第7話

「短時間でこの者たち皆の心を掌握してしまうとは……流石ルシファー様です!」

「まぁ、こんくらいちょろいってもんよ!」


 フハハハと笑うルシファーの後ろには多くの子供が列を成している。

 それはルシファーが子供たちから高い支持を受けていることを意味した。


 なぜそんな事になったのかと言うと、広場で行ったサッカーで子供たちを圧倒したのだ。

 別にルシファーのサッカー技術が高かったというわけではない。むしろ普段遊んでいる子供たちのほうが技術面では上だろう。

 しかし、ルシファーにはそれを埋めるに有り余るほどのスピード、つまり脚力があったのだ。

 ドリブルで相手に抜かれても、その直後には再びその子の前に現れるのだ。抜いた子は驚き、隙が生じる。その隙をついてボールを奪取するのだ。

 ボールさえ取れればあとは一瞬だった。

 前に向かってバンと蹴り、そのボールが地面に着地する前に蹴ったボールに追いつく、という一人パス回しでゴール前まで辿り着き、めちゃくちゃな脚力でシュートを放つ。

 それを繰り返しているうちにルシファーが入ったチームは大きな点差をつけて勝利したのだ。

 

 その結果、子供たちの心を鷲掴みにしたのだ。

 今はルシファーにサッカーを習いたいという子供たちが彼の後ろについて回っているのだ。


(そりゃ、三年間毎日あんだけ階段上り下りしてりゃ脚力はつくよね。)


 基本バベル内で転移を行わないルシファーは一日で数千段の階段を上り下りしている。

 また、バベル内は侵入者が一気に上まで登って来れないように直通の階段がない。 

 直通がないというのは、一階から三階まで階段のみで垂直に上がれるような構造にはなっていないという事だ。

 必ず一つの階で大広間や細い通路などを経由させるようにしている。

 こうすることで、情報収集の時間を稼ぐことが出来るのだ。


 だが、これは転移魔法を使わないルシファーにとって地獄だった。

 どこに行くにしても歩いて、上って、歩いて、そして下るのだ。

 それを毎日、毎日繰り返すことによって、並々ならぬ脚力を手に入れたのだ。 


「るしふぁー!!早く教えてよーーー!!」

「ヘッ!教えてやらないよーだッ!!」

 

 えー、ずるーい、けちー、などという声が聞こえてくるがルシファーは気にせず、ベリアルとトリシャの方を向く。

 トリシャは自分の家の前に人だかりができていることに驚いている。

 

「凄いですね……いつの間にか子供たちの人気者になってる。」

「子供にモテても嬉しくないんだけどな……そんでベリアル、何の話してたんだ?」

「えぇ、それが……」

「わーーーーー!!!!」


 突然、トリシャが顔を真っ赤にしてルシファーとベリアルの会話を遮る。


「だ、だめです!!ベリアル様!!」

「……それがですね、この娘がどうやら色仕掛けをしてきたようでして……」

「はぁ!?」」

「わーーーーー!!!何で言っちゃうんですか!?」


(おのれベリアル、悪魔のくせして羨ましい奴め……)


「ルシファー様がご質問なされたのです。答えぬほうが無礼でしょう?」

「そういう問題ですか!?」

「はい。」

「も、もう!!!」


 トリシャは怒ったからなのか恥ずかしさのためなのか、家の中に入ってしまった。


「……お前、なんだか鈍感な主人公みたいだな。」

「何を言っておられるのですか、ルシファー様!この物語の主人公は貴方様ですよ!」

「あぁ、うん。慰めありがとう……」


 うぅ、と辛くなっているところに子供たちから追い打ちが入る。


「あー、るしふぁーが女の子泣かせたー!いけないんだーー!!」

「うるせぇ!とっとと帰んな!!」


 しっしっ!と手を振る。

 ルシファーがサッカーを教える気がないこと理解したのか、「ちぇー。」と子供たちは再び広場へと向かって行った。


(カワイ子ちゃんになってから出直して来な!)


 相も変わらずそんなことを考えているルシファーだったが、一つ気になる点があることを思い出した。


「あ、そういえばさっきバフォメットから連絡あったんだけど、ここに聖騎士が向かってきてるらしいよ。」


 バフォメットから通信魔法が入ってきたのは、ちょうどサッカーを切り上げようとしたタイミングだった。

 通信魔法とは、対象に対して脳内で直接言葉のやり取りをする、という魔法だ。

 ルシファーは通信魔法を使えないので会話を始めることは出来ないが、相手から通信を受けた場合は会話をすることが可能だ。

 

