就職祝いに保健室へ
皐月 朔
行ったら未知との遭遇をした
新国道一号線を、できるだけスロットルを緩めることなく走り抜ける。
ヘルメットの外側では、景色が飛ぶように後ろへ流れ、体も一緒に後ろに流されそうになる。飛ばされないように必死に体をバイクのタンクに押し付け、できるだけ風の抵抗を小さくする。
この春に買ったOS社のバイクは、春人の期待に答えるように加速し、三車線の中央を進んでいく。
目的地である母校までは、この新国道をあと5分ほど走り抜ければ到着する。と、ミラー越しに赤と黄色に光るライトが見えた。春人は舌打ちとともにさらに加速。周囲の車にクラクションを鳴らされながら、目的地へと直走る。
「あぁ、疲れた」
どうにか警察を振り切り、目的地へとたどり着いたのは、結局あれから20分ほど経った頃だった。時間を確認すれば、9時30分。もしかするといないかもしれない、と思いながらも、職員用駐車場にバイクを止め、学園の敷地内を歩く。
高校を卒業し、はや半年。
東京の東にある大瀑布を超える冒険者を卒業後の進路に設定し、無事に希望通りの進路に進めた春人は、ひさしぶりの母校を新鮮な気持ちで眺める。グラウンドでは体育の授業中なのか、同じ服を着た子供たちが体操をしている。それを横目に、春人は校舎へと入り、来客用のスリッパに足を通す。
3年間通った高校だ。教室の場所はわかっている。
春人はまっすぐに保健室に向かい、誰ともすれ違うことなく保健室にたどり着いた。授業中で誰も出歩いていない、というのも理由の一つかもしれないが、保健室の周囲には、備品倉庫場ばかりで、人の出入りするような教室があまりないのだ。
「ルリちゃんセンセー。久しぶりー……って、誰もいないのか」
保健室の扉を開けるが、そこにいるはずの養護教諭の姿はなかった。在校当時はいつもいたので、保健室に行けば当然いるものだと思っていた。手持ち無沙汰になった春人は、保健室にある机に腰掛け、再度周囲を見渡す。3台あるベットのうち、1つは淡い青のカーテンで囲われていて、誰かが横になっているのだと主張している。
誰もいないのなら、ここにいても仕方がない。春人はあと10分ほど待ってもルリが帰ってこないなら、寮に帰ってバイクの手入れか、社員用のジムにでも行くことにする。
人を待ちながらの10分というのはそれなりに長い。しかし、ゲームをしながらの10分というのは非常に短い。スマホを手にゲームをしていると、気がつけば15分が経っていた。
思わず長居してしまった、という居心地の悪さと、ついにルリは来なかったな、という落胆の思いが湧き上がる。事前にアポを取っていなかった自分も悪いのだが、今日、バイクに乗ったとき急にルリにあいたくなったので、アポなどとる暇はなかったのだ。
そろそろ帰ろうか、と机から腰を浮かす。春人が一歩を踏み出したタイミングで、保健室のドアが微かな音とともにスライドする。学内のスケジュール的にはまだ授業中の時間で、一般的な生徒が出歩く時間ではない。ルリが来たのか、と顔を上げると、春人を見遣る不審そうな瞳を見つけた。
ルリではなかったことに落胆しつつ、不審者を見る目をしている女子生徒に、まずは己の身分が怪しいものでないと釈明しないといけない。
「はじめまして。おれはここの卒業生なんだけどルリちゃん先生はいま留守かな?」
「ここにいないんなら、私にはわからないわ。用事が済んだなら帰って、早くしないと」
どうやらこれは何を言っても駄目そうだぞ、と説得することを早々に諦めた春人は、少女の望み通り、学校を出ることにする。
春人の母校の保健室は校舎の端にあり、出入口もまた1つしかない。
「どうして道を塞ぐんだい?」
保健室の扉の前から一歩も動きそうにない女生徒に、春人は困惑気味に声をかける。女生徒はなぜが保健室にある窓の1つを指差した。つられてそちらを見やるが、なにか特別指差さないといけないものがあるとは思えない。
女生徒に顔を向けるが、相変わらず窓を指さしたままだ。
「えっと……?」
「部外者は扉を使う必要なんてないでしょ。窓から出て行って」
確かに部外者で窓から出て行ってもなんの支障もない。もしもここが3階以上なら躊躇うが、ここは一階で、特に危険というわけでもない。まぁ、窓から出て行けというのなら窓から出て行こう、と窓に向けて歩き始めると、保健室の扉が勢いよく開いた。
「ミヤちゃん、一人で先に行くなんて酷くない?!」
それまで静かだった分、その扉の音は大聞く響き、春人の視線も自然とそちらに吸い寄せられ、春人を凝視する瞳とぶつかった。
しまった、これでまた弁解する相手が増えたぞ、と面倒に感じ、ミヤちゃん、と呼ばれた少女が、なぜ窓から春人を退室させようとしたのかの理由を察する。この少女が来ることを知っており、この少女が春人と出会う前に退室させたかったのだろう。と、そこまで考えて、どうしてそんなことをしようとしたのかがわからなくなる。確かに、春人は部外者であり、見られると何かと都合が悪い。しかし、ミヤちゃんにとってはなんの問題もないはずで、むしろ春人を庇うかのようなその行動はよくわからない。
「グゥッ!」
考えに浸っていた春人を、突然衝撃が襲う。衝撃を感じただけでなく、そのまま春人は吹き飛ばされ、地面に押し倒された。
「なに何ナニ!?この子誰?!ちょーかわいいー!!」
何が起きたのかを確認しようと視線を自らの腹の上に向ければ、先ほど保健室の扉を開けた少女が乗っていた。春人の顔を見るためか、馬乗りになった状態で、春人のことを見下ろしている。どういうことか理解できずにいると、少女は顔を春人の胸に埋めるようにし、背中に腕を回してきた。
「え!待って!折れる折れるおれる!!」
そのまま傍観していると、背中を猛烈な痛みが襲った。それが今春人の上に乗っている少女からもたらされるものだとは想像できなかったため、目の前の現実に頭が追いつかず混乱する。
「あぁーもう。ミズキ、いい加減にしなさい」
救いの女神はすぐそこにいた。ミヤちゃんが少女を引き剥がしてくれたのだ。
ミズキは不満そうに春人を見下ろしていたが、その間に春人は体を起こし、ミズキから距離を取る。
「し、死ぬかと思った」
「だから早く出て行きなさいと言ったでしょう」
早く出て行け、と言った理由が想像とは違った。
「まあいいわ。この子は私が押さえておくから、あなたは早く出て行きなさい。ルリには庇護欲を誘う小さなお客さんが来てたって伝えておくわ」
半笑いで言われた言葉に、少し苛立ちを感じるが、ミズキに押し倒された後では何を言っても笑われるだけだ、と口を強く結び、春人は校外に逃げ出した。冒険者として採用されたにも関わらず、少女に押し倒され好き勝手されたことに恥ずかしさと悔しさを噛み締めながら。
就職祝いに保健室へ 皐月 朔 @Saku51
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