第3話

ルシファーがこの世界に魔王として転生してきたのは、今から三年ほど前のことだ。


 当時のバベルは混沌としており、バベル最強と謳われる四魔神同士で覇権争いが起こっていた。いや、それは正確ではない。四魔神の内の三体のみが争い合っていたというのが事実だ。

 その三体の魔神の名はサタナキア、アスモディウス、ダンタリオン。

 彼らの能力はまさに魔神というに相応しい強力なものだった。一体で人間の住む世界などすぐさま荒地へと変わってしまうほどの能力。


 例えば、ダンタリオン。

 彼の能力名は『上位悪魔無限生成』。

 その名の通り上位悪魔を上限無く生成する能力だ。上位の悪魔一体は勇者一人と同じレベルの強さを誇る。(ただし、転生者である場合を除くが……)

 最も恐ろしいのは、そんな悪魔を上限無く生成できることだ。似た能力に『下位悪魔生成』というものが存在するが、こちらは下位の悪魔を生成するにも関わらず一度に三体までという制限がある。彼の使う能力は、その完全上位互換と言えるだろう。

 彼はその圧倒的なまでの物量で戦うのだ。生成する悪魔の種類も豊富であり、地上はもちろん、空中から攻撃可能な悪魔すら生成する。また、たとえ上位悪魔がやられたとしても、すぐさま新しい悪魔を生成するので前線が押し下げられることは決してない。

 この能力こそがダンタリオンを魔神と言わしめる理由だ。


 だが、それほどまで強大な力を持つ彼ら魔神達が、今まで人間たちを征服しようとしたことはない。

 この理由は人間が蟻に対する感情と同じようなものだ。人間が歩いているときに足元に蟻がいたとしても、わざわざ踏みつぶすようなことがあるだろうか?白蟻のように人間に害をなす時だけ駆除する。

 それと同じだ。

 要はいつでも殺せるが、特に害を加えてくるわけではないので、殺そうとは思わなかっただけだ。


 しかし、彼らは自身の力こそが最も強力であると互いに示したがっていた。それを示すがための覇権争いだったとも言えよう。

 魔神たちはそれぞれの配下の者たちを伴い、数々の争いを起こした。その争いによって、バベル内は荒れ果て、ただ空間のみがあるだけの殺風景な場所へと変わった。


 これをバベルの危機ととらえた者がいた。

 八魔将の一体、バフォメットである。彼はサタナキアの部下として働いていたが、このままでは内部からバベルが破壊されてしまうと危惧した。

 そのため、自身の主人の意に背き、他の魔神の部下の魔将たちと会い、魔王降臨の儀式を行うこととしたのである。魔王さえ降臨すれば、この争いを終結させて皆を纏め上げることができると考えたからだ。

 無論、他の魔将の中にはその計画に乗り気でない者もいた。

 それは争いを好む者であったり、主人に歯向かうことはできないという忠誠心の強い者であったりしたが、八魔将の内の五体は儀式を行うことに賛成した。彼らは先代魔王が建てたこのバベルを誇りに思っていたこともあるが、それほどまでに状況は好ましくなかったのも事実だ。。内部の争いは常時続いている一方、外からの侵入者にも対応しなければならない現状は、いつ崩壊してもおかしくなかったからだ。


 そしてバフォメットの他の四体の魔将、ベリアル、オセ、ロノウェ、ベルフェゴールは魔王降臨の魔法『覇魂幽籠(はこんゆうろう)の儀』を執り行った。

 この魔法は新たな王の肉体を作り上げ、それを依り代とする魂を呼び出すものだ。

 バフォメットが床に描いた魔法陣の淵に均等な間隔で立ち、己が持つ魔力を流し込む。

 この魔法は床に魔法陣さえ描いてしまえば、後は魔力を流し込むだけという単純なものだ。だが、必要な魔力はバベル内で魔神達に次ぐ実力者の彼らをもってしても、自身たちが持つ魔力の九割強を失ってしまうほどだった。