「聖騎士ですか?何用でしょうね?」

「さぁね。まさか俺たちが原因ってことはないだろうけど……」


 ルシファーが転生してから、聖騎士は今までバベルを攻めてきたことはないが、バフォメットからどのような者達なのかは聞いている。

 この世界に転生してきた者の多くが所属しているようで、かなりの強さらしい。

 法皇ディオニシスⅤ世という者をトップに据えた巨大宗教・光華聖教会の武力組織であり、人種や民族、文化を越え軍隊を成している。

 人間種以外に、オーク種、鳥獣種などがいるこの軍は大陸でもっとも強力であると言われている。

 総勢何千万ともいえる軍は各地に小規模の部隊を派遣しており、有事の際にはすぐに駆け付けることが出来るようにしている。

 バフォメットによると、こういった情報が手に入るのは、魔将グレシルが各地にスパイを送り込んでいるからなのだそうだ。


 スパイなどというものをわざわざ送っていることには理由がある。

 二百年前にバベルが攻められたことがあったそうで、その時は僅か三十名でバベル五十六層まで侵入を許している。

 バベルが内乱中であったことと、攻め込んできた者全員がかなりの猛者であったことが禍し、そこまで攻め込まれたようだ。

 まぁ、侵入してきた者は全員殺したようで、それ以降聖騎士たちがバベルを攻めてくることは無くなったようだが……

 二度とそのようなことが起こらぬよう、グレシルは内乱が終わってから諜報活動に勤しんでいるらしい。


(だいたい聖騎士って響きからしてカッコいいよな。俺もそっち側で転生していれば……)


 もっとモテていたのでは!?と思ってしまう。


「お前が殺されることはないと思うけど、一応気を付けてね。」

「はっ!お気遣いありがとうございます。万全を期して戦いたいと思います。」

「あ、いや、戦わなくていい。」

「はい?」


 ベリアルはてっきり聖騎士と一戦交えると思っていたのだが、ルシファーの考えは違うようだ。


「いや、ここで戦うと、この村の奴らに被害が出るだろ?」

「人間がどうなろうと、どうでもいいではありませんか?」


 人間をいつも殺している者らしい発言だった。

 殺す者や巻き添えになる者たちに対して、何の感情も抱かない。


「別にバベルに攻めてくる奴らはそうなんだけどさ……こいつらは違うじゃない?俺たちに敵対行動を起こしてないし。」

「おぉ、なるほど!流石ルシファー様です。人間にそこまでの慈悲をお与えになられるとは……」

「だろ?」


 ふっ、とイメージの中の聖騎士のようにかっこよくポーズを決める。

 

(あぁぁぁ、今の俺、超カッコいいわぁぁ……)


 勝手にルシファーが自惚れているだけだったが、その様はベリアルからすればまさに魔王の態度のように映った。

 

「だから、聖騎士が来てもこっちから手は出すなよ?そうすりゃ、そのまま何事もなく通り過ぎてくれるだろ。」

「畏まりました。」


 だが、このときルシファーは聖騎士の力を甘く見積もりすぎていた。

 バベルを五十層越えしてくる者たちなど、並みの勇者をはるかに凌駕しているのだから。

 その甘さが吉と出るか、はたまた凶と出るか……




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 翌朝、日が昇り始める頃、村の中に大きな鐘の音が響き渡った。

 トリシャの祖父ジムによれば、それは聖騎士たちが来た時の合図らしい。

 ジムは村長だから挨拶に行ってくる、と足早に出かけて行ったが、ルシファーは真の姿がバレることを危惧し、居間でまったり過ごしていた。

 

「あれ、ベリアルさんはどうされたんですか?」


 お茶を注ぎながらトリシャが訪ねてくる。

 持ってきた湯呑の数が三個であるところを見るに、一緒に飲むつもりだったのだろう。

 ちなみに、昨日は顔を合わせるたびに足早に別の部屋へ向かっていたが、今朝はそのようなことはしていなかった。

 一度寝れば嫌なことは忘れるタイプなのだろう。


「あぁ、ちょっと買い物に行かせてるー。」

「え、こんな早くにですか?」

「うん、聖騎士と鉢合わせる前に帰りたいから。」

「もう帰るんですか!!」


 トリシャは、グワッと顔を寄せくる。

 まだ帰らないで!というより、ベリアルを連れて行かないで!という顔つきだ。

 

(ベリアルに恋してるってこと知らなかったら、俺が恋に落ちちゃうわ……)


 と思いつつ答えを返す。


「あぁ。俺たちがいることがバレたら迷惑かけ……」


 その時、遠くで爆発音が聞こえた。

 まさかと思い、急いで外に出て様子を確認すると、音のした方に煙が上がっているのが見えた。

 そして、その煙の中から黒い翼をもつ者が現れ、地上からは白い服を纏った者がそれを追うように飛び、そして持っている剣で切り掛かる。

 遠くからでも見えるほどの火花が散った。

 

(黒い方はベリアルで間違いないな。

 ってことは白い方が聖騎士か?

 まったく……何で、バレたんだ?)


 すぐさま、トリシャに家の中へ避難しているよう伝える。


「隠れてろ!」

「る、ルシファーさんは?!」

「俺はあんたの爺さんに何があったのか話を聞きに行ってくる!」

「でしたら私も!」

「いや、足手まといになるから要らん!」


 そう言い残して、ジムがいるであろう村の門へ向かって走り出す。


(あー面倒くさ。)


 聖騎士がここで死んだと分かれば、この村に調査のための軍が派遣されてくるだろう。

 そうなれば、折角居心地のよい村を見つけたのに、またほかの村や町を探さなくてはならない。

 そのことが、たいそう億劫なルシファーなのだった。

 










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