第 参拾七 輪【一難去ってまた一難】

 意識は既に朦朧もうろうになり、現状を打破できない無駄な足掻きを止める。


 僅かに感覚の残る指先で、浜悠の手の甲へ文字を書く。

 それは弱々しいながらも、心から出る必死の叫びだった


「何だか、くすぐったい」と気付いた浜悠は、直ぐ様に男の意図を組む。


「え~っと……〝い・き〟?。そうかそうか、息が苦しくて口を割れないってことだね!?」


 いくら声を掛けても返事はおろか、僅かな反応さえ示さなかった。


 ぐったりと力無く揺れる腕や足は、首のみで全体重を支えていれば当然の結果である。


「まぁ、刀で人を傷付けるのも、ましてやあやめるのも御法度だから、これで勘弁して上げる」


 花の守り人として刀を振るい植魔虫を狩るが、決して。 


 如何なる対人戦において、殺生の手加減は重々に心得ていた。


 鼓動が幹を挟んで響いているのを確認後、込めた力をゆっくりと緩め地へ降ろす。


 男は、鈍い音を立てながら地面へと倒れ、片膝を着いた浜悠が生存確認を行う。


「どうやら綺麗に気絶しているみたいね。あまり暴れなかったお陰で呼吸と脈も安定してる」


 安堵のせいか胸を撫で下ろすと、同時に自身の〝お節介癖せっかいぐせ〟で溜め息が出た。


「はぁ……何があるか分からない森中ここで、1人にする訳にもいかないしなぁ~。今日はこの場所で〝野営やえい〟って所ね」


 放置して何かあっても寝付きが悪くなると思い、朝陽が昇るまで様子を見る事に決めた浜悠。


 1人なら木に登って熟睡する事も可能だが、流石に背負った状態では骨が折れる。


 天を見上げると不幸中の幸いか、今日は一切の曇りがない空模様。


 加えて自然光である月明かりが、辺りを仄かな色に照らす。


「ふぅ~、流石に冷えるなぁ。このままだと寒くて風邪を引くだろうし、一応気を利かせて……」


 何か暖をとれるものを探すため、男の周りを自らの〝刃圏じんけん〟の範囲内で探し歩く。


 数分後に足元で鳴る乾いた音を聞き、不敵な笑みを浮かべる。


 枯れ葉を両腕一杯に抱え、何度も何度も往復しながら男の体へと盛りに盛っていく。


 局所的に山盛りとなった四肢が、見る影もない位になった頃。


 したたる汗を拭い、両手を限り無く広げ小さく叫ぶ。


「私史上、最高傑作にして素材本来の良さを際立たせる自然豊かな寝床……名付けて〝浜悠のすやすや寝具1人用〟!」


 〝影ながらの努力〟をが、目の前の男は気絶していて勿論返事はない。


 無惨にも吹き抜ける夜風が、白髪を揺らして体内に染み渡る。


 乾いたくちびるを震わせながら、不貞腐ふてくされ気味に「あぁ寒い寒い。準備も真面まともにしてこなかったから何もないし……」


 浜悠の空元気も不発に終わり、無言で木を背凭せもたれにして腰を落とす。


 両足を小さく折り畳み太股ふとももの間に刀を挟むと、羽織で体全体を覆い隠す。


 寒暖に強い特殊加工のお陰で、ある程度の寒さを軽減しても、透き間風だけは骨身に染みる。


 顔だけを外へ出し、何処どこか遠い存在の月に向かってそっと呟く。


「そして私は今日も1人寂しく、夜の闇の中でうずくまるのでした――」


 まぶたを数分に1回程閉じても安眠はせず、心から熟睡したのはいつだったかさえ記憶にない。


 浜悠は幸せそうに寝息を立てる男を、羨ましそうに思いながら、数時間の孤独感の中で日の出を迎えた。


 温かな陽光が木漏れ日となって森へ差し込み、飛び立つ小鳥達の声で今日の始まりを告げた。


 大粒の雫が輝く朝露あさつゆは、ゆっくりと葉と葉を行き交い、大口開く男へ1滴、2滴と無防備な喉を通過。


 苦味と得たいの知れない感覚で、ようやく目覚めると開口一番に


「――っ!! ぺっぺっ……一体何がどうなってるんだ!?」


 苦味を覚える唾液を吐き出すと、叫びながら飛び起きる。


 同時に大量の枯れ葉が宙を舞い、まるで自らの脳内に似て混在しているようだ。


 記憶はあっても状況を把握出来ないのか、まだ痛みのある首元をさすり始めた。


 今現在、自分は生きているのか?もしくは死んでいるのか?――答えは2つに1つ。


 数少ない視覚的情報を用いて、得意気に最適解を導き出す。


「そうか、分かった。ここが〝黄泉の国〟とやらか。通りで変な葉っぱを、大量に乗せられていると思ったら……天へ送るための儀式という事で間違いないな!」


 自身満々かつ他の追随を許さぬ、圧倒的な外れ具合に、ついつい口を挟んでしまう浜悠。


「さっきから1人で、ぶつぶつとうるさいなぁ。貴方、私の弟と一緒で寝起きが悪い人でしょ?」


 恐らく図星だったのか手を横へ振り「馬鹿言うんじゃねぇよ。俺はこう見えても朝はめっぽう強――」


 調子の良い口調で対抗しようとしたが、次の言葉は外へ出ずに胸に仕舞う。


 何故なら、いつの間にか目の前まで迫る浜悠が、般若の様に口元を裂いて笑っている――風に男は見えていたから。


 もし仮に言っていたならば、次はさらに長い〝記憶の空白期間〟が待っているだろう。


 咄嗟とっさの危機管理能力に、胸を撫で下ろしいると


「目が覚めたら、初めて会った人には先ず〝おはようございます〟でしょ? 


 浜悠の一字一句に、殺気とは別の圧力が掛かる。


 男は首を高速で横に振り、どう見ても年下だと思いつつも、眼を泳がせながら「はひっ……。おっ、おはようご……ざい……まふ……」


 と、出せる声を絞り上げながら、苦しくも何とか乗り切る。


 そうしたら、直ぐ様に笑顔へ切り替えて「良かった、やれば出来るじゃない! で? 私に用があって着けて来たんだよね?」


 今にも吸い込まれそうな白色の瞳だけは、どう見ても笑っていなかった。










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