 当たり前だ。本来であれば、下級の悪魔数十万体を生贄に魔力変換して発動させる大魔法を、無理やり五体で行ったのだから。

 しかし、何はともあれ『覇魂幽籠の儀』は発動した。

 空気中に漂う僅かな魔力すら魔法陣に描かれた五芒星へ吸い込まれていく。

 五芒星の中心に肉体が構成され始め、ほんの数分と経たないで完全に肉体が作り上げられた。引き締まった人間の青年の肉体だ。

 悪魔の姿でないので、失敗してしまったかと思ったその時、バフォメットはある違和感を覚えた。


「何の能力も持っていない……」

「どういうことだ?バフォメット。」

「そのままの意味だ!……この肉体にはただの一つも能力がない。」

「なんだと!」


 バフォメットの言葉にオセが驚くのには理由がある。

 それは、この世界の生物すべてに何かしらの能力があるからだ。

 町にいる普通の人間でさえ、ほんの少しの間だけ自身の筋力を僅かに上げたり、念じることでコップを一センチずらすことが出来る、といった微々たる能力を持っているのだ。

 それなのに、目の前の青年にはバフォメットの相手の能力を知る『英知の瞳』をもってしても、そういったものが一切感知することが出来なかった。


「どういうことだよ!俺たちがやったのは無駄骨だったってのか!?」

「いや、これは変だ。完全な無能力者など存在するわけがない。」

「でも実際に目の前に存在してるんだろ!?」

「バッフォーの能力ですら見切れない……その可能性はあるの?」

「魔神の方々の能力すら見切れるほどだぞ!こいつの『英知の瞳』で見切れないなんてこと……」

「いや、それ以上の存在ならば、あり得る。真の魔王であるなら……」


 五体の悪魔の視線が青年へと向けられる。


 何の能力も持たない只の無能力者なのか、はたまたバフォメットの力を持ってしても見切れないほど上位の存在なのか。


 いずれにしても魔王がこの世界に誕生したのだ。それは実に千三百年ぶりの出来事だった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「あれ……俺なんで生きて……っ!?」


 青年が目覚めた時、彼の目の前には動く骨と角の生えた謎の生命体、ライオンのような獣、小人、そして大きな虫がいた。部屋にはトーチの光りしかないため、青年からははっきりと見えなかったが、自分が元居た世界の生命体ではないことにすぐさま気付いた。


 「これはまさか……異世界転生ってやつ!え!?まじで!!」


 青年は自身に起きたことが異世界転生であることを認識し、歓喜する。


「なら、これから冒険者になって、魔王を討伐しながら……あ!可愛いヒロインとイチャイチャしなきゃ……」

「ま、魔王様!お願いがございます!」


 バフォメットたちは魔王として呼び出した青年が、急に話し出したので驚いていた。だが、すぐに現在のバベルの状況を説明し、魔神達を止めなければという考えに至った。

 一方の青年はこちらを見ると尻もちをついてしまった。そこには明らかにRPGに出てきそうな見た目をしたモンスターが居たからだ。


「うおぉぉぁぁ!いきなりモンスターかよ。何もチュートリアルとか受けてねえぞ!」

「ちゅーとりある?と、ともかく落ち着いてください魔王様!」

「は!?いきなり魔王が来るのかよ!?急展開すぎだろ!いや……ここで魔王を倒してそれを元手に一気に勇者になれってことか?なるほどなるほど。そうすれば同じチーム内に可愛い女の子を二人……五人連れてウハウハな旅に出れるな!グヘヘヘヘ……」


 そういうや否や青年は立ち上がり、こぶしを握りにやけ顔でバフォメットたちに殴りかかろうとする。


 「落ち着いてください、魔王様!私たちは敵ではございません!」

 「なんだ!やっぱりチュートリアルじゃねぇか。こんな逃げ腰の奴らなら俺の『ハイパーパンチ』で即死だな。」


 バフォメットたちは目を見開く。やはり、目の前の御方は魔王様で間違いないと確信する。自分たちを一撃で葬れるような存在は、魔神達の中ではアザゼルしか存在しない。つまり、この青年はそれに匹敵するかそれ以上の存在という事が明らかなのだ。


 「つか、さっきから魔王、魔王って言ってるけど、どいつだ?全然近くに見えないんだけど。」


 そう言い辺りを見回す青年。


 「ま、魔王様は貴方様で御座います!皆、魔王様に忠義の礼を!」


 バフォメットがそう言うと、他の四体の魔将は二本足で立つものは膝をつき頭を下げ、虫と獣は身をかがめる。


 「え、嘘だろ。俺が魔王!?え、まさかのそっち側!!……ちなみに聞くけどここに可愛い女の子はいる?」

 「居りませんが……何か不都合なことでもございましたか?」


 変なことを聞くものだと、バフォメットたちは首を傾げた。そんなものが居て何の役に立つというのか、という表情だ。

 だが、一方の青年は目を大きく見開き、大きな声を上げる。


 「大有りだろ!ハーレムが作れねぇじゃん!!!」


 これが千三百年の時を経て再びこの世に君臨した魔王・ルシファーの始まりだった。

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