第 弐 章-最終輪【まだ見ぬ明日へ】
その夜、村長を中心とした近隣の有志による大々的な宴会が行われた。
花の守り人である國酉によって、薊馬討伐後の植魔虫による被害が目に見えて無くなったからだ。
とても
開始前に多数の老若男女が見守る中、代表者である村長が口上を述べる。
「先ずは、此度の件で数多くの犠牲者が出た。大変心苦しく思う。だが、あまり悲観せず下を向かずに、その両目で、前を周りを見渡してほしい。昔から顔馴染みの者、初めて顔を知る者、それは、若者か? 老人か? 生まれたての子供か? 一つ言うとすれば人の命に優先などないのだ。失った者達は元には戻らないけれど、皆が家族であり大事な体の一部として心得ていただきたい」
「儂の孫でありたった一人でも勇敢に闘い続けた浜悠。並びに漢の生き様を見せて下さった鬼灯様へ捧げる。さぁ……それでは、天へと帰った家族や仲間達に笑って報告しようじゃないか! 〝俺〟は〝私〟は、あなたに救われたと! 〝さようなら〟や〝安らかに〟と言った別れの言葉ではなく、心からの感謝の言葉。〝ありがとう〟を――それでは皆の者……乾杯!!」
「「「「乾杯!!!!」」」」
小さな星々の
仄かな明かりに照らされて声高らかと杯を交わす。
もう、何も怯えなくていい。
もう、誰も恨まなくていい。
もう、痛みも受けなくていい。
誰しもが恐怖した見えない殻を打ち破り、誰もが望んだ喜びを分かち合う。
夜通し行われた〝送別会兼宴会〟は、光明差す日の出と共に終わりを告げる。
楽しい時ほど流れは早く、あっという間に旅立ちの朝がやってきた。
國酉は村人達へ、もう一度問く。
このまま村から都へ移住するか、または停留するか好きな二択を選べると言う。
村人達は互いに顔を見合わせると、一つの意見に纏まっている様子。
前へ一歩出た村長が頭を深々と下げて口を開く。
「花の守り人様。この度は何から何まで本当に感謝をしております……ですが、その提案は辞退させていただきます」
「ふむ、そちらさんにとっても決して悪いことではないと思うが。
「いえいえ、ほんの些細なことですよ。儂等は〝この場所〟が、生まれ育ってから愛着のある、ここがこの場所が大好きなのです。何より〝家族〟ちゅうもんは決して離れる訳にはいけません」
「そうか、そうか! なら、こちらも出来る限りの協力をしよう! ふぉっふぉっふぉっ!!」
返答を聞いて大口を開くと、森中に響かせるほど豪快に笑う。
聞くだけで、見るだけで、誰もが幸せになれるほどの器を持っていた。
「そっ……それとじゃ……!!」
思い出したように青葉へ近付き目線を合わせて言った。
「最後に少年よ。
「力が無ければ失うものは多く、取り返しのつかないこともある。しかし、それでも守りたい物があるのなら花の都へ来なさい」
「〝
雑に頭を撫でて背中を向けると、人々の眼に羽織の刺繍が留まった。
五枚羽に囲まれた金色の鳥は安らかに眠っている。
それは寝息さえ聞こえてきそうで、見えぬ誰かに守られているよう――
「では、
皺だらけの顔をより一層に深め高らかと指笛を吹く。
「ピューーーッ!」
綺麗過ぎて、通り過ぎる混じりっ気のない音だった。
森中の鳥達が一斉に呼応したせいで、強く大きく揺れ動いた木々の群生。
「チュイ……チュイ……」
――天から降り立つ一際存在感のない一羽の鳥がいた。
太陽と重なり人々の影を覆い尽くすほどの巨躯。
羽を仕舞いながら無音の着地と同時に凛とする姿。
お腹回りは雲にも似た肌触りの白色。
背中は宝石と見間違うほどの淡い藍黒色。
深く切れ込みの入った長い二股形の尾。
「チュチュ~! チュリチュリッ!!」
「ほっほっほ!!
