陽炎の弟子/幕間.二
「
と扉番が問えば、
「
と返す。
扉番は厳重に鍵を閉める。
この場にいる全員が真正面にいる
「華の誇りを持ちし同志たちよ、緊急事態である!」
大鬼神の声は切迫している。
「
ざわめきが上がった。
「よって我々は、神子を悪しき蟲から救い出し、我らが華の誇りを以って、神子を導かなければならない! 我らは神子の遣いとなりて、我らが
大鬼神の熱弁に、同志たちは引き込まれていく。
「そして、蟲どもに思い知らせてやろうではないか! 我らの底力を! 神子の奇跡の力を! ――さあ、華の誇りを持ちし同志たちよ! 今こそ、奮い上がれ! 我らが味わいし、積年の苦渋を! 蟲どもに思い知らせてやろうぞ!」
「おおおぉぉぉっ!」
この場にいる誰もが、ひとつになる。
「事を為すには、三人官女・仙道さまの遺児の力も必要だ。その件はどうなっている」
「目下、調査中です」
立ち上がった狐が言う。
「そうか。引き続き、頼んだぞ」
「はっ!」
狐は再び跪いた。
「お呼びでしょうか?」
同志たちが解散した後、顔無は大鬼神に呼び出された。
「お前に特別任務を与える。――神子を誘導し、俺の元へ連れて来い」
「わたしが……ですか?」
顔無は目を見開いた。
「仙道さまの遺児については……」
「最優先事項は神子だ。仙道の遺児は他の者に任せる」
「……その任務、わたしには荷が重すぎます」
「だが、神子はお前の言うことならば、聞いてくれるだろう」
「し、しかし!」
「なにを躊躇する? お前の役目は神子の友となり、監視すること。それだけの関係だ」
「ですが! 神子さまの傍には、書庫番がいます。あの者は油断なりません!」
そうだ、油断ならない。書庫番は、こちらの動きを見透かしているような気がする。自分が嘆願書を送ったことも知っていた。それに、未だ姿を見せない肆番隊の副隊長も気がかりだ。もしかしたら、彼が――。
「くだらん!」
大鬼神は一蹴する。
「たかが、書庫番に臆してどうする! ――いいか! お前は俺の家に仕える者。いわば、俺の駒だ! 駒は主人の言うことだけを聞いていればいい! わかったら、実行しろ!」
「……わかりました」
顔無は了解するしかなかった。
「そうだ。それでこそ、華の誇りを持ちし同志だ」
大鬼神は顔無の肩を叩き、部屋を後にする。
一人残された顔無は怒りに震えた。
(なにが、『華の誇りを持ちし同志』よ!)
もはや、それは呪いの言葉。
大鬼神にとって『華の誇りを持ちし同志』というのは、「自分に逆らうな。さすれば、人質の命はない」というのと同義語である。
(このままでは、あの子を傷つけてしまう!)
顔無はそう思っている自分がいることに、はっとした。
(……ばかね。いまさら……)
――あの子を助けたいなんて。
だが、大鬼神には逆らえない。
(お父さん、どうしたらいいですか?)
顔無はこの場にいない父に問いかける。
以前までは、大鬼神の――あの人のために尽くそうと思いました。
自分も故郷を――あの人の優しかった心を壊してしまった、帝都が憎かったからです。
けど、今は違います。
あの子を利用されるかもしれないことが怖いのです。
表情がなく、感情すらない――顔無。
私情を殺し、任に徹する者。何者でもない存在。
その面が覆う、その人の心情は揺れていた。
だが、その人は気づいていない。
それは何者でもないが、何者でもなれるということを。
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