第 参 輪【人それぞれに歩むべき道がある】
休息を兼ねて外の景観を眺めながら、
薄い
「この、お団子。
「お茶も香ばしい匂いの中に深みがあって優しい味。まるで元から自分の一部みたいに自然と染み渡ります。心も身体も芯から温いです」
「突然でしたけど寄って行って良かったですね」
「ねぇ~!」
どれを口へ運んでも疲れが吹き飛ぶ幸せが訪れ、美味しく楽しく舌鼓を打っていた。
その様子を嬉しそうに微笑んで見守る女性店主。
「まだ沢山ありますので遠慮せずに言ってくださいね」
「「は~い!」」
団子ばかりに手を付ける桜香の両頬は凄く丸まっている。
喉に詰まらせないか時折、視線を向けながら心配する楓美。
(桜香様。へんてこな感性もさることながら、赤子のように何でも口に入れてしまう姿はとてもとても可愛らしいです。あら……?)
ふと、異変に気が付いた様子。
何やら小刻みに動く腰袋――の横にある湯呑みに。
「んふぁっ!? 桜香様、桜香様、大変です!」
「どうしたの?」
肩を叩いて指差しながら揃って覗き込む。
片方は興奮冷めず何故か嬉しそうで、もう一方は意味が分からず首を傾げた。
楓美が桜香の眼をじっくりと見ながら、顔との間に指を二本立てる。
「桜香様の御茶に浮かんでいる物。それは、かの有名な〝吉兆の茶柱〟と言うのです。しかも、三本もあります」
「それって、つまり?」
「滅多にありません……。あくまでも迷信ですけど、これから良いことが起こるかもです」
「やった~、何だか幸先良いね! 素敵な着物も買えるし、楓美ちゃんとも会えてさ!」
「勿論、うちもですよ。桜香様!」
互いに両手同士を絡ませ笑顔で喜び合う。
歳も近い人間と同じ食事を口へ運び、同じ空気を吸って、同じ光景を見る。
当たり前のような出来事にも、祖父と二人で暮らしていた桜香には新鮮そのものだった。
その間にも七ちゃんは腰袋でぐっすりと眠りについていた。
腹も膨れ休息も一段落した頃。
楓美が木々の間を
「楓美ちゃんはさ。どうしてそんなに喋れるのに、あんな所で立ち止まってたの?」
足を振り子のように前後へ動かしながら聞く。
照れ隠しも少々ある自信がなさそうな小声で返答してきた。
「昔から極度の緊張をし過ぎてしまうとあのようになってしまいます。自分ではどうにもならなくて……。ですが、こうして側にいてもらうと安心していつものうちを出せるんです」
桜香は顎に手の平を乗せ、頬に指を掛けて頷きながら言った。
「ほうほう。それはつまり、一人だと不安だけど二人なら大丈夫ってことだよね?」
桜色の瞳は不安そうな横顔を映す。
「恥ずかしながら……」
「なら、これからも仲良くするためにも楓美ちゃんのこと知りたいな! 教えて教えて!?」
単純な好奇心もあり口角を上げて眼を輝かせる。
桜香の明るい雰囲気とは対称的に、その姿はどこか寂しそうだった。
「ふぅ……では……」
ゆっくりと呼吸を整え天井の一点だけを凝視しながら語り始めた。
「うちは八人姉弟の長女なんです。父は亡くなり母は同じ病気で寝込んでいます。今は親戚さん達にお世話になっていて、何とかなっている状態です。まだ小さな妹や弟の前では格好良くて、頼れるお姉さんでいたいんです」
「え~と。ひ……ふう……み……よ……」
一人っ子が故に思わず両手の指を折り曲げる桜香。
溜め息をついた楓美は胸を押さえながら、深層にある本当の気持ちを吐き出した。
「けれども……それは所詮、見栄を張っているだけで只の偽りに過ぎません。時折、一人になると急に孤独感が襲ってきて、自分自身に嘘を付いてるようで苦しいのです」
肩を震わせ感情の高ぶりで落涙する。
持ち手の湯呑みに小さな波紋が広がり消えていく。
「だから、裁縫や料理はこう見えて得意なんですよ? 〝花の都〟に来たのだって、うちが花の守り人になれば、もっともっと家族が安心して暮らせるし、もっともっと美味しい物を食べさせてあげられるんです……」
一見、臆病な印象の楓美は進むべき目標や強い意思もあり、前向きな気持ちを口に出せる。
ただ、本人の性格もありとても心配性で自信の無さが影響していた。
「突然ごめんなさい。少しだけ、湿っぽい話になりましたね――え?」
重い雰囲気になるのを気遣い愛想笑いをすると、桜香は顔面を崩しながら大号泣で飛び付いてきた。
「ふぅびぃちゃぁん! 凄いよあんたは~! 私とそんなに歳が変わらないのに幼い兄弟やお母さんのために身を削ろうとしてさ。もう私は、感動したよおぉぉぉ……」
眼からは涙が、鼻からは鼻水が、口からは
楓美は見下ろしながら驚きつつも、着物が汚れるのを構わずに優しく抱き締めた。
(涙もろいところもそうですが、まるで一番下の妹みたいですね)
(楓美ちゃんの体、温ったか~い。気持ちいいな~!)
桜香が平常心を取り戻すのを待ち、両手を天井へと伸ばした楓美が腰を上げる。
「では、そろそろ」
「うん! そうだね」
互いに幸福感が満たされたのか、より一層笑顔になっていた。
瞳を見合せながら手を合わせ口を揃えた。
「「御馳走様
外の喧騒に負けないくらいの声量は店内に響き渡る。
「焦らずゆっくりしてくださいね。女性にとって着物は一生の宝とも言います。ですが、結局の良し悪しは自身が決めるんです」
「「はい!」」
最後に食器を店主へ戻すと着物探しを再開した。
限られた時間の中で、より速く、より正確に、自分に合った着物へ着替える。
「楓美ちゃん、これは!」
「とても奇抜です!」
「どうだ!!」
「かなり斬新です!!」
「そりゃっ!!!」
「素晴らしい限りの
とにかく好きなものを詰め合わせた桜香。
趣味や趣向がやはり人とはずれている。
前後左右の色味、形状や材質を瞬時に判断する楓美。
二人の息が合った攻防はしばらく続き、思い立てば夕刻になっていた。
けれども中々どうして決まる事はなく、力尽きてその場にへたり込む。
「はぁはぁ、楓美ちゃん……絶対に意地悪してないよね? 私、結構真剣だったんだけどさ。どこがいけないか分からないよ」
「ふぅふぅ、そんなことはしませんよ。桜香様が選ぶ物同士が個々の良さを潰し合っているんです。あれもこれもではなくてもっと、直感的に決めた方が良ろしいかと……」
見る者、魅せる者、互いに全力を出し切った。
それでも、しっくりとこないのが現状。
途方に暮れる桜香達を見かねた店主が咳払いをしながら言った。
「こほん。店頭に並ぶのは以上になりますが……まだ、呉服屋〝
どうやら店内の在庫ではなく、持主が亡くなった物が律儀に保管されているようだった。
ここまで来たからには最後の最後まで希望を持っていきたい。
「「是非!」」
そう言って桜香と楓美は歩み出した――最高の着物を求めて。
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