第2話

「んじゃ僕はあの女の子のとこに行ってくるね!」

「御心のままに。」

「ベリアルー。男どもの相手はよろしくねー。」

「はっ!」


 ルシファーは勇者一行の中にいる紅一点へと歩き出した。

その足取りは軽く、前を行くベリアルに追いつかんとする勢いだ。

一方のローズたちのメンバーは皆絶望に瀕していた。なぜなら、今までフィリップスの力が及ばない相手など居なかったからだ。どんなときにも頼れるリーダー。それがフィリップスという男だった。しかし、今目の前で自分たちが対峙している相手からの攻撃を彼は避けることが出来なかった。


(未来が……見えない)


フィリップスは〈未来予知〉を発動させたものの、ベリアルと戦う未来が一切見えないことに焦りを覚える。ベリアルの先ほどの一撃を避けることが出来なかったのは、どうやら偶然ではなかったらしい。


(あの化け物には〈未来予知〉が通用しないのか)


これまでにそういった類の相手と戦ったことはないため、今取るべき手段は一つに限られた。


「みんな逃げろ!」


今まで聞いたことのないようなフィリップスの叫び声を皮切りに、ローズの面々は一目散に自身たちが来た方向へ走り出す。

この部屋に来るまでの経路の敵は全て倒したからこそ出来る芸当だ。道中のモンスターを倒していなかった場合、焦って逃げているところに横から攻撃を加えられ、各個撃破を食らうからだ。各々がただ後ろにのみ意識を向け、攻撃が来れば即座に回避できるようにしながら走る。


「あっ!君は逃げちゃダメだって!!」


そうルシファーが言うが早いか、フィリップスを除くローズのメンバーは既にルシファー達がいる大広間から姿を消していた。

その場に残されたのはルシファー、バフォメット、ベリアル、そしてフィリップスのみだった。


「あぁぁぁ、またフラれた……」


そう言って崩れ込むルシファー。

それが演技なのか、それとも本心なのか、フィリップスには判断がつかなかった。


「またチャンスはありますよ、魔王様。」


一方のバフォメットにとって、それは幾度と見た光景だった。

心にも無い事を言うバフォメットを見上げ、ルシファーは、はぁと溜息をつく。


「あー、何回目?こないだ八人目だったから、九人目か?凄くない?ここまでフラれて折れない俺、凄くない?もうなんか達観してるまである。うん。」


ルシファーはそう自分自身に言い聞かせつつ、その視線はフィリップスへとゆっくり向いた。


「あー。お前みたいなのは良いよなぁ。俺と違って〈未来予知〉なんてチート能力があって強いから、今まで女の子たちにちやほやされてきたんだろ?俺もそういう転生したかったーーー!!……なんだか腹が立ってきたな。ベリアル、逃げたやつも含めて殺(や)っておしまい。」

「はっ!」

「ちょ、ちょっと待って!」

「あん?」


フィリップスはルシファーのぼそっと言った言葉を聞き逃してはいなかった。


「『俺と違って』とか『俺も』ということは君も転生者なのかい?」

「あぁそうだけど。だから?」

「だったら同じ転生者同士、仲良くすることはできないのかな?」


フィリップスからすると、何とか場を収めるための必死の一言だった。自分と同じ転生者ならば、多少なりとも新しい世界に来たことに不安を持っているし、それを共有し相談し合えば、仲を深めることが出来、仲間たち共々安全に帰れると思ったのである。

すると、ルシファーはうわぁという表情を浮かべ、フィリップスを指差しながらバフォメットのほうを向く。


「ねぇ、聞いた?どっからあんな『みんな仲良く』の精神が出てくるの?」

「恐らく命乞いかと。」

「なら、素直に命乞いすればいいのに。どこまでもカッコつけちゃって。素のままの人間のほうが俺は好きなのに。」

「い、いや、そういうわけじゃなくて……」

「俺先に戻ってるわ。もう疲れた……」

「では、私も魔王様と共に行きますね。ベリアル、後のことは頼みましたよ。」

「はっ!」


フィリップスをただ一人置いて、会話が進行し、ルシファーとバフォメットはその場を立ち去る。

絶望感に呑まれたフィリップスは、それでも自身に残された勇気を振り絞り、ベリアルを睨みつけ両手で剣を強く握る。


「一つ聞きたい。なぜ君には〈未来予知〉が効かないのかな?」

「あなたが知る必要はありません。」


ベリアルは決して相手に自身の能力の情報を与えるなどという、逆転のチャンスを与えなかった。

それは強者であったとしても、一切の隙を見せるべきではないというベリアルの性格の表れだった。


「ほかに聞きたいことがないのであれば……おっと。」


 フィリップスは自身の敗北を察知していた。だがそれでも彼は決して心が折れることはなかった。なぜなら、今彼自身が戦い時間を稼ぐことで、仲間たちを守ることが出来るのだから。

