愛すべき(少し個性的な)同士たち(1)

 人通りの多い道路を駆け抜ける。美味しそうなケーキ屋、ここらでも有名な何でも揃う本屋など、目を引く店が沢山たくさん横を通り過ぎていく。だが生憎あいにく今の私はそれどころではない。周りの店には全く目もくれず、”目的地”へただ只管ひたすら私は走る。


 何故走っているのか? 少し藪用やぶよういや、特ダネを見つけたゆえ、会社の出勤時刻に遅れそうになっているからだ。


 私? 別に名乗るほどの者でもない……がまぁ、私の独り言を聞いてくれている貴方あなたには名乗っても善いか。私の名はーーー


 プルルルルルル


 む、電話が。一寸ちょっと失礼。

 二つ折り携帯電話ガラケーを取り出し、走りながら耳に押し当て、答える。

 はい、此方こちらーーー


 「何処どこをほっつき歩いとるこの木偶坊でくのぼうがあああああああああああああ!!!」

 「ぎいやあああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 突然、野太い男の声が耳元で響き渡る。あまりの大音量に私も大声を出してしまった。ついでに持っていた電話を取り落としそうになって、私は焦り乍らもそれを掴み取り云った。

 

 「!す、すみません社長!」

 

 よりによってこのタイミングか!

 私はそう思って唇を噛む。


 「今何処に居る!」


 そう云われて前を見ると、ようやく”目的地”である社屋が見えてきたところだった。


 「げ、現在社屋の百数十米(メートル)手前ですぅぅぅ!!走っておりますぅぅ!!」

 「……む、そうか、解った」


 私が(泣きそうな声で)答えると、突然男の声は鳴りを潜め、ぼそっと不機嫌そうに一言、

 

 「あと二〇秒程だぞ」


 とだけ聞こえたかと思うと電話は切れてしまった。が、その言葉を聞いた私は愕然がくぜんとし、電話には目もくれず自らの時計に目を向けた。出勤予定時刻の八時まで、成る程、あと一九秒だ。

 ”確認”を済ませた私は、ただ自分の足を回転させることだけに意識を集中させた。

 (間に合ってくれ……!)

 そう祈り乍ら。


 え? 今の男は誰か? 


 ……頼むからあとにしてくれ(泣)。


 あと九秒。

 社屋前だ。中々小綺麗だろう?……なんて云っている場合ではない。残念乍らまだ安心はできない。仕事場はここの二階にあるのだ。

 ずっとここまで走ってきた故、私の脚と膝は限界を迎えかけている。もうひと頑張りだ、頑張れ!、と私は自らのからだに激励をかけた。


 あと八秒。

 階段を素早く駆け上が……ろうとするが、一歩目から私の脚は悲鳴を上げた。不甲斐ない。頼むから働いてくれ!


 あと七秒。

 出勤予定時刻は刻々と迫ってくる。然し、私の脚は力を込めても一向に動く様子がない。一体どうすれば……。


 あと六秒。遅れたら如何どうなるかつい考えてしまった。


 ……。


 はっとして時計を見ると、あと三秒。私は。どうやら、あまりの恐怖に脚が強制的に動いて、登りきってしまったようだ。

 幸運なことにもう仕事場のドアーはもう目の前だ。


 深呼吸深呼吸。時計を見る。


 あと一秒。

 息を整えた私はノブに手をかけ一気に扉を押し開けた。

 勿論もちろん一言挨拶を添えて。


 「お早うございます!!」


 仕事場の光が目に飛び込んできた。そのまぶしさに目を細め、しばらくしてその目を開くと其処そこはいつもの職場だった。何人かの同士たちが此方こちらを見、挨拶を返してくれた。


 「「「お早うございます」」」


 そして彼らはまた各々自分のことをやり始めた。私は入った時のポーズのまま、暫く立ち尽くして居た。


 どうやら私は間に合ったようだ。特に何かわれる気配もない。ほっと息をつく。


 そうだ、自己紹介がだだったか。

 私の名は士川しかわ満鴨みつがも。此の出版社「独歩社」にいて記者として働いている者だ。以後、よろしく。

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独歩社喧騒録 木魂 歌哉 @kodama-utaya

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