第 伍拾伍 輪【戦略的卑怯】
圧倒的な体格差の両雄による無言の威圧。
直近に立つ背の高い木へ落雷が直撃するも、互いの力量が分かっているが故に微動だにせず瞬きさえしない。
それは、一息でも一瞬でさえも隙を見せたが最後――軽々と命を狩り取られるからだ。
(これだから雨の日は殺り辛くて敵わんな。泥で足を取られ、おまけに衣服が重くなる。動きの制限もそうじゃが……何より雑音が多くて集中出来んわい)
(ぐぅっ……どうやら
これ迄、私腹を肥やし生きてこれたのは、奇襲か力のない人間相手だったからだ。
実力者である浜悠でさえ情を餌に寄生した。
只の刃物では斬れぬ腕を眉一つ動かさず、自らを狩れる者とは対敵したことはない。
緊迫した睨み合いが続く中で
「ほれ、どうした。もう、降参か? まさかその程度で終わりではあるまいな?」
枯れ葉のように痩せ細ったその身体は、小手先ほどの力で殺せてしまいそうなほど軟弱に感じる。
だが、先の一太刀は紛れもなく目の前の男が繰り出したものだ。
他の有象無象とは違い知能を持った薊馬にとって、自らが勝てぬ土俵に立つほど愚かではない。
これまで食い溜めた分は大雑把な変形に使用したことにより、回復にまわす体力の消費が著しくなった。
「まぁ……
人間らしく悔しさを表した薊馬の肘から先が徐々に形成され再生されていく。
ただ斬られただけなら治りは遅くとも、完全治癒と呼べるまでおよそ三十秒ほどを要した。
その間、國酉は一切微動だにせずまるで何かを狙っているような底知れなさを感じる薊馬。
(あの
あまりにも嬉しくて思わず内に留めていた声が漏れてしまった。
「ギギャギッッ~キャキャ~ッ!! キキャキャキャ~!!」
薊馬は大柄の体格を駆使して地を蹴り上げ、奇声を発しながら跳び跳ね乱れ揺れ動いた。
地響きで木々の葉が落ち家屋は倒壊しそうなほど軋む音が鳴る。
まるで嫌々期の子どものように、
それを見た國酉は表情見えぬ顔を崩しながら、五指を折り曲げ高らかと笑う。
「ほっほっほ、確かに準備運動は大事じゃな。まぁ、儂は要らんがな。ほれ、来い来い」
「キャキャッ。ぬかせ、この
対人戦の経験が少ない薊馬だが、元は狡猾で陰湿かつ性悪だった。
寄生していた浜悠の記憶から〝花の守り人〟としての戦闘方法を読み取り対策をしていた。
所詮は人であり、個としても無力。
傷を負えば癒すのに時間が掛かり、体力も無限ではない。
最大の脅威となる
だが、
無理やり力で折るか? 粘液で溶かすか? 腕を切断するか? いいや、不確定要素が有る中で危険を犯すには知識が不足していた。
(
多重に思考を巡らせながら、柔らかくなった地中に複数の触手を潜り込ませていた。
血生臭さで嗅覚を、降雨音で聴覚を、地団駄により触覚を、それぞれの小さな部品を合わせることにより、絶妙に感覚を狂わせ伺っていたのだ。
――〝確実に殺せる瞬間〟を。
國酉は生物なら当たり前の行動である呼吸を、瞬きを、それによって僅かな隙を自ら生み出していた。
(
不意に突き出た複数の触手は、地を割り國酉へ目掛けて繰り出された。
(ほぅほぅ。やはり、そう来たか。長らく考えたつもりだろうが随分と浅はかじゃな……)
縦横無尽に襲い来る触手の連撃を、花弁が風に吹かれて舞い踊るように
連携を取りながら休むことを知らない猛攻。
意思のない衣服はおろか髪の毛1本も
「ほっ! 最近、運動不足だったからのぉ。こうやって柔軟に動くのも悪くないわい。何ならもう少し速くても構わんぞ?」
國酉にとって殺意のある攻撃を捌くなど造作もない。
幾多の死線を越えたことにより、
このまま続いたとて、致命傷を受けることなど万に一つとしてない――そう、まともに闘えばだ。
「キャハッ、
戦況を引っくり返したと確信した薊馬は
触手に巻かれ宙へ浮く、桜香、七ちゃん、青葉、村長を人質に捕らえたからだ。
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