第6話かかって来い、ガキども

 しばらくして、ベリアルとトリシャが戻ってきた。

 ルシファーは、トリシャの顔がほんのり赤みを帯びていることを見逃しておらず、ケッ!と心の中で妬む。

 思い返してみれば、ベリアルは執事の様な立ち振る舞いをしているし、女性受けがいいのかもしれない。

 真似をした方がモテるのかも……


(……いや、俺にはそんな振る舞い出来んわ!)


 自身の性格と口調から考えるに、そんな紳士のような事は不可能だろうなと、ルシファーはため息をついた。


「ルシファー様。村の位置は大方把握いたしました。」

「んじゃ、さっそく向かお。」

「はっ!」


 ルシファー、彼の護衛として用意された魔虫、ベリアル、そしてトリシャは、ベリアルの用意した転移門を通ってトリシャの村へ転移した。



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 昼頃に起きて、村の共同倉庫から予め割っておいた薪を取り出す。

 リュックに詰めて運ぶ、その数は十個。

 普段ならその重さはへでもないが、今日はたった一つでも非常に重く感じ、歩む足は遅かった。

 歳のせいだけではない事は知っている。

 

「はぁー……」


 と、ジム・ミスティーは運んできた薪を母屋にある木製の箱入れる。

 全ての薪を入れ終わると、その場に座り込んでしまった。

 彼の元気がないのは、およそ一週間前からだ。

 帰ってくる予定の日の昼には、町へ野菜を運びに行った孫娘が帰ってくるはずだったのだが、夜になっても帰ってこなかったのだ。

 今までそんな事は一度もなかった。

 他の村人たちは『遊びたい年頃なんじゃない?』とか『男にでも引っかかったんだよ』などと言っているが、孫娘はそんな事をするような子ではないことを彼は知っている。


(道中で何かあったんだろうか。)

(町で変な者たちに監禁されているのではないか)


 などと良からぬ不安が押し寄せてくる。

 彼にとって孫娘はたった一人の残された家族なのだ。

 心の中の大きく太い柱を抜かれたように、彼はこの一週間生きていた。

 

「村長!トリシャが帰って来たよ!」


 村の警備をしているロックが吉報をもたらしたのはギリギリのタイミングだった。

 心ここに在らずのジムが自殺しようかと迷った時だったからだ。


「おじいちゃん!」


 たった一週間聞かなかっただけだが、それをジムは遥か昔に聞いた懐かしい声の様に感じ、言葉なく涙を流した。



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 転移してから村まで少し時間がありそうだったので、道すがら少し無駄話をしていた。


「そういや、お前ってベリアルが悪魔ってこと知っててバベルまで来たの?」

「はい、そうですよ。」

「怖くねぇの?ついて来たら食い殺されそうじゃん。」

「あまり……そういった事は考えなかったですね。それに、ベリアル様はそんな人を食べるなんてしません!」


(何その信頼!?)


 かなりベリアルに心酔しているようで、何か精神系魔法をかけられているのではないかと心配した。


「それに、今はバベルを怖いとは思いません。

 だって、主のルシファーさんがお優しい方だって分かりましたから。」


 トリシャはにこやかな表情をルシファーに向けた。


「そうか……」

(こ、困りましたなぁお嬢さん。そんなこと言われたら恋しちゃいますぞ!?)

 

 この世界に来て初めてそんなことを言われた。

 予期せぬタイミングで褒められ、その上転生後初めて女性の笑顔を見たのだ。

 嬉しさと恥ずかしさから心臓はバクバク、手汗で手はビッチョリ、その上危うく涙を流してしまうところだった。

 言ってることと思っている事が全く違うルシファーだったが、そうこうしているうちに村の門が見えて来た。


 門番らしき人物はルシファー達(実際にはトリシャ)の姿を見るとトリシャの手を取り茅葺き屋根の家へと引っ張っていった。

 トリシャはトリシャでベリアルの腕を掴んでいたので、流れ的にルシファーも付いていくことにした。

 連れて行かれた家はどうやらトリシャの実家らしく、中から出て来た白髪の男性はトリシャを見た途端涙を流していた。

 トリシャによると自分の祖父であるらしい。

 兄弟はおらず、両親も彼女が小さい時に病気で死んでしまったらしい。

 唯一の家族だった事もあり、トリシャが帰ってこなくなってから、あまり食べ物が喉を通らなかったという。


 この一週間何があったのかをトリシャと俺で説明した。

 話は大きく脚色して、彼女の祖父と村の人間には伝えた。

 トリシャが襲われたのは事実なので隠さず伝えたが、助けたのは冒険家の二人組、ルシファーとベリアルであるとした。

 また、彼女は怪我を負っていたので、一週間養生させていた為、帰るのが遅くなった、と伝えた。

 実際はトリシャは怪我などほとんど負っておらず、一週間町の茶葉やその他の食料品を集めるベリアルにくっ付いて過ごしていただけなのだが……

 

 とは言え、今目の前にいるジムという人物は終始涙を流し感謝の言葉を述べていた。


(人助けはいい事だなぁ)


 と、普段勇者を殺している者たちの主人とは思えない感想を抱きつつ、ルシファーはしばらくこの村にいて良いかと尋ねた。

 トリシャの祖父であるジムはこの村の村長だった。

 そんな彼の許可が下りれば、村の中で見知らぬ者が過ごしていても大丈夫だろうと踏んだのだ。

 

「勿論です!宿はお取りになっておりますか?

 もし取っていないようでしたら、是非我が家をお使いください!空き部屋がいくつかございますので!

 あ、お金はありません!

 これで返し切れるとは思っておりませんが、僅かばかりのお礼とお思いください。」


 との事だったので、暫くの間、ルシファーとベリアルはトリシャの家で寝泊りすることになった。





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 村全体はかなり広く、人々もそこそこ暮らしていた。

 家と家の間には畑や鍛冶場などがあり、土地が余っている場所は子供達が遊ぶ広場になっていて、時折子供達の声が聞こえて来た。

 

(うわぁぁ、凄い平和だなぁぁ)


 ルシファーは村の中をぶらぶらと歩いていた。

 トリシャはベリアルと話がしたいというので、ベリアルを彼女の家に置き、目的の村散策へと出かけたのだった。

 広場の入り口付近を歩いていると、少女から声を掛けられた。

 

「ねぇ、お兄ちゃん!一緒にサッカーしない!?」


 サッカーなんていう文化がある事には対して驚かない。

 他の転生者が伝えている可能性はあるし、そうでなくてもこの世界のもの達が独自に編み出す可能性があるからだ。

 同じ人間なのだから考えることは似るだろう、というのがルシファーの考えだった。


「やだね。お兄ちゃんは彼女を探すのに忙しいの!」

「えー、本当は負けるのが怖いんでしょー!」


 やーい弱虫!、などという声が広場から聞こえてくるが、恐らく少女の友達なのだろう。

 外から来る人間がよほど珍しいようだ。

 近くを通る他の大人には一切声をかけようとしない。


「へ!そんなこと言われてもやらないもんはやらないよ!」


 煽られても一切気にはしないのだ。

 そんなことに構っている暇など無……

 

「そんなんじゃ一生彼女出来な……」

「よーし、お兄ちゃんが大人の厳しさを教えてやる!サッカーでも何でもかかって来い、ガキども!」

 

 自分の意見をくるりと変え、広場へ直行するルシファー。

その後広場が騒がしくなった事は言うまでもあるまい。

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