第5話

「答えろベリアル。答えによってはテメェをここから追放するから気を付けて喋れ。」


 今までに聞いたことのないような冷たい声に、その場にいたバベルの者たちは皆目を見開く。

 ルシファーは普段、明るくそしてよく笑う人物として知られており、まさかこんな声を出すとは思ってもみなかったのだ。

 思わずバフォメットは『英知の瞳』を使いルシファーを見る。


 やはりルシファーの能力は見えない。つまり、『覇気』などの能力を一切使っていない、という事だ。

 何も能力を使わずにこれほどの威圧を与えられるとは考えにくい。

 という事は、それ以上の能力を使っているのだろう。

 バフォメットは改めてそこにいる人物こそが魔王であることを再認識し、歓喜に震える。

 一方のベリアルはなぜ自分が攻められているのか、理解できていなかった。

 考えられるとすれば、横の人物のみ。


「はっ!」


 何がルシファーを怒らせているのか、その答えを探しながらベリアルは慎重にこれまであったことを話し始めた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「一週間ほど前のことです。

 ルシファー様から『町に売っている紅茶というものを買ってこい。』という命がありましたので、いつも通り幻影魔法を使える部下を引き連れ、町の近くへ転移したのです。

 幻影魔法で人間に化け、誰にもバレることもなく、順調に向かっておりました。」

「そうだな。続けろ。」


 先日、備蓄しておいた紅茶が切れたので、ベリアルに買いに行かせた。

 なぜ魔将である彼にお使いの様なものをさせたのかと言うと、幻影魔法を使えさらに言葉を話せる者は、彼とその部下くらいだからだ。

 別に隠れずに町を滅ぼし、茶葉を奪ってもいいのだが、残しておいたほうが今後新たな種類の茶葉を手に入れるのが容易になると考えたからだ。

 なんせ、同じ場所に転移すればいいだけなのだし。

 いちいち他の町を探すなど悪魔たちには面倒だろう、とルシファーは気を使ったのだ。

 そんなわけで、町へ何かを買いに行かせるときは幻影魔法を使えるベリアルとその部下に頼んでいる。


「転移先から町へ向かう途中でした。

 警備の薄い通りでしたので、我々はそこをよく使うのですが、そこで野盗たちが彼女を襲うところに出くわしたのです。」

「珍しいな。人間を助けたのか?」


 素直にルシファーは驚いた。

 いつもバベルに攻めてくる者たちを殺しているから、てっきりそんな場面に出くわしても無視するだろうと思ったのだ。


「ルシファー様の手土産になるのでは、と思ったのです。ただ、我々には人間の女の良し悪しは分かりませんので、連れてきたしだいです。」


 なるほど。

 彼は別に女を“手土産”として連れて帰ってきたわけであると……

 

「分かった。お前をここから追放するという話は撤回だ。」


 ベリアルは安堵の表情を浮かべる。


「だがな、一つ聞きたいことがある。」

「何也と。」

「……なぜその女はお前の腕をさっきから掴んでいる?」

「私も離せと言っているのですが、全く聞く耳を持たないのです。」


 気に食わ……いや、羨ましい!

 ベリアルの話が本当なら、間違いなくこの女はベリアルに惚れている。

 襲われているところを助けられるなんて事をされたら、そりゃ落ちるだろ。


(何でそういうことしちゃうかなぁ……主人公俺よ!?)

(お前、そこの位置は俺だろ!普通!)

(後少し早く俺が町に行ってれば……)


 などなど、様々な感情がルシファーの中で渦巻く。

 そして、ふぅと息を吐き、ルシファーが出来る最大限の優しい表情をベリアルの腕を掴む女に向ける。


「こんにちは!えっと名前は……」

「この方を解放してください!」

「は?」

「この方を解放してください!」


(いや、何から!?)