 その気持ちは彼の思考を加速させた。

 すべきことは、目の前の悪魔と出来るだけ長く戦うこと。

 そして、フィリップスに可能なことは不意を突くことと出来る限り距離を取ること。


今彼がしたのは、ベリアルが話し終わる前に不意を突き、自身の魔法剣を振るい遠距離からポイズンアローを放ったのだ。この魔法は決して与えるダメージが大きいわけではないが、ピンポイントで狙いをつけることが出来るため、フィリップスはよく相手の目に向かって放ち、視界を奪うことに使っているのだ。

放った直後フィリップスは仲間たちが逃げた方向とは逆方向に走る。少しでも仲間たちが逃げる時間を稼ぐために。


「何か勘違いをされているようですから、一つ訂正させていただきますね。あなた達はここに来るまでのモンスターを退治したため、安全に逃げれると思っているようですがそれは間違いです。」


何!?とフィリップスは思わず振り返ってしまう。それがベリアルの策であるとも気付かずに。

振り返った瞬間、フィリップスの逃げる速度は一瞬緩まる。そして、その隙をベリアルは逃さない。

地面を強く蹴り、一瞬で距離を詰める。


「しまっ……」

「お仲間が大切な勇者様は煽るのが容易いですね。」


それまで淡々と話していたベリアルに邪悪な笑みが浮かぶ。そして、同時に自身の右手の爪を振りかざし、次の瞬間にはフィリップスの持つ剣共々体を貫通して、彼は絶命していた。

ぽとぽとと爪から落ちる血を一瞥した後、爪を振るい付いた血を落とす。


「先ほどの言葉をあなたの動きを鈍らせるためのウソ、と思ったようですが本当ですよ。ふふふ。……さて、死体を回収しに行きましょうか。」


ベリアルは落ちたフィリップスの遺体を肩に担ぎつつ、逃げた他の者たちの死体を運ぶためにゆっくりと下の階層へ降り始めた。





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ベリアルが一つ下の階層の大広間に着くと、フィリップスを除くローズのメンバーの死体は多くのスケルトンやキマイラに囲まれていた。

その集団から外れた所に一体の死霊がいた。

その頭には老若男女様々な顔があり、体は黒色の薄い肌着一枚を着ているだけのモンスターは、静かにベリアルのほうへ自身の持つ顔の一つを向けた。


「これはこれはお久しぶりです。ダンタリオン様。」

「ヒサシブリダネ。アイカワラズ、オロカモノタチノシタイガヒロガッテルダネ。」

「はい、最近はだいぶ減りましたが……そちらのスケルトンたちはダンタリオン様が?」

「イイヤ、ワタシハ、カキュウノアクマヲツクルノハ、シュミデハナイダネ。オソラク、アスタロトダネ。」

「なるほど。」


ダンタリオンは死霊であり、姿を見ることはできるものの、空気を振るわせて話すことが出来ないので、ベリアルの脳に直接言葉を送っている。


「コノシタイハ、ドウスルダネ?」

「これからルシファー様に持っていこうと思っております。」

「ホウ、テツダオウカダネ?」

「いえ、ダンタリオン様のお手を煩わせるわけにはいきませんから。」

「ベツニ、ワタシガチョクセツヤルワケデハナイガネ」


肉体がないから直接運ぶことはできない、という事だとベリアルは理解したが、そうでないとしても彼からすればダンダリオンに荷物を運ばせることなど出来るはずもない。

四魔神と称されるバベル四強の一角、ダンタリオンに。


「それでは失礼いたします。」


そう言って、死体同士を死体が来ている服で縛り上げ、一つにまとめると軽々と持ち上げて、ベリアルはルシファーの所へ向かうため歩み始めた。

すると、後ろからダンダリオンが思い出したように声を掛けてきた。


「ア、ルシファーサマニ、レイノケンハスデニジュンビガデキタ、トツタエテクレダネ。」

「畏まりました。伝えておきます。」

「ヨロシクダネ。」


軽くお辞儀をして、ベリアルはその場を去った。

一方のダンタリオンは自身の主人から指示された命令の内容を思い出す。


「マッタク、アノオカタハ、ナニヲカンガエテイルノカ……ダネ。」


そう呟いて、ダンタリオンは自身の階層『天宮の間』へ転移した。

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