國酉以外の誰もが未知の
桜香に至っては、あまりの衝撃で両手で口を覆い言葉を発っせられていない。
「か……か……」
國酉は差別や好奇な視線を何度も経験したが故に心の内は悲しんでいた。
(やはり怪物と言われるのも無理はない。しかし、幾年経っても慣れはせず良い気はせんな……)
当の本鳥は他者の視線という、小さなことを気にしてない様子。
まるで求愛行動のように一歩ずつ跳びはねながら擦り寄っていった。
撫でられては頬ずりで返し。
語りかけられては鳴き返す。
人と同じで、命あれば一緒の、喜び、笑い、分かち合っている。
誰かが線引いた種や言語は違えど、まるで普通の親子と何ら変わりがなかった。
黙って見守る桜香や村人達に、ある共通認識が生まれた。
硬質な
――何て〝愛らしくて健気な生き物〟なんだろう……と。
桜香はあまりの悶絶振りに火傷を錯覚するほどに頬が赤らんでいた。
(凛々しいお目々が大きくて
(ぶえっくしぇん!! あ゙ぁ゙っ゙、何か寒気がするのぉ……風邪でも引いたかな? まぁ
準備が出来たのか國酉は軽やな身のこなしで背中へ飛び乗り、悩ましい顔で桜香へ質問をする。
「よっと! 待たせて悪かったのぉ〝
既に答えが分かっていそうな意地悪な顔をしている。
桜香は待ってましたと言わんばかりに、両手を空へと突き上げた。
そして曇りのない大粒の瞳を見開いて、取り柄である元気な声で叫ぶ。
「ずっとずっと心に決めています! いざ〝花の都〟へ!」
「ふん。分かっておるわい! では、乗りなさい!! ほぁっ!」
指先の合図と共に〝
辺りに砂煙が立ち木々を揺らす。
通常なら急ぐ場面でさえ律儀にお辞儀して回る桜香。
「村の皆さん、短い間でしたが大変お世話になりました。旅立つ私をどうかお許しください……」
腰に手を当て鼻を鳴らして満面の笑みを見せる青葉。
「もう一生、会えないみたいに言うなよ。そんな縁起でもないこと!」
感動の別れでも止めずに頭上近く宙へ浮いた後に知らせる國酉。
「お~い、悪いが早よせんと置いて飛び立ってしまうぞぉ~…!?」
前方、後方、 また前方を見て、その場で足を踏み鳴らして慌て出す。
「あわわわわっ、急げ急げ~。あっ青葉君~! また来るからね~!! 忘れないでね~!!」
急ぎ足で走りながら手を振ると、離陸する〝
涙目で情けない声を上げて助けを求める。
「助けて國酉さん。滑って落ちちゃう、落ちちゃうよ~……」
「ほれ、死にたくなければ手を掴みなさい。全く、格好よく決めたかったのに朝から慌ただしいのぉ」
國酉が頭を悩ませながら救出すると小声で呟いた。
「本当に親子ちゅうのは良く似るわい。血の繋がりと言うのは恐ろしいものよ……」
「えっっ? 今~何か~
桜香がすっとんきょうな表情をしながら、
おまけに風圧で酷く顔が崩れている。
その容姿――正に゙未知の生命体〟を
「おっふぉ! 老人の独り言には耳を傾けるな馬鹿者! 心臓止める気か! さぁ、振り落とされないようにしっかり掴まってなさい。行くぞ二人共!!」
変な声を出しながら拳骨を一撃お見舞いし、機嫌を取り直して直ぐ様前を向いた。
(痛っ! うぅ、お祖父ちゃんにしかやられたことないのに~……)
一滴の涙を流し頭を抑えながら異変に気が付く。
「あれ……何か、胸の辺りが……おかしい。しかも、動いてて……くすぐったいような。まさか、成長き――」
突然変異並みに暴れ狂う両胸に驚きつつも歓喜したその時。
「きゅきゅ~!!」
正体は首元から顔を出す七ちゃんだった。
ちょっと残念なような、会えて嬉しいような。
様々な気持ちが混ざりながらも、最後に沸く感情は〝再会への喜び〟。
「わっ! いつの間に入っていたの!。でも、七ちゃんは私の恩人? 恩虫? さんだから、これからもよろしくね!」
「きゅいっ!!」
互いに笑顔で称え合うと、初めて見る空からの景色を堪能した。
ふと、振り返ると徐々に遠くなる祖父の家。
桜香は天に近いからきっと届くだろうと思いながら誓う。
(お祖父ちゃん行ってきます。必ず花の守り人になるまでここには戻れないよ。なので、少しだけ寂しいかも知れませんが天国のお母さん達と見守っててね)
晴れ渡る空には1つの雲がない満天の快晴であり、吹き荒れた嵐の後の静けさが如く。
7色の個々に煌めく虹が森と都を繋ぐ橋のように、桜香と七ちゃんの門出を祝っているようでした。
★
皆様長らくお待たせ致しました!。
次回から〝花の都編〟が始まります!
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