第 弐拾漆 輪【何も知らないのは無知でも間違いではない】

 そんなことは露知らずの桜花と楓美は、集合場所である花の都の端へと向かっていた。


 風呂敷包みを背負う足取りは軽く、もう一方は相変わらず人酔いをしている。


「靜恵さんに会えて良かったね。おまけにこんなにお弁当を持たしてくれたし!」


(もう、桜香様はそればっかり。でもそこが可愛いんですけど)


「それより本当に大丈夫ですか? 母君様からの大事な贈り物を預けてきて」


「うん! 靜恵さんなら信頼できるから問題無し!! それに、試験では自分の刀が配られるらしいから楽しみで仕方ない!!」


「そんな純朴なお顔と前向きな姿勢は羨ましい限りです。うちは緊張でまた……うっ」


 吐き気をもよおしたのか、よろけた拍子に横を通り抜けようとした子どもとぶつかってしまう。


 互いに地面へと寝転ぶ。

 すぐさま起き上がった楓美が全力土下座をした。


「ごめんなさいです! ごめんなさいです!! ごめんなさいですぅ!!!」


 謝り慣れているいつもの雰囲気を見ていた桜香が横から手を差し伸べる。


「僕、大丈夫? 一人で立てるかな?」


 その子の顔立ちは中性的で和装の上からも小柄な印象を与える。


 銀雪を想起させた頭髪は一度舞い上がっては、その深紅の瞳をゆったりとした時間の中で再び閉じ込めた。


「……平気。構わないで」


「痛っ!」


 思わず見つめられているのに気が付いたのか、顔を逸らされ心配を他所に手を叩き落された。


 桜香が息を吹きかけながら赤くなった手を撫でていると、物凄い形相をした楓美が詰めよる。


 生温かい息が感じられる至近距離で、への字の口を開くとこう言った。


「桜香様を傷付けたのは許せませんが……あなた何処かでうちと会いませんでしたか? もう少しだけ御顔を見せていただいてもいいです?」


「えっ……あ……」


 急なことに戸惑いを隠せないのか怯えた様子で固まる。


 良く見ようと伸ばした指先が肌に触れようとした。


 その時――独特な油の匂いが嗅覚を刺激する。


 楓美の鼻先へと年季の入った革手袋を差し込まれたためだった。


「ごめんなお嬢さん達。連れが何かしてしまったかな?」


(急に視界が真っ暗です。何も見えないです)


(大きい……どれだけご飯食べたらこんなに背が高くなるんだろう?)


 その主は見上げるほどの楓美よりも更に背が高くおまけに腰も低い。


 自然を落とし込んだような着物は迷彩のように辺りへと溶け込んでいた。


 深々と藁編みの帽子を被っているせいか表情は分かりづらい。


 しかし、その口調や仕草で伝わった余裕のある紳士感。


「邪魔してすまんね。我々は急用のためこれにて失礼するよ。いくぞ、茶蜜さみつ


「うん、ごめん。分かったよ」


 名を呼ばればつの悪そうな顔で立ち上がる。


 振り返り際に睨みつけられそのまま走り去ってしまった。


 両者共に花の守り人の刀を背負っていたが、自称観察の達人である桜香の着眼点はそこではない。


「何だか渋い雰囲気のお父さんだったね〜。後は息子さん? 娘さんかな? まっ、どっちでも無事で良かったけど! ねぇ楓美ちゃん!?」


「えぇ、まぁ……そ、そうですね……。あっ、そこを曲がれば集合場所に着きますです!」


「そっか、じゃあ!ここを右に曲がってっと!」


 待ってましたと言わんばかりに大きく飛び込む桜香。


 見ると同じ年齢層の男女が真剣な面持ちで集まっていた。


「うわ〜、何だか沢山いるね! 私達と同じくらいの子達ばっかだ」


「三十人ほどでしょうか? やっぱり若い人ばかりですね〜」


 楓美が背伸びをして覗き込むように先頭へと目を向ける。


 当の桜香は自分もその輪の中へ入るのにも関わらず、感心して腕組みで立ち尽くしていた。


「あれれ。何だか一番前に偉そうな人達が三人いるよ? 國酉さんや由空さんとはまた違う雰囲気だね」


「何か話してますよ? 列の最後尾ですがもう少しだけ前に行きましょう」


 楓美は桜香の手を引いて聞き耳を立てた。

 先頭には体格の良い男が三人こちらを向いている。


 それぞれ〝眼〟〝耳〟〝口〟を布で覆い隠し、変わりに塞いだ部位を墨字で描いている。


 男達は花の都とそれを守護する華技の境界線の前に立つ。


「ごほん。え〜あ〜」


 静寂に一石投じるかのように咳払いをした一人が前へと出て声を張り上げた。


「喋るけどいいか? 合格者は集まってるか!? 今日から七日間の衣食住を共にする俺は猿火えんびと言う。耳が聞こえんので君達の意見は通らんとだけ覚えておいてくれ!」


 ひたすらに声が大きく皆が皆、両耳を塞ぎつつも頷いていた。


 そして、もう一人が前に出て来ると後ろの方を指差して、流暢な言葉遣いと自然な体勢で紹介をする。


「次に猿砂えんご。こいつは見ての通りの無口で無愛想だが心は誰よりも熱く頼れる奴だ!」


 拍手もなければあまりの温度差に反応は薄い。


 けれども御調子者と見て取れるその男は、この時を待ってましたと言わんばかりに続けた。


「っと……忘れてたぜ、最後に俺は猿寺えんじ。君等の姿は心の眼で見とくわ! まぁ、新芽になる前の皆の衆は宜しく頼む! 詳しい説明は歩きながら聞いてくれ!!」


 猿寺と名乗りを上げてそう高らかに宣言をする。


 着いてこいと言わんばかりに雑な手招きをし、余裕のある表情で次々と境界線をこえていく。


 背中には計三本の未蕾刀が輝き、花の守り人として先を歩む者の姿勢を静かに見せた。


 固唾を呑んだ者、何も思考せぬ者、怖気づく者、一人また一人と今年度の合格者達は動き始める。


 試験官三人を除けば他所の村育ちの桜香や楓美以外、華技により守られている花の都から外へと繰り出したのだ。


「何だか緊張するなぁ……でも、大丈夫か!」


「うぅ、胸が苦しくなってきましたです」


 遂に始まる花の守り人への第一歩――〝野外実地訓練やがいじっちくんれん〟の幕が開ける。




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