第9話

 この世界には魔法や武術以外に能力と呼ばれるものがある。

 それはフィリップスの『未来予知』、バフォメットの『英知の瞳』、ダニエルの『永久上昇機関』と言ったものが含まれる。

 生まれながらにしてこの世界の生物全てが持つこういった力が能力だ。

 そして、誰しもが持つこの能力に対してのある種のキラーとも言えるのがベリアルの能力なのだが……


(相性が悪いですね……)


 ベリアルは戦いながら、目の前の聖騎士ダニエルと自分の能力の相性が良くないことを悟る。

 

 魔将ベリアルの能力は『能力無効』。


 ベリアル自身を対象とする能力を常時無効化する能力だ。

 常時発動するこの能力は、以前バベルに侵入してきた転生勇者のフィリップスが使う様な『未来予知』などは完全に無効化できる。

 『未来予知』は対象に対して能力を発動し、未来の動きを知るものだからだ。

 対象に取った時点で、ベリアルにより無効化される。


 一方、二つの弱点がある。

 一つ目は、羽を有する種類の悪魔でありながら、『飛行』の能力を使うことができない。

 これは、自身に対して『飛行』を使おうとすると、その能力すら『能力無効』で無効化されてしまうことに起因する。


 二つ目は、能力でない物理攻撃や魔法攻撃などには無力だ、という点だ。

 相手が能力を使わない場合、ベリアルは素の殴り合いをしなければいけない。

 だが、その場合においても、悪魔と人間の間には元々大きな力の差がある。

 並みの人間レベルでベリアルは負ける事はない。


(しかし、自身を強化する能力ですか。しかも転生者。

 ……本来ならあまり戦いたくはない相手ですね。)


 とは言え、ルシファーから時間を稼ぐよう言われている。

 彼は倒せとは言わなかった。

 恐らく、相性の悪さに気付いていたのだろう。


(あの一瞬で気付かれるとは……流石ルシファー様です。)


 そう。

 ルシファーはベリアル達の戦いを直接見ていたわけではない。

 にも関わらず、一瞬見たベリアルの怪我の様子からそこまで把握したのだ。

 自らの主の頭の回転の早さに舌を巻きつつ、その思いに答えようと、目の前の相手に集中する。

 

 ルシファーがバフォメットに伝えた内容を考えれば、別にベリアルは相手を倒す必要はない。

 ただ単に時間を稼げばそれで勝ちだ。

 そう考え、攻撃魔法の使用を止め、硬化魔法を使う。

 

「金剛(バジュラ)。」


 硬化魔法の中でも上位の魔法であり、上から岩石が落ちてきても岩石の方が割れるほどの硬さを得る事が出来る。

 全身に硬化魔法を掛け、長期戦に備える。


「防御魔法か?無駄なことを!!」


 ダニエルが上から剣を力一杯振り下ろす。これまでの小競り合いと違い、聖騎士でさえ食らえば脳天から真っ二つにされるであろう一撃だ。

 だが、ベリアルは真正面から対抗し、自身の両手の爪を交差させ盾とすることで身を守る。

 いくら金剛で硬化していると言っても、ダニエルの上昇し続けてきた筋力の前に、左の爪の先が欠ける。

 そして二人の激突による衝撃波が辺りの家にぶつかり窓が割れる。

 その様子を見て、しまったとベリアルは焦る。


(村の人や建物に被害を与えるなと仰られていたのに……)


 だが、追撃が次々と来るので後悔している暇が無い。

 ダニエルは先ほどのような大きな威力を持つ攻撃をした後でも一切息は切れておらず、

  

(しかし、これ以降はそのような事させませんよ。)


 二人の打ち合いはまだまだ続く。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「悪魔のくせにやるじゃねぇか!」


 ダニエルは、久し振りに長引く戦いを楽しんでいた。

 お互いの反応速度は同じ。

 そして、先程まではダニエルがベリアルを力で圧倒していたが、防御魔法をかけられてからは互いに一歩も引かない攻防が続いている。

 ダニエルが音速を遥かに超えるスピードで剣を振り下ろしているにも関わらず、ベリアルはそれを見切り、正面から受け続けている。

 フェイントなど入れている余裕はなかった。常に全力を出し続けなければ、逆に隙をつかれるだけだと、本能が警告していたからだ。


 お互いに決定打に欠け、消耗戦に入っていた。


(だが、俺はこうしている今も強くなり続けている。

 このまま戦っていれば、いずれ……!?)


「お、おい!逃げんな!」


 突然何かに気づいたように、悪魔は仲間と思われる転生者の方を向き、目にも留まらぬ速さで駆けていった。

 自分との戦いに逃げたと思い、その後をダニエルも追いかけた。

 一歩遅れてベリアルに追いついた彼は、衝撃の光景を目の当たりにする。

 

 悪魔が炎から人間を守る姿を。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 トリシャはルシファーに家に隠れていろと言われたものの、聖騎士に挨拶をしに行った祖父ジムが心配になった。

 そのため、その命令を無視して祖父を探しに外に出たのだ。

 家から出ると、その惨劇に自身の目を疑った。あちこちで火災が発生しており、叫び声が止まないのだ。

 そして、村の門へ近づくにつれ炎に包まれた家が増え、逃げ惑う人々でごった返している。

 驚いたのはその人々を襲っているのは聖騎士であったことだ。

 その理由は分かっている。


(私のせいだ……)


