第 弐 輪【正直者ほど繊細な心を持つ】
両脇には色取り取りの食材や工芸品等が並び、客を呼ぶ声が響き渡っている。
ここはどうやら人気商店街が軒を連ねる通りのようだ。
桜香の生まれ育った森とは違い、昼夜問わず賑やかなのは平和な証拠だ。
「ちょっとそこの奥さん。今日の魚は油が乗っていて絶品っ!! 新鮮、取れたて、味も抜群でお買い得だよ!」
「お客さん、お客さん、見てください。この商品を! 光るし伸びちゃうんですよ~どうですか~凄いでしょ~!?」
どこを見ても人、人、人で道幅一杯に詰められ目が回るほどの喧騒でごった返していた。
闇雲に人波に流されているわけではなく進むべき目標はある。
〝花の守り人〟になるために、
「ねぇ、楓美ちゃん。気のせいかな、何か周りからの視線が凄くない? 通りすぎる度に眼で追われているような……」
「ふふふっ、そうですね。桜香様の格好や行動は正直に申しますと――かなり浮いている上に変わってますからね」
眼が泳ぎ挙動不審になる桜香。
対して、右手で口を隠し上品に笑い飛ばす楓美。
「えっ、そうなのっ!? 何処が何処っが!?」
あまりの衝撃的な一言に驚き、大声を上げて身なりを確認する。
周囲の人達は二人を中心にして大きく迂回しており明らかに避けていた。
「私って臭いのかな? そりゃぁ、〝森育ち〟だから、多少は……さ!? それとも田舎者は目立つってこと?」
鬼の形相で迫ると少しだけ困り顔の楓美。
気を遣ってるのか言葉を選んでいるのか、冷や汗が流れ落ち瞳は他所を向いている。
「う~ん。そうですねぇ~、強いて言うならば……」
巡る巡る思考は数十秒間にも及び、考えに考え抜いた結果。
満を持して女性らしい長い指を差しながら、悩ましい吐息と共に悪い箇所を淡々と口にした。
「はい、整いました。一つ目、髪の毛は纏まってはいますが癖の強い枝毛だらけで〝清潔感〟が皆無です。二つ目、傷の手当てをした包帯だって所々から血も
「わ~!! 思ったよりも直球で言う人なのね! それ以上は勘弁してぇ~!」
あまりの言われように赤面した桜香は、慌てて両手を押し付け口を塞いだ。
しかし、身長が頭二つ分も違うため、他所から見たら大人と子供のじゃれ合いにしか見えない。
「
「分かったから、十分に分かったからさ! 新しいの買えばいいんでしょ~!? 着いてきて!」
容赦ない
両脇には魚屋、肉屋、八百屋、土産屋、工芸屋等々の店舗が並ぶ。
(んもぅっ、服なんて結局は何処で買っても一緒でしょ!? 早くしたいから、ここでいいや!)
恥ずかしがりながら服を新調することに決めた桜香は、楓美を強引に連れて適当な店へと入る。
こうして、図らずしも未踏の扉を開けることになった。
入店の風鈴が涼しげに鳴り、
「いらっしゃいませ、お嬢様方。呉服屋〝
それを真似て軽く会釈をする桜香。
初めて見る大人の余裕と魅力に圧倒されていた。正に品性と
勢い任せで行ってみたは良いものの、緊張で体が思うように動いていない。
否、あまりにも上品で雅な雰囲気に呑み込まれ話し言葉までそれっぽくなる。
「まぁ、楓美ちゃん。ここは一体どのようなところですの? 私には皆目検討も付きませんわ! おほほほっ……」
「あら、桜香様。ただの呉服屋さんですよ? けれど、その中でも最高級品の部類になると思いますが」
視界一杯に広がるのはあらゆる老若男女の需要に合わせた和服の数々。
生地本来の色味を利用した素朴な物から、縁起物とされる〝鶴〟〝亀〟〝十二支〟が大胆にあしらわれた模様等々。
値段は怖くて見れなかったが、「買う」と言ってしまった手前。
そっぽを向き手ぶらで帰る訳にはいかなかった。
「お、お、お、お金ならあるから。ねっ、ねぇ?」
(國酉さんから貰ったので足りるのかな。あっ、七ちゃんが寝てる~いつも可愛いなぁ)
桜香は袋の中で眠る七ちゃんを見て、現実逃避を兼ねて和んでいた。
「お気に召す物が御座いましたら、着付けは
女性はそう言い残すと店の奥へと戻っていった。
楓美が満面の笑顔のまた手を鳴らす。
「では、桜香様。自由に好きなものを選んでくださいです!!」
「うん!」
〝伝統工芸品〟とされる本物の和服に驚きながらも、
広い店内を隈無く歩き続け、それから十数分が経過した後。
「楓美ちゃん、これはどうかな?」
桜香が最初に選んだのは、落ち着き過ぎた印象が見受けられる振り袖。
帯は深緑。布地は焦げ茶色。
胸元には三本の稲穂。
「桜香様が着ると、髪色も相まって……まるで土と雑草に見えます。年齢不相応と言いますか……後、好みが渋すぎて隣を歩きたくないです」
「ん~、分かった。ちょっと待ってて!」
納得がいっていないのか、口を〝への字〟にしながらも急いで試着室に戻っていく。
その際、見てはいけない物体が視界に映る。
「ふわぁっ!?」
突如、変な高音が出てしまう。
それもその筈。
背面には
(はぁ。これは、先が思いやられます……)
楓美は溜め息と共に首を横へ振った。
悪夢や幻覚でもない。勿論、呆れたのでもなく、想像よりも重症だったからだ。
能天気な桜香が直ぐさま着替え終えると息を巻いて再度出てきた。
「この組み合わせは自信しかないよ! 背中の大きな蝶々を見て! 幻想的で美しい~って奴じゃないかな?」
自慢げに背中を向け振り袖を両手一杯に広げた。
派手な紫色をした蝶の羽は、袖が揺らめく度に妖しく羽ばたいている。
加えて、大きな二つの目玉が
それはそれは大きな一枚絵のような美しさ――はなく、ただただ恐怖以外の何物でもない。
「もしかして姿見鏡で確認しませんでしたか? それは〝蝶〟ではなくて〝蛾〟と言う種類ですよ」
「そうなの? 全然、同じだと思ってた!」
恥ずかし気や悪気もなく試着室へと走る桜香。
更に時間を掛けること一時間後。
「今度こそどうかな。頭から爪先、おまけに手提げや扇子まで七色に光ってて凄いんだよ! 〝花の守り人〟には邪魔かもだけど、むしろこれで外を歩きたい!」
余程気に入ったのか、お会計寸前まで進んでいた。
それを間一髪阻止して、やや怒り口調気味の楓美が自身の服装について問い掛ける。
「はぁ……さっきからふざけてますか? 何でもかんでも、派手にすれば良いと言う訳ではありませんよ? そもそも、うちの
紺を基調とした〝色無地〟をゆっくりと回って見せる。
然り気無い
奇抜な髪の色も、生地の良さも、全てが調和して互いを尊重した一体感を生む。
答えが決まっている当たり前のことを聞かれた桜香は眼を点にして口を開く。
「とても似合ってるし、着こなせてて可愛いと思うよ? 何だか動きやすくていいな」
「少しでも良いと思うなら、これを目指して下さい!」
思わず視線を背けたくなるほどの眩しさは、まるで雄大な虹を背負っているようだ。
知り合いと思われたくないという葛藤と尋常ならざる、天然の色彩音痴をどうしようかと悩む楓美。
(このままじゃ、一生決まらないまま終わりです……)
白熱する着物選びを見かねた女性店主が、仲裁に出てきて
「あらあら、少し休憩してもいいのよ。お客様は、滅多にいらっしゃらないし、ゆっくりお茶と菓子でも摘まんで考えてもいいんじゃないかしら?」
気遣い、優しさ、温もり。
その気持ちに甘えたいけども二人は断わりを入れた。
「御構い無く。今は食欲よりも優先するべき物がありますので!」
「うちも桜香様の為に、一分一秒を無駄に出来ませんので!」
刹那――
『くきゅるるるるるっ~~』
格好良く極めた桜香と楓美の腹の虫が、一寸の狂いなく同時に鳴り響いた。
互いに顔を見合わせ照れ笑いすると、再び視線を前にやって叫ぶ。
「ありがたくいただきます!!」」
とりあえずの一時休戦。
ご厚意に甘えて御茶と甘味を頂くことになった。
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