陽炎の弟子/幕間.一

 ほぅほぅ。


 山中に棲むふくろうが不気味に目を光らせている。

 廃墟と化した簡易営倉に、神楽舞かぐらまいおもてと黒い衣を身に纏った人々が集まっていた。

 燭台にある蝋燭と角灯ランタンが、額に十干じっかんが刻まれたおきなおうな鬼女きじょからす天狗てんぐ河童かっぱと男――様々な面をつけている者たちを不気味に照らしている。


「華の誇りを持ちし、同志たちよ」


 白毛を生やした大鬼神だいきしんの面を被った人物が、重々しく口を開く。彼らは一斉に跪いた。

「ここにいる者の中には、まだ幼く、記憶が曖昧な者たちもいると思うが。我らのくに――公都こうと華宮はなのみやは蹂躙され、そして、滅ぼされた。八色蟲隊に! 柱皇ちゅうおうに! 帝都・蟲皇ちゅうこうに!」

 そう。彼らの生まれたくには、もうない。

「蟲どもに蹂躙され、七年あまり。同胞の中にも、蟲に成り下がる者たちが大勢いる! 奴らの甘言かんげんに騙され、華の誇りを忘れ、ごみむしとなってしまった! なんと、嘆かわしいことか!」

 大鬼神は拳を握り、怒りに震える。

「だが、そんな我らに一条の光が射した! 君たちも存じていることだろう!」

「おおっ!」

 感嘆の声が上がる。


「最後の神子みこ――慈愛の神子の末娘が、この肆番隊に在らせられる!」


 彼らは歓喜に沸き上がった。

「そして!」

 大鬼神の一声で声が止む。

三人さんにん官女かんじょが一人、仙道せんどうさままでもが現れた!」

「おおっ!」

 感嘆の声が上がる。

「そこで、みなに頼みたいのは、お二方の監視と保護である!」

 大鬼神からの命令を面たちは黙って聞いていた。

「これは、蟲どもに反逆する好機である! 必ずや、仙道さまと神子さまを導き、我らのくにを取り戻すのだ!」

 大鬼神は宣言する。面たちは了解の意として、一斉に大鬼神に頭を垂れる。

「それでこそ、華の誇りを持ちし同志たちだ」



 そんな大鬼神を、神楽舞の練習に使用される仮面かりめん――顔無かおなし(注釈:実在する面ではありません)がただ黙って見つめている。


(……可哀想に)


 顔無は心の中で頭を垂れる者たちを哀れんでいた。

 大鬼神の演説は、事実を一部捻じ曲げた彼にとって都合のいい物語だと顔無は知っていた。

 三人官女・仙道に子がいるなど聞いたこともない。〝秘密主義〟をいいことに、この場にいる者たちを信じ込ませているだけだ。


(けど。『可哀想』なのは同じか……)


 自嘲する。

 顔無は代々、大鬼神の家に仕えていた。

 すなわち、彼は家族同然の存在だった。

 しかし、それだけが理由ではない。


 顔無は父親を人質に取られている。


 優しく笑みを浮かべる父の皺くちゃな顔。生まれた頃には、すでに高齢だった父は〝祖父〟とよく間違われた。その父のため。そして、大鬼神に仕えていた家の生まれのため、彼に付き従っているのだ。


(……ごめんね)


 誰に向けられた謝罪であるかは、顔無だけが知っている。

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