野外実地訓練 篇
第 弐拾捌 輪【他人へ与える印象は当人次第】
安住の地と謳われた花の都の境界線を自らの歩で越えて行く。
足の裏で踏みしめる土の感触は意外と脆い上に儚い。
大きく肺を満たす空気の爽涼に居心地の悪さを覚える。
未知の体験に鳴り響く鼓動は大自然の洗礼故か孤独にさえ思う。
そこには何処までも
初めて見る外界の雄大さや奥深さ。
それらを目の当たりにして十人十色と呼ぶべき反応は様々だ。
「何て素晴らしいんだ。こんな光景初めてみたぞ! 母さんが外は危険だから出るなって言ってたけど案外平気かもな〜」
「あぁ恐い怖いこわい……どうして試験に受かっちゃったんだよ……都に居れば平和なのにさ」
「ほお。思ったより大した事なさそうだな。おまけに空気が綺麗で安らぎを感じるよ」
興奮する者、怯える者、無表情の者、楽観的な者までいる。
その熱量とは裏腹に桜香と楓美は顔を見合わせて小さく笑う。
「そう言えば楓美ちゃんの故郷ってどこら辺なの?」
「結構遠いですけど、この方角のままでしたら近くまで行けるかもです」
「いつか家族を紹介してよね。私、友達の家行ったことないからさ」
「も、もちろんです。桜香様だったらいくらでも来てくださいです!」
部隊は未蕾である耳の聴こえぬ
眼を隠す変わりに耳が非常に良く口達者な
同じく最後尾に位置する桜香は辺りを一通り見渡していた。
その道中に楓美と眼が合い再び顔を確認して凝視する。
(う〜ん。いつもと何も変わらない気がする。そう言えば、楓美ちゃんもどっかの村とか町の出身なんだよね? よく考えればお互いにあまり知らないところもあるなぁ……)
(はわわわっ。桜香様がうちを見てくれていますぅ。それもかなりじっくりと、少々近過ぎますが今日も幸せ一杯です!!)
緊迫した雰囲気の中で他所育ちの二人は、逆に馴染みがあるのか心の余裕さえある様子。
しかし、それでも油断は出来ない事は確かだ。
何故ならここには、人に害を為し食す植魔虫が隠れ潜んでいるのだから――
早いことで出発から一時間が経過した頃。
歩みを止めた猿火は雑に指を動かしながら点呼を取る。
「きっちりちゃんと揃っているな、いない奴はおらぬか? 返事をしろ!!」
「「はい!」」
力強い呼び掛けに対して桜香達は同時に首を縦に振り力強く返事をした。
大小の声量や感じ方はそれぞれだが
「よし、これから俺が説明する事を何度も思い出せるように心へ深く刻み込め! 一つ、観察・洞察力を養え。二つ、常識を疑い真実を己が手で掴め。それから最後に《他人の仕草や口調》、どんな人間だったか等はちゃんと覚えとけよ?」
名も素性も知らない中で、今日この時この場がきっかけで出会った連中ばかりだ。
続けて猿火は表情の一つも変えずに、末端まで聞こえるよう更に大きく声を張り上げた。
「そこでだ。まずは、丸腰で寂しい未来に咲く花の種達に待望のある物を渡したいと思う」
その言葉を待ってましたと言わんばかりに周囲がざわめき始めた。
口調や身振りで各々の反応を感じながらも猿火は続ける。
「だが、それを渡すにはここでは駄目だ!! 現地点から四里ほどの場所まで休みなく行くぞ!!」
少し引っ掛かりのある言葉に桜香はすぐに反応した。
隣の楓美へ小声で耳打ちをする。
「ある物って何かな? まだ、お昼ごはんにはちょっと早いよね?」
「桜香様は直ぐに食い意地が張りますね……。恐らく先日の適正試験に相応した代物だと思いますです」
「えっと、それってもしかして自分の
全てを言い終える前に冷んやりとした手が重く肩に伸し掛る。
まるで金縛りにあったような感覚、ゆったりとした口調と仕草。
無防備な耳元へ静かにこう
「なぁ、お嬢ちゃん達さ勘違いしないでね。これは遠足じゃないよ? もう少し自身の置かれた状況の自覚を持たないと……じゃないと直ぐにあの世行きだよ!」
そう言った最後尾の
あまり恐過ぎず伝えたい内容を簡潔に話したつもりだったが……返ってきた第一声はこうだ。
「「はひいぃぃっ!!」」
結果は見事に逆効果だった。
眼は明後日の方向を向き、口はだらしなく半開き、これでもかと背筋を正して怯えていた。
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