第 肆拾漆 輪【二兎を追えば上手くいかないことばかり】
薊馬は見下すように鬼灯の眼を見て、
「話の分かる
連続する言葉の羅列は悪魔の
第一に鬼灯は傷を負った薊馬が回復するための場所と食料を提供。
第二に存在を他へ知らせないことを付け加えた。
鬼灯からは〝誰かに危害を加えない〟〝青葉や村人の安全を保証する〟という条件を薊馬は呑む。
提示された条件は双方共に有益であり、二つ返事で了承する他、今は選択肢がない。
「此方としても悪くない。交渉成立だ。受け入れよう」
「
合意の握手は交わさず、代わりに密着した体を突き飛ばす。
確かな闘志を胸に秘めた鬼灯によって、交渉は帰結された。
力強く離れた薊馬は一寸もよろめかず、口元に手を当てて微笑む。
「これからが
「黙れ化け物。今のお前は利用価値があるだけだ。何れ、殺してやる」
「「
自分の中の何かが崩れて
人が虫を虫が人を見て確かに
腹の中の思惑を隠すために
心から人目も考えずに
その先に有るのは、私欲のためか仇討ちか――
((
今にでも一触即発の雰囲気の中で、後方の森から音がした。
聞き覚えのある低い男の声だ。足音からして複数人いる。
鬼灯は強く舌を鳴らした。
「ちょいちょい旦那ぁ、随分と探したんですぜぇ?。こんな所で女とお楽しみをしてたとは……」
端から見れば裸の女と男による密会現場。嫌味ったらしく言われるのも不思議ではない。
神経を逆撫でするような言葉を受け、一瞬だけ眉間に
振り返った頃には〝偽りの
自らの胸に数度ほど親指を当て口にした。
「いや、これも
視線を流した先には、屈強な肉体を持つ男達を従えた腰の曲がった人物。
両脇五人は各々に〝棍棒〟〝鎌〟〝鉄鎖〟〝鉈〟といった物騒な代物を持っている。
中央に立つ男――名を待雪。
鬼灯の幼なじみで、共に悪さを人一倍してきたせいで頭が非常に良い。
白髪混じりで老齢に見えるが、実は鬼灯と年齢は変わらない。
(頼むから余計なことをするなよ?……)
背後に立つ薊馬に半ば祈るように思考を巡らした。
すると、仲間の一人が二人に指を差しながら近付く。
鬼灯よりも遥かに大きな体躯の男は、肩に重厚な手を置くと好き勝手に喋る。
「おい、そこの姉ちゃん!! なんなら俺達と遊んでかないかぁ!? なぁ?、野郎共!! がはははははははっ!」
馬鹿笑いと共に呼び掛け、それに答える者達。
「顔だけしか取り柄のない色男~。鬼灯だけが良い思いは不公平だかんな!!」
「そりゃぁ違いねぇなぁ? 何たって俺達は仲間って奴だからなぁ!」
「「「わっはっはっはっは~~~!!!」」」
よほど面白かったのか周囲も腹を抱えている。
浜悠の肉体に宿る薊馬は、興味がないのか目を細め無反応を示す。
「……」
響く声、飛ぶ唾、迫る群、おおよそ止まない気配の中。
それは、待雪のたった一言で静寂と化した。
「まぁ、落ち着け。お前達と違ってうちの稼ぎ頭様だ。無礼を働く前に多少は
「うっす。すみません親分」
へこへこと頭を下げては掻きむしり、威勢を失った男達と上手く立ち回る鬼灯。
「全くだ、さっさとこの汚い手を退けろ。俺には、まだやることがある。先を急ぐのでな、そこを通してくれ」
「行くぞ」
と、手で合図を送り歩みを進めた。
鬼灯と薊馬が足早に場を抜けようとした時、
意地の悪い待雪が微笑みながら言った。
「ところで、花の守り人の刀を盗んで闇市に売ろうって言ったのは、旦那じゃなかったですっけぇ?」
瞬間的に時が止まった――否、止まったのは呼吸だった。
(まさか待雪の野郎、この場で言うとは。嫌、大丈夫だ問題ない。
忘れかけていた
「悪い悪い。そうだったな。ちょっとだけ寄り道をしていたところだ。もうそろそろ手に入る。大人しく待ってろ」
口振りや態度で迷いは見えども堂々と去っていった。
この日を境に鬼灯は〝花の守り人〟を名乗り、何も知らぬ村人から金銭や貴重品を搾取。
それを横流しする形で待雪や仲間達に渡していた。
一方で植魔虫被害が無くなり、偽りの
薊馬の思惑通り村外れの洞窟で私腹を肥やし、自堕落な毎日と共に長い時間を掛けて力を蓄えていった。
ここまで友好的な関係を続けていた三者。
しかし、崩壊の原因となったのは桜香が持つ選ばれた花の守り人にのみ許された最上位の業物――〝花輪刀〟
〝四季折々〟である桜香の母が残した〝
ある日、鬼灯は浜悠との約束の地で胸に誓う。
「成れないかもしれないけど、俺は今日から――〝花鳥風月〟を名乗ることにするよ
何処か遠くにいる君を羽ばたいて探す事が出来る存在。〝刻鳥の鬼灯〟をね」
『貴方が必ず救って』
あの時に誓った浜悠との約束は、命尽き果てるまで果たす事は叶わなかった。
幾度となく嘘を塗り重ねても尚、いつか報われると信じ続け歩んできた。
――可能性は小さいながらも、未来へ託すことは出来た。
全ての答えは、桜香が〝母の形見〟を探す早朝に戻る。
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