 思わぬ返答にたじろぐ。

 先ほどから睨まれていたのだが、何かまずい事をしたのだろうか。

 

「何から解放するのか教えてもらってもいいかな?」

「はい!?そんなの決まってるじゃないですか!あなた方からです!」


(気強くね……怖いんだけど)


 いつも周りに悪魔がいるのに怖いというのも可笑しいな、と心の中で笑いつつ、先の返答について考える。


 『俺たちにベリアルを解放して欲しい。』


 ベリアルが実はここから逃げたいと思っていたとか?

 そんな素振りは見たことがなかったが、この女に本心を打ち明けていたとか?

 仲良くなって良かったですね!と怒りの感情が再び沸き起こり始めたので、ベリアル本人に尋ねる。


「ベリアル、ここから出たいなら言ってくれれば良かったのに……お前がいなくなる事は寂しいが、本人の願いなら……」

「な、何を仰っておられるのですか!ルシファー様!私はこの地から離れることなど望んでおりません!」

「そんな!このような危ない地にいてはベリアル様の身が危険です!すぐに私たちの村へ来てください!」

「女。私はそのような事はしない!」

「何故ですか!ベリアル様!」

「……え!?様付けなの?羨ま……って俺いつも様付けで呼ばれてるやないかーい。」



 ルシファー、ベリアル、女の三者の意見が飛び交う。

 その様子を側から見ていたバフォメットは静かに、告げた。


「どうやら、そちらの女性は思い違いをしている様子。一度それぞれの立場をハッキリさせませんか?

 私は、バフォメット。そこにいるベリアルの仲間です。」

「俺は、ここバベルの主、ルシファーだ。そいつの上司……に当たるのか?」

「私は……と名乗らずとも知っていますね。

 ルシファー様の僕、魔将ベリアルです。

 ここを離れたいと思った事はありませんよ。」

「私の名前はトリシャ・ミスティーです。改めてベリアル様、助けて頂きありがとうございました。それと……本当にここから離れるおつもりはないのですか?」


 トリシャは上目遣いでベリアルに問う。


「えぇ、ありません。」


 その言葉を聞き、トリシャは明らかに元気が無くなった。


「そうだったんですね。バベルに住んでいると聞いて、私はてっきり危険な目に遭っていると思ったので、助けようと思ったのですが……」


(まぁ、こいつにはこいつなりの考えがあって来たんだろう……)


 ベリアルの事をトリシャなりに心配していたのだろう。

 彼女の瞳に別れを惜しむ涙が浮かび上がる。

 そんな彼女の悲しむ様子を見ていたたまれなくなったルシファーは仕方ない、と思い一つの提案をする。


「ベリアル、少しの間その女と一緒にそいつの村に行ってやれ。」


 その言葉にトリシャは目を見開く。


「よろしいのですか?」

「いいよ。それとトリシャ。一つ条件がある。」

「はい……何でしょうか?」


 トリシャは、どのような条件を提示されるのだろうかと身構えている。


「その村に俺も連れて行け。」


 トリシャは『そんな事でいいの?』という表情をしつつ頷く。

 誰も知り合いがいない場所に行くよりは、案内人がいたほうがより村人と関わることが出来るだろう。

 しかも今回、案内人は女性だ。

 それなら、何人かの女性を釣り上げることは可能だろう、というのがルシファーの狙いでもあった。


(グヘヘ、帰る頃には数多の女の子から誰を連れて帰るか悩むことになるなぁ)


「おし決まり。トリシャ、お前の村は何処へん?」

「えっと……すみません。いまいち位置関係がわからないのですが……この辺りの森自体、危険が多くてあまり通らないんです……」

「なら、上から見下ろせばいい。ベリアル、飛んでもらっていいか?」

「はっ!勿論です!」


 そう言ってベリアルはヒョイとトリシャを抱き上げ、翼をはためかせ天に向かって一直線に昇って行った。


「自然にお姫様抱っこなんてするとは……」


 ああいう行動を自然と取れるベリアルを、実はモテ男なのでは!?と勝手に考えるルシファー。

 

(不味いな、ライバルがこんな近くにいたとは……)


 ベリアルが本人のいないところで、知らず知らずのうちにルシファーにライバルとして認められていた事は、バベルの者たちは誰も知らない。

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