 ベリアルが聖騎士たちに悪魔であることが知られたのだろう。だとすれば、この惨劇はトリシャがベリアルを連れ村に帰ってきてしまったことが原因であるのは明らかだ。

 そうすれば、聖騎士たちも何もせず、そのまま事なきを得たのかもしれないのに。

 考えれば考えるほど、あの時何もせずバベルから立ち去っていれば……と後悔せずにはいられない。

 一心不乱に村を駆け、門の近くまで行くと、そこに祖父とルシファーの姿があった。

 走る足は止めずに、声を掛ける。

 

「おじいちゃん!!」

「トリシャ!来てはだめだ!!」


 その声に思わず立ち止まる。

 直後、彼女の前に炎の塊が落ちてくる。

 気が付けば、彼女は聖騎士たちに囲まれていた。

 魔虫によりルシファー達の下へ行くことが出来ない彼らは、大回りして囲むような陣形を取っていたのだ。

 ちょうど囲み終わりかけのところに、タイミング悪くトリシャが飛び込んできてしまったのだ。

 

「まずはガキから仕留めろ!!」


 ある騎士の声を皮切りに、トリシャの周りに複数の火の玉が作られる。

 

「放てぇぇぇ!!!」


 トリシャは自分の死を覚悟した。

 だが、仕方のないことだ。

 これは彼女自身が招いた問題であり、むしろ死ぬのは当然なのだから。

 悔いるのは、関係のない人々が殺されてしまったことのみだった。


「な、貴様!!!」


 しかし、トリシャは自身の前で炎の盾となる悪魔によって守られた。


「ベリアル様!!」


 その場に崩れこむベリアルに駆け寄る。

 爪は数本無くなっており、今の炎によって羽の一部が焦げていた。


「怪我はありませんか?」


 そう、優しい声で尋ねられ、ここに来るまで耐えてきた涙が一気にあふれる。


「そ、そんなどうして私なんかを……ひっぐ、ベリアルざまが怪我をなざるびつようだんで……」

「あなたを怪我させるわけにはいきませんから。さぁ、ルシファー様の所へ。」


 涙のせいで自分でも聞き取りづらい声になっているのを自覚しつつ、そっと押してくれる背中の温かみによって不安が吹き飛ぶ。

 今まで感じたことのないような温かさだった。

 そして、決心した。

 終わったらきちんと皆に話そう。

 決して謝って済まされることではないけれど。

  



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

(あいつ……またやりやがった。)


 トリシャの盾にベリアルがなる姿を見て、ルシファーはため息をつく。

 絶妙なタイミングで最高の人物が現れたのだ。


(ベリアル、主人公属性強すぎないか?てか、今回俺の出番薄くね?!)


 と、今後の展開を危ぶみつつも、ルシファーにバフォメットから通信が入った。

 その報告を聞き、よし、とこちらに向かってくる聖騎士たちに視線を移す。


「魔虫ども!戻ってこい!」


 直後、正面の聖騎士たちの動きを押さえていた魔虫たちがルシファーの下へ移動を始める。

 突然動けるようになった聖騎士たちは、うわっと前に倒れこむ。

 ルシファーの下へ来た魔虫たちが幻影魔法と色を変える能力を解除すると、一斉に姿を見せた。

 それを確認し、ルシファーは聖騎士たちに向かって一歩前へ出る。


「言っておくがな、俺は転生者だが、テメェらみたいな屑どもが聖騎士だなんて思ってなかったぞ?

 教典に違反するだの、神への反逆だの知らねぇが、自分のとこの人間をすぐに切り捨てるような奴を俺は嫌いだね。」

「貴様のような悪魔の下についてような人間に言われる筋合いなどない!」


 赤髪の騎士、ダニエルが声を上げる。


「貴様ら全員、この場で抹殺する!」

「やれるもんならやってみな……ちなみに副隊長さん、あんたそこから離れないと死ぬぜ?」


 そういって隊長不在の間指揮を執っていた者に人差し指を向ける。

 一瞬焦りの表情を見せるが、探知魔法を使う者から敵は彼らしかいない、ということを思い出したようで、すぐにベリアルに目を向け笑う。


「お仲間の悪魔なら、もうヘトヘトではないか!そのようなハッタリには騙され……」


 ドンッ、という轟音が響き渡り、土煙が舞い上がる。


「だから警告してやったのに……」


 というルシファーの呟きに聖騎士たちが気付くころ、煙の中から巨大な石の塊が現れた。


「dinblsi2\gjek」

「何言ってるかわかんないけど、そこの騎士たちを殺してくれる?」

「4gdnb^0o」


 人の言葉を話さない石の巨兵。

 それはバベルの者であればすぐに気づいたであろう。

 四魔神・岩石のアーキテクト・巨神兵ゴーレムアスモディウスであると。

 ベリアル達、八魔将とは次元の違う強さを持つ彼らが、バベルの外へ出ること、そして活動することを許した事実はルシファーが本気で聖騎士たちをつぶそうと考えていたことを裏付ける。

 圧倒的なまでに。

 完膚なきまでに。

 一握の希望すら与えずに。


 これより、絶対者による制圧が始まる。

 

 

 

 

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