第 肆拾玖輪【猛る咆哮】
気絶してから何れくらいの時間が経ったか定かではない。
〝死ぬ時は眠るように〟とも言われるから、もしも目が醒めなかったら――そう頭に過る桜香。
そんなことを思考出来ると言うことは、しっかりと息をしているし生きている証拠。
意識を取り戻せたのは頭に直接受けるような音の塊だった。
(んっ……もう、うるさいなぁ……)
反響した声に
寝起きの
ぼんやりとした視界からは、見知らぬ人影を複数個ほど視界に入った。
(痛くて痛くて頭がぼーっとしてる。何だか身体中が熱くなってきた……おまけに動けないみたい)
原因は天井に留められている
足は辛うじで地面に着いても、背伸び状態なので思うようには身動きが取れずにいた。
(何が成長期だ。もう少し身長が高かったら良かったのに。このままじゃ足つっちゃうよ……)
不幸中の幸いにも口は塞がられておらず声が出せる。
ちょっとだけ気軽さを交えて会話を試みた。
でも、ちょっぴり緊張していたようで控えめな声量だ。
「あの~おはようございま~す。今日は良い天気ですねぇ……あははっ――」
乾いた笑いに怒った天が稲光を起こし、洞穴を一瞬だけ照らす。
幾多の分岐を得て空を駆け巡り――直後の爆音。
「きゃ~っ!!」
桜香は耳を塞げないせいで、思わず悲鳴をあげてしまった。
どうやら近場の木へ落雷したようだった。
男達は悲鳴に釣られて、重い腰を上げ周りに群がり始めた。
好き放題言葉を交わし、迫り来る
間近で見ても桜香は眉一つ動かさず微動だにしなかった。
それは、怯えていたのでも動揺していたのでもない。
今の体調としては、後頭部の激痛と空腹による腹痛が半々でそれどころじゃないからだった。
「よぉ、お目覚めの可愛い声出しやがってお嬢ちゃん! 俺たちゃぁ待っていたんだぜ~?」
「おい、親分から手を出すなって言われたろ? 大事な客人みたいだからなぁ!」
「そういや、昨日拾ったあれの模造品は完成度高かったなぁおい!」
斧を舐めたり手入れの行き届かない毛髪を生やした野性味のある男達。
普通の少女には、到底耐え難い恐怖を植え付けようと試みている。
この時の桜香は恐がるどころか、男達の話を微塵も聞いていなかったのだ。
理由は全く持って見当違いの考えに至っていたからと言える。
(沢山の人だ。良かった……一人じゃないんだ。でも、どうして縛られているのか分からない。きっと挨拶もしないで勝手に入ったからだよね? 開放的な玄関口?から入ったんだけどな……え~と、どうしたら解放してくれるんだろ――)
一字一句も聞き取れない荒ぶる濁流のような言葉の数々。
一方的に浴びせられ訳もわからずにいる桜香。
腹から声を張り上げ素直に頼んで見ることにした。
『何も悪いことはしないので縄をほどいてください。お母さんの刀を探しに来ただけなんです!』
――と。
意を決して言葉を紡ぎ。
「何も……」
と、発した瞬間――何故だか先程までの威勢が失くなった男達。
頑強な腕を前へ、傷だらけの指を絡ませながら左右へ別れ道を開けていた。
「「「お待ちしておりました〝待雪の親分〟!!!」」」
急なことで状況が把握できず、首を動かして片っ端から声掛けをする桜香。
「私の言葉が聞こえてますか~? お~い、お~い!」
どんなに大声を出しても、どんなにじたばたと手足を動かそうとも、誰も気にも止めず耳を貸してはくれない。
(私って呼吸してるよね? 生きてるんだよね? もしかして――本当は死んでいたりして……)
自分で自分に余計な心配をして、身の毛もよだち不安がる桜香。
幸いにも嫌な予感は当たらず、とても反響する声で喋る一つの影が近づいてきた。
焚き火の熱が火照った顔を照らし、濡れた髪を乾かして冷汗を流させる。
(こんな怖い人達を従えているんだ。多分、一番偉い人に違いない。)
少しだけ好奇心に駆られた桜香は、沢山の人相を想像した。
手のつけられない狂暴な熊のような野獣男。
全身毛むくじゃらで言葉の通じない原人。
誰もが見上げる程の大木のような大女。
或いは、それ以外の〝怪物〟を。
しかし、蓋を開けて見てみれば構えていたのとは雲泥の差だった。
白髪。低身長。腰の低い態度。おまけに心へ付け入る優しい声。
甘い顔とは言い難いが一見、悪そうには感じられない印象。
「初めましてお嬢さん。俺は〝待雪〟って言うんだ。一つ大事な質問をしていい?」
(あっ、想像よりも以下過ぎた。それでも話の分かりそうな人で良かっ――)
少し落胆した桜香がほっとするのも束の間。
「ところで話は簡潔にしようか……これは本物かい?」
待雪と名乗る男は、大事そうにゆっくりと数枚の布地を
そこに現れたのは純白の鞘に包まれ、
探し求めていた〝
縄を食い込ませながら、思わず手を上げたい気持ちで驚く桜香。
「あっ!! 本物も何もですけど……
「んだとぉ……お前みたいなちんちくりんなお子さまが〝花の守り人〟だってぇ? 笑わせんのも大概にしろや!」
「嫌、あながち間違いではないかもな。本部である花の都には、恐ろしく強い子供がいると聞く。こいつだとしても不思議ではないぜ?」
「なら、殺っちまうか? 今さら一人も二人も変わんないだろ」
待雪を差し置いて何やらざわめき立って反応する男達。
遠からず近からずの異変に、一早く察した桜香は大人しく冷静に告げた。
「言い辛いんですが胸騒ぎがします。その……何か聞こえませんか?」
あまりにも間抜けな一言を耳にした男達は、眼を見開くと動きが一瞬だけ止まった。
「――お
不意に首元へ当たる冷たい刃。雑な吐息と殺気に満ちた怒声。
絶体絶命と思われたその時――
「ヴ……ヴヴ……ヴッ……」
到底、人間の物とは思えない唸り声が断続的に耳に入る。
それを聞いた男達の手は急に止まり代わりに震え始めた。
今更、思い付いたように誰かが口にした。
混乱を招き入れる火種を――。
「なぁ、おい。鬼灯が死んじまったら、薊馬との契約が破棄されんじゃねぇのか?……。もし仮に、他の植魔虫が一斉に動き出したら!!」
「えぇい、どけどけぇっ! 俺は先に逃げるぞぉぉお!!」
騒ぎを立てた数人は慌てて秘密の裏口から逃走。
残った人間はなにも出来ず呆然と震えていた。
そこに舞い降りるは、〝光明差す導きの言葉〟。
「まぁ、安心せいお前達。
「ヴア゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ル゙ル゙ル゙ル゙ッッッ!!!」
慈悲深くずっしりと肝の座った待雪の言葉は、ものの見事に掻き消された。
「ひっひぃ~! お前達~急いでずらかるぞ!」
情けない声を上げながら飛び跳ね、腰を抜かして地面に強打した待雪。
丸まった体で刀を大事そうに抱いたまま、首根っこを仲間に摘ままれ引き摺られて去っていく。
場に四肢の自由が効かない桜香だけが取り残された。
「私は? えっ、ちょっと待ってよ~!」
無情にも桜香の叫びは、
「ギュジャ゙ア゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙!!!」
心臓へ響き渡り強烈な突風を造る
洞穴を中心地として立っていられないほどの揺れの強襲。
辺り一帯を不条理に巻き込み、その〝凶悪さ〟を
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