第8話

 ジムは目の前の光景が夢であってほしかった。

 近くの民家は炎の中に包まれ、その火はどんどん勢いを増して次々と他の民家に移っていく。

 突然の火に叫び声をあげながら、燃え上がる炎の中から命からがら逃げだす者の姿が目に入る。

 

「聖騎士様!村には多くの村民がおります!!魔法を使うのをお止めください!!」


 この村に聖騎士が来たという知らせの鐘の音を聞き、挨拶をし村の門に来た。

 初めのうちは何事もなく、先頭を歩く隊長らしき人物に『村に変わったことはないか?』といった質問をされただけだった。

 問題が起きたのは、聖騎士たちの列の後ろから一人の人物が先頭の隊長らしき者に耳打ちしたときだった。

 突然、目つきが変わり、遠くを歩いていたベリアルに向かって切り掛かったのだ。

 そして、他の聖騎士たちもベリアルに魔法を繰り出すようになった。

 その飛び火が、今の惨劇を招いている。


「黙れ、貴様ら悪魔を匿っていたな?!異常がないか地方を巡回してみればこれだ!!

 貴様らの行為は聖教会への反逆と見なす!

 隊長が悪魔の相手をしている間、総員、村人を皆殺しにしろ!」

「っ!?」


 あまりに突飛であり、ジムは何を言われたのか訳が分からなかった。

 大体、トリシャを助けてくれたベリアルが悪魔であるなど……

 そんな彼の首に容赦なく聖騎士の冷たい剣が突き刺さる……ように見えた。

 だが、剣は見えない何かに当たっているようで、ジムの首まで到達していなかった。

 ジムだけではなく、剣を刺そうとした聖騎士も何が起こったのか分からず混乱する。

 

「爺さん!こっちに来い!」


 声のする方を振り返ると、ルシファーの姿が見えた。

 頭の中が既に真っ白になっていたからか、言われた通りの行動を無意識にとる。

 聖騎士たちの前から、一目散にルシファーの元まで走る。だが、年のせいで早くは走れない。

 

「待て!!おい、あのジジイを追いかけろ!!」

 

 追いかけてくる聖騎士の鎧の音がジムにより強い恐怖感を与え、パニック状態に陥る。

 だが、いつまで経っても背中を剣で斬られる感覚がやってこない。

 

「大変なとこ悪いな、爺さん。何があったか教えてくれるか?」

「い、いや、早く逃げよう!!ここは危ない!!」


 そう言って自身の後を追ってくる聖騎士を指差そうとして振り返った瞬間、目を見張る光景が広がっていた。

 聖騎士たちが何かに邪魔されてこちら側に来れていないのだ。


「あ、こっちに来れないし、それに今ここは多分村で一番安全だから心配しなくていいよ。それより、どうしてこうなってるのか教えて。」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ジムは自身の知り得る限りの情報をルシファーに伝えた。

 とは言っても、ジム本人もあまり良く分かっていないのできちんと伝えられたのかは不安だった。

 

「はぁ!?本当にそいつらが聖騎士なのか?」

「えぇ、肩に光華聖教会の模様があったので間違いありません。」

「な……滅茶苦茶だな、おい。」

「仕方ありません、彼らは厚い信仰心がありますから……ですが、ベリアルさんが悪魔だなんて信じられません。何かの間違いでしょう。」

「あー、いや、それについては本当に申し訳ないんだけど……本当だよ。」

「えっ!?それはどういう……」

「あいつはバベルの悪魔で、俺はその主ってこと。」

「はい!??」


 そこでルシファーはここまであった本当のことをジムに伝えた。


「ほんと、ここにはただの気まぐれで来たんだよ?

 だけど、まさか聖騎士が来るなんて思わなくてさ……」

「そう……だったのですか。」


 ルシファーは出ていけ、と言われる覚悟をしつつも、まぁ仕方ないなと諦めていた。

 向こうからしたら災いをもたらした最悪な、いや災厄な者たちなのだから。

 

(なかなか、うまく行かないもんだねぇ……)

 と、一人感傷に浸っていたが、ジムから思いもよらない返事が返ってきた。


「ですが、トリシャを助けて下さったのは本当なのですよね?」

「へ?うん。そうだけど。」

「聖教徒である者が悪魔に言うセリフではないかもしれませんが……孫娘を助けて頂きありがとうございました! 

 そして、身勝手だという事は重々承知したうえでお願いしたいことがございます。

 我々を助けてはいただけないでしょうか?」


 そう言って頭を下げるジムを見て、ルシファーはあれれと思った。

 てっきり怒られるばかり思っていたのだが、違ったようだ。


 だがそれは、ジムたちバベルの外に住む者たちにとっては当然の反応だった。

 聖教会から敵と認識されれば例えこちらに非がなくとも、皆殺しにあうことをジムは知っている。過去にいくつもの町が一人も残さず、殲滅されているからだ。

 敵対組織に対して慈悲や一考の予知を与えることがない、それが光華聖教会のやり方でもある。

 一度敵対すればもう終わりなのだ。そして、その組織の巨大さから逃げ場などない。

 そのような者たちに目をつけられてしまった今だからこそ、自分たちを守ってくれる存在が新たに必要なのだ。

 それが「悪魔」であろうとも。


 一方ルシファーは、一つの重要な事に気づく。


(もしかして、これって噂に聞くところの、転生者っぽい流れじゃない?!)


 助けを求める人物がいて、それに応えるだけの力がある。

 相手は生死が懸かっているし、助ければ今後良い関係を気付いていくことが可能になる。

 それに気づくと、ルシファーは鼻の下を伸ばしながら、返事を返す。


「いやぁ、当然の事、そう当然の事をしたまでですよぉ。さぁ、頭を上げてください。いいでしょう。私がこの町を救って見せましょう!」


 ジムは『おぉぉ』と声を漏らし、感謝の言葉を何度も述べた。


(これよ、これ。あー、やっぱ悪魔みたいに悪い事するより勇者みたいに良い事をする方が気持ちいいぃぃ)


 とは思ったものの、実際ここから頼るのは全員悪魔であることに考えが至り、一気に「転生勇者として生きていく」という夢から現実へと引き戻される。

 

 ちょうどその時、目の前に何かがもの凄い速さで落下してきた。

 轟音が直後に轟き、体がびくっとなる。


「おい、ベリアル!大丈夫か?!」

「申し訳ございません。敵に探知魔法を使われていたらしく、正体が知られてしまいました。」

「だろうな、爺さんから聞いてて、そうだと思った。」


 見れば、五本あるはずの彼の右手の長い爪が二本欠けていた。

 ほかにも体中があちこちケガしているようで、戦いの激しさと相手が強敵であることを物語っていた。

 ベリアルがここまで押されること自体見るのは初めてだったので、ルシファーは驚いていた。

 こんなことが出来るのは、ただの勇者では絶対ない。

 あるとすれば……

 

「なんだ?仲間がいたのか?」


 その声の主を見ると赤い髪をした聖騎士だった。

 手には煌々と輝く立派な剣が握られている。

 魔将であるベリアルをもってしても、傷一つ負わせられていなかった。


「転生者か……」

「お前も転生者なのか?転生者のくせして悪魔なんかの味方になるとは、お前馬鹿だな!」


 見た時はベリアルは勝てるのか?と不安に思う気持ちがあった。

 だが、その言葉を聞いた瞬間、そんな不安は吹き飛び、ルシファーの中で目の前の赤い髪の騎士を殺すことは確定した。


「おい、ベリアル。もう少し時間を稼げ。」


 バベルの門で自身が浴びた声より更に冷たい声をベリアルは聞いた。

 ルシファーが本気で怒っていることを即座に感じ取り、自身が負った傷の痛みなど忘れる。


「そして、この村の人や建物に被害が出ないように戦え。出来るな?」

「はっ!」

「そして魔虫、来て姿を見せろ。」

 

 すっと姿を見せる一匹の変色魔虫。

 ほかの魔虫たちは今、聖騎士たちを足止めしているためここに来れないため、ルシファー本人の護衛役の一匹のみが現れた。

 

「転移してバフォメットに伝えてほしいことがある。」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

(全く、馬鹿なことをしたものだ。)


 そう赤い髪の聖騎士ダニエル・エル・ギマールは目の前の自分と同じ転生者を見憐れんだ。

 

 彼が転生してきたのはおよそ八年前。

 自動車事故にあってそのまま死亡、そしてこの世界に転生した。

 肉体は死ぬ直前のままだったので、すぐに行動を開始することが出来た。

 生計を立てるため、彼は大工として働き始めた。あまり肉体労働は得意ではなかったが、生きていくためと思い、日々勤しんでいた。

 しかしすぐ、自身に与えられた能力に気が付いた。


 『永久上昇機関』


 その能力は、自身の身体能力を時間と共にどんどん強化するというものだった。

 初めに気づいたのは、木を運んでいるときだった。最初の内はタイヤのついた専用の道具で運んでいた木の柱だったが、ある時片手で持ち上げることが出来たのだ。

 そしてしばらくすると、より重い鉄や鉛の塊なども楽々運ぶことが出来るようになった。


 一年経ってある程度強くなった時、彼は聖騎士団へ入団した。

 入団当時はまだ下級の兵士と同じくらいの実力しかなかったが、三年も経つと騎士団の中でも上位の強さを誇るようになった。

 そして、転生してから八年経つ今、彼は各地を巡回警備する部隊の隊長を任されている。

 その強さは元々の身体能力の何千、何万、何十万倍にも膨れ上がっており、並みのモンスターなど敵ではなかった。


 そんな彼だからこそ、自身と同じ転生者でありながら、わざわざ命を狙われる側についている目の前の青年を馬鹿馬鹿しく思った。

 聖騎士として過ごしていれば、より良い待遇を受けられたというのに……

 聖騎士の待遇は最高で、どこに行っても受けられる。

 食べ物は高級なものを優先して提供されるし、止まる宿も質が良い場所にタダで泊まれる。

 まさに夢のような生活なのだ。


(悪く思うなよ?)


 だが、今はまず青年の前に立ちふさがる悪魔を倒すのが先だ、と割り切り剣を握りなおす。


(それにしてもこの悪魔、普通の個体より丈夫だな。何者だ?)


 いつもなら一撃で斬り殺せるところなのだが、この悪魔はよほど丈夫らしい。 

 怪我は追っているが、どれも致命傷ではないようだ。

 

(まぁ、こちらに一切傷を負わせられていないから、所詮その程度の実力という事だ。)


 そして、ベリアルとダニエルは再び激しく争い始めた。

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