第 伍拾漆 輪【変わらない思い】

 ――あれから七日が経ち、疲弊していた空気も緩和された頃。


 重腰を上げた村長によって、村は活気を取り戻すと慌ただしい早朝が訪れていた。


 薊馬が根城にしていた洞穴を村人総出で弔いのため、焼却と共に穴部を埋める作業をしている。


 その光景を見ずに崖の上から音だけを聞いて、静かに座り込む桜香と青葉。


 多数の血肉にまみれ凄惨な現場と化した最奥には、姉である浜悠の亡骸も含まれている。


『最後に行ってあげたいんだけどさ……。お姉ちゃん、恥ずかしがり屋だから……。見せたくないって言うと思う。ありのままの綺麗な記憶で留めておきたいんだ』


 青葉なりに考えた切実な願いだった。


 人手も少ないせいか難航しながらも着実に進んでいく。


 結局、夕方頃まで続き静まり返った場所で二人だけが残る。


 擦り傷程度で済んだお腹を擦りながら、気を遣ってか呆然とする青葉へ下手なりに話を振る。


「痛ててて。まだ、傷が治ってないみたい。あんな凄いのを受けたのに何故だか軽症だって。ふふんっ、こう見えて私って頑丈だからさ!!」


 本当は背中を強打したせいか少し動くだけで、痛みが伴うが彼女なりの空元気を見せてみた。


 それに感付いたのか分かりきったように眼を細めて睨む青葉。


「桜香ちゃんは女の子何だから、あまり無理しなくていいよ? 本当は痛いんでしょ!?」


「えぇっ!!? そ、そ、そんなことなぃよぉ?」 


 驚き、慌て、誤魔化そうと立ち上がるも全身に稲妻の走るが如く激痛が体を巡る。


「うぎゃっ、やっぱりいだぃ!! くぅ~ん……」


 伸びた、叫んだ、静まったと思えば、呻き声を上げながら小さく丸まる。


 小刻みに細かく震える桜香の姿に、歳上としての威厳は感じられなかった。


 しかし、それが返って良かったのか突然笑い出す青葉。


「ははっ。何だか懐かしい気分……。正直者のくせに〝嘘が下手〟なところも、誰よりも優しいから〝見て見ぬふり〟が出来ないところもさ。本当にお姉ちゃんそっくりだ」


(あれ、いま笑っているよね? 見えないけど、やったやった嬉しい!! でも……痛いものは痛いの……)


『青葉君を元気付けよう!!』


 と思い立った作戦は、自滅失敗からの逆転勝利に輝いた。


 治まるまで数分の休憩を挟みつつ呼吸を整える。


 桜香は、今後〝花の守り人〟を目指すのに辺り質問を投げ掛けた。


「ねぇ、青葉君。あのね、お姉さんってどんな人だったの?」


「ん~と……」


 考えているのか少しだけ間を空けて、幼いながら確かな感謝と尊敬の意を丁寧にゆっくりと紡いでいく。


「怒りん坊で、頑固者で、たまに良くわからないことで笑わせてくれるお姉ちゃんだったよ。おいらはそこに憧れてた。出来るなら力になりたかったんだ」


 未来に進むべき道は自身で探しても到底、見つかりっこないと半ば諦めかけていた。


 そんな矢先に、姉と同じ言葉で、姉と同じ表情で桜香は微笑むと重い口を開いた。


「私達は今を生きていて、亡くなった人とは同じ時を過ごせないけど……。進むことを諦めなければ、花の守り人にだって成れると思う。――」


 聞き間違いかと思わず耳を疑う青葉は、どこか悲しさが宿る桜色の瞳から視線を離さない。


 桜香が言ったのは憐れみやその場凌ぎではなく嘘偽りのない本心からの――


「うわあぁぁん……」


 途端に鼻を強くすする音がしたかと思えば、大声で嗚咽おえつをし始めた。


 これまで我慢してきた物が、溜めていた恐怖が、内から外へと吐き出され、涙と共に流されていった。


 すると、青葉の背中へ温かな陽の光のような優しい感触が当たる。


 手を鼓動に合わせて動かす桜香は、そっと耳元でこう呟いた。


「だって、お姉さんは強い人だったんでしょ? 〝心〟や〝体〟、〝魂〟も……こうやって灯火を絶やさず意思を次に渡せるくらいにさ」


 大切な家族に守られて命を救われた桜香と青葉。

 年齢も性別も違えど背負った境遇は似ていた。

 今でもあの夜を思い出すだけで胸が苦しくなる。


「一人でも最後まで闘った……お母さんやお祖父ちゃん、浜悠さんみたいに……いつか、〝桜香わたし〟が居るだけで……誰かの心を強くするような……。そ、そんな人に……なりだいんだ……!!」


 励ます筈だった桜香もいつの間にか、貰い泣きしてしまい二人揃って大号泣していた。


 場所も時間も気にせず、ありのままを晒したのは何時振りか分からない。


 幾度も幾度も落涙しては、徐々に色濃くなる深い影に消えていった――


「ふぅ……すぅ~」


「はぁ……」


 各々、深呼吸をして気持ちを切り替えていく。


 時間が経ちようやく落ち着いたのか、青葉から声を掛けてきた。


「あのね。おいら、最後に聞きたいことがあるんだ。桜香ちゃんは、どうしてあんな化物に立ち向かえたの? 死んじゃうかもしれないのにさ」


 率直な疑問に桜香は真っ直ぐ瞳を前へ向けた。

 視線の先には、花の守り人になるため第一に目指すべき場所――〝花の都〟が広がる。


 「んとね。上手く説明できないけど、背中を押された……からかな? でもね。振り返って後悔する位なら、その時、その場で自分の限界まで挑んで挑んで挑み続ける……」


 自らの一字一句を口にする度、この数日間のことが脳裏を駆け巡る。


 家族である祖父の死、七ちゃんとの出会い、無防備ながら薊馬との戦闘、母との大事な記憶。

 それら全てが今の桜香を強く前向きに変えてくれた。


「それでも結果が駄目なら、もう二度と繰り返さないように自分自身が強くなるしかないの。だから私は、自分を変えるために、変えられない物を守るために〝花の都〟に行くんだ」


「そっか。せっかく仲良くなれたのにね。ちょっと寂しいけど。じゃぁ、これでお別れだね……」


 青葉の悲しさと切なさを秘めた横顔に胸が苦しくなる桜香。

 傷だらけの手で癖毛の頭を撫でながら言った。


「これからは怯えなくて大丈夫だよ。國酉さんが支援を呼んだみたいだからね。私もいつか今と比べ物になら無いほど、成長して強くなったら……青葉君は、また会ってくれるかな?」


 いつ命を落とすか予測できないこんな世界だ。

 叶うならば互いに成長して会おうね――そう、願いを込めて約束を交わした。


 鼻を鳴らして歯を剥き出しにして年相応の笑顔を作った青葉。

 両手を空高く伸ばしながら力強く元気一杯に答える。


 「もちろんさ! 桜香ちゃんが〝植魔虫〟を全て倒すのと、おいらが〝花の守り人〟になるの、どっちが早いか勝負ね!!」


「ふふんっ~! それはのぞむところ!!」


 負けず嫌い同士の二人が拳を合わせると、まるで仲の良い姉弟のように心から笑い出した。


 いつもと変わらぬ場所で、変わらぬ風景で、森中を夕陽色に溶け込ませながら落ちる太陽。


 取って置きの特等席にて、役目を果たした柄だけの刀と、その側にある少しだけ汚れた髪留め。


 頬を撫でる優しい風が吹くと、まるで照れながらも寄り添っているように見えた。


 青葉や桜香の知らない場所へ還った浜悠と鬼灯は―― を祈っているのかも知れません。



 ★


 次回、第ニ章最終輪――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る