、この瞬間に動かない手はない!)


 バベル近隣の村や町に数十人態勢の斥候を、有能な冒険者にバベル周辺の森に住むモンスターの討伐を、さらには各地の勇者の情報をまとめ上げその者たちでチームを組ませ、一気に攻略へと移る準備を開始した。

 そして彼自身は、バベルの悪魔を連れてきたという娘に会いに行く用意をした。

 


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「誰でもいいから抱かれたい。」


 バベル三十三階・遊楽の間においてあるソファーに横になりながら、ふと思い立ったようにそんなことを言う人物など、この場に一人しかいない。


「では、スケルトンをお呼びいたしましょうか?」

「いやっ……誰でもいいから抱かれたい。」

「また女ですか……」

「またって何よ、またって。あー、ほんとだったらこの間の村で女の子をバババッと百人くらい引き連れて帰ってくるつもりだったのになー。」


 ルシファーだ。

 この前訪れた村では一人の女も捕まえることが出来なかった。

 連れたのは少年少女たちばかり。


(俺はロリコンじゃねぇしなー……いや、待てよ!あいつらをここに連れてきて育てれば、いずれあの中から美人が出てくるかもしれな……)


「魔王様、また変なことをお考えになっているようですが、彼らはここの食料は好まないかと。」


 一言もルシファーは自身の考えを声に出していなかったが、バフォメットには全てお見通しだったようだ。


「だー。チクショー。なんかいい手立てない?こう、パパッと彼女が出来そうな方法とか。レンジでチンしたら彼女が出てきました、的な。」

「レンジでチン、というのが何かわかりませんが、手はあると思いますよ。」

「まじ!?」


 ソファーから飛び起きる。


(そういや、こいつ参謀だったわ!もっと早くに頼ってればよかった!もう、俺ったら馬鹿なんだからぁ。)


 などと、思った自分が馬鹿だった。

 バフォメットは悪魔であり人間の感性とは全く異なるのだから。


「まず女をここに連れてきて監禁します。そして……」

「いやいやいや、待て待て待て待て!」


 平然と話すバフォメットが思い切りの良過ぎることを言う。


「はい?何かご不明な点が?」

「明らかにおかしいっていうか、彼女欲しくて監禁する奴がどこにいるよ!やばい奴だろそれ!」

「実に合理的だと思うのですが……監禁して魔王様と四六時中いれば魔王様の事しか考えられなくなるかと……」

「それなんて言うか知ってる?ただの誘拐犯よ?俺捕まっちゃうじゃん!」


 ルシファーは両手を揃え手錠をはめられる演技をする。


「その点に関してはお任せを。バベル総出で魔王様をお守りいたしますので。」

「うわ、なにその安心感!?なんだろ、俺が転生してきた理由って女の子を誘拐するためだったの!?いやだ、俺はもっとイケメンに……」

「すぐに連れてまいりますね。」

「っておーい!絶対止めろ!そんなことしたらこの小説削除されちゃうから!」

「なるほど……分かりました。」


 もはやそれで納得するんかい!とルシファーは突っ込みを入れ、ルシファーは再びソファーに横になる。


「あぁ、そういや、あの村どうなったの?」


 ふと思い出したようにルシファーが訪ねる。


「聖騎士の方々にはモンスターに襲われた、と言っているそうですよ。特に何もされずに済んだようです。生き残りの聖騎士が情報を漏らさなかったのが良かったようですね。

 そして、村には各地からスパイと思しき人物が訪れており、この近くの森で狩りをする冒険者が多くなっております。」

「ふーん。まぁそれならいいや。で、バフォメット。これが君の狙い?」


 バフォメットは心臓がないにも関わらず、どきんとした感覚に襲われた。


「な、何のことでしょうか?」

「いや、聖騎士を呼んだのお前だろ?

 聖騎士たちの中に潜ませているグレシルの部下に命じて、「モンスターが出た」とか適当な情報を騎士団に流してあの村へ向かわせた。

 そうすりゃ探知系魔法を使える奴にベリアルがいることがバレる。

 そっから後はドンパチするしかない。

 村でそんなことになれば、当然その原因を村人は探すし、そうなればあの娘はバベルのことを村中の者に話すしかなく、そこから情報を漏れる。」

「バレて……しまいましたか。」


 バフォメットは自身の策がバレたことに恐怖などしていなかった。

 彼は、ただただルシファーの推理力の高さに感服していた。


「狙いはここに人間たちを向かわせることか?」

「はい。」

「狙わせて何をさせたい?殺しか?」


 バフォメットは首を横に振る。


「いえ、ただの殺しではありません。

 大陸全土を巻き込んだ大戦での大量殺戮です